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その25 二人静 (3)

出会ってしまった。。。。




荒ぶる為景を止めるために

目の前にいるおトラを守るために

御簾の中からみのりは飛び出た



「子を産みし母に刀を向けるなど。。。あってはならぬ事です」


身構えた為景に刀を下ろすように目の前に身を挺し手をあげ頼んだ

やいばを振り下ろせない状況に

苦虫を噛み潰したような苛立ち

一気に駆け上がった血を無理矢理止めた為景はそのまま刀を鞘に収めた


武人

どんな怒りが心を駆けようと

女を切るような事は恥だ。。。ましてや「妻」



実の目で強く押される懇願を聞き入れた鬼はそのまま肩の力を抜きどっかりと縁側に腰掛けた

為景が身を引いた事を確認して

後ろに。。。腹を押さえて崩れた「おトラ」に声をかけた


「大事ないか?」

いくら気丈にふるまっても腹を突く痛みは。。。抑えられるものではない

舞を踊る

それも剣舞など。。。実自身では絶対にできない事をやってのけた

若年の。。

それも産後の彼女の肩を支えた

小刻みに震える身体。。。。熱を持っている


ふらついているおトラの肩を抱え「しな」を呼ぼうとしたが

顔近くをかすめた指先に声が留まった



「。。。。」


視線


荒れた息づかい

実の肩に白く細い手が絡む

ゆっくりと大きな目もつ顔が実の顔に息をかけるほど近くに上がってきた

にじむ汗の額

艶やかで脈動的であのながらも細い糸のような黒髪

白い肌はほんのりと赤く蒸気している

そして



その目は実の顔をゆっくりと。。じっくりと睨むように見ていた


「腹に。。。だい。。じないか?。。」


実の言葉は滞った

間近で見るおトラの目は背中の奥。。。腹の奥の奥までをも透かしてしまうような視線だ

しかも痙攣を起こしているのか額から頬がピクピクと動いている

「恐ろしい」

品の印象。。。。それは間違っていない


「オマエは。。。誰だ。。。」


顔の印象に比べると声は娘らしい

だけど

声には十分な棘


荒れた息の間を縫って続ける



「誰だ。。。。」


肩に掛かった手に力が入る。。そのまま身体が跳ねて起きた時

実はおトラが自分より身の丈の大きい女だった事に気がついた

遠目には細く華奢で。。。そのせいで小さく見えた彼女だったが。。斜め上から実の顔をしげしげと眺める


「誰だ」と聞かれて名乗らないのもおかしなものだが

ココが「上杉」の屋形とわかっているなら

聞くまでもない事と返事はせず


「大事。。。ないか。。。?」


心配はしているのだが。。。


熱をもった身体を支えながら

聞き返して

おトラの顔を見あげた


今でも十分に近い顔はグイと迫り目が刺すように見つめる

実の顔の部分をくまなく「何か」を探すように見ている

話しかけられている事などおかまいなしに

二人の

様子が変な事に気がついた為景は立ち上がった


多立ち上がった為景に気がついた

おトラの首がガクンと。。。折れたかのように極端に右に傾いだ

実の肩を両手で押さえたまま

今度は夫の顔を見ている


驚きと。。。。悲しみ


顔色は白く。。。開かれた目から溢れ出した涙がこぼれた



「似ている。。。。。」



呆然とした顔が為景に聞いた



「おトラ。。。鈴から手を放せ。。。」


機運に敏感な為景はおトラが「何に」気がついたのかを察知した

睨む表情はただ「怒り」ではない「戦」の呼吸を読むような顔

その中

実には何が話されているのかわからなかった

「何が?」どういう?

バラバラの言葉の断片



「おトラ!!身を退け!!上杉様に失礼であろうぞ!!」


急に肩に痛みが走った

実は自分の両肩をおトラの手が締め上げるように抑えてきている事に驚いた

「これ!!何を!!」


爪が肩を抉ろうとする

顔は右に傾いだまま近づいた


「おのれ。。。」


怒りに火

どす黒い色を臭わせた声

実のは混乱した

何が起こっているのかわからない

おトラを助けに間に入った自分が責められている



自分の事を為景の「何か」と勘違いしている?

声をあげた

「私は上杉定実の妻なるぞ!!」

首を掴む手から放れようとするが。。。これが「女」の力?子を産んだばかりの身重の力?

石のようにかたく抑えられる

はずれない

背筋に汗


すぐさま凍りつく汗


「弥。。。。」


実の耳元にこぼれた声

と同時に突き放された。。。いや実の身体は宙に浮いた


その元いた場所におトラの俊敏な剣が空を切った

斬撃は篝火の光をのせて煌めいて躊躇する事なく走ったのだ


「おトラ!!!」


怒声の主

実の身体が宙に浮きかわしたのは

為景の腕にすくい上げられたからだった

驚き。。。。


「私を斬ろうとした。。。」


肩がぶつけられた痛みに震える

朱色の柄をもつ刀を握り直す「怒り」の目に

本気の「殺意」は夜を照らす炎にあいまって「狂気」に変わった


恐ろしさと驚きに為景に抱えられた腕の中で実は言った

「斬ろうと。。。」

わかっているのか?

理解を遠ざけたのか?腕の中の実に為景は小声で言った


「顔を隠せ。。。見られている」


意識をつなぎ直して理解する

何よりも。。。

まさか。。。


気がついた?


おトラの見開かれた目は照準を定めたように実の一点。。。「顔」を睨んでいる

恐ろしくも狂気を孕んだ顔は「使命感」さえ感じる

お互い顔を見つめ合わせた時


牙を剥く

そういう表現が正しい

おトラは口を開いた無表情な顔から涙はとめどなく落ち


「おのれ。。。。」



牙の端から「恨み」が低く漏れ聞こえる

正常な意識が働いているとは思えない

身構え直す


「おトラ!!」


激する夫を瞳は見ていない




「顔」

実は御簾に戻って。。。

まさか。。。。そんな

顔を見て気がついた。。。。。私が「誰」なのか?

慌てて扇で顔を隠した

狼狽。。。息を荒くした肩で外を振り返った


すでに刀を身構え直している為景。。。その向こうの鬼嫁おトラの光る目

事態は尋常な事ではなくなってしまっている


左手を妻を制するように上げて

「刀をしまえ。。。。斬られたいのか?」


太刀を下段に構え「戦」に赴く感情を纏った為景に


「いいえ斬りたいのです」


上に刀を構えたおトラは憮然と答えた

足下をつたう血

吹き下ろす風


「涙」


実の手に持つ扇は震えた

「過ち」を許さない者がココに表れた

涙を溢れさせた瞳は実の過ちという「過去」を斬り殺そうと立っている


もはや止められないのか。。。。


扇を共に手を合わせた






御簾の向こうに見える影におトラは自分の使命を打ち砕こうとする「敵」を見た

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