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その24 月華 (10)

「戦勝を祈る」


その旨を書き記した簡素な書状の前で鈴姫の母は動かぬ骸となっていた

部屋を汚さぬようにか。。。。生前羽織っていた打ち掛けを板間にしきその上での自刃であった



「母上。。。。。」


朝早くに慌ただしく部屋に訪れた品の言葉に目の前が真っ暗になった

着の身着のままで走り駆けつけた部屋で

冷たくなった母を見た



喉を一刺し。。。



信じられない。。。そんな気持ちが躊躇なく

横に倒れた母の肩を揺さぶった

死して何刻かすぎた身体は硬く冷たくなって揺れもしなかった

指先までを整えた形で。。。迷うことなく最後を迎えた姿。。静かな美しい顔。。。それ故に「血痕」がなければ眠っているようにしか見えなかった


「母上。。。母上。。。。」


願うように痩せた母の肩を掴み揺するが

答えはなかった

色を失った顔は微笑んでいるようにも見える。。。見えるだけ。。。声はもう消えてしまっている


品が鈴姫の手を掴み首を振った

「もう。。。」



「いや!!」


そんな言葉を続けないで。。。動悸は速まり胸を割らんばかりの痛みが心の奥から渦巻いた

悲鳴をあげた

家中の侍女たちが部屋前に集まっている中

人がいる中

どうにもならない気持ちは声になって表れ


泣き伏せた



「どうして。。。どうしてですか。。。。」


問いかけ

答えてはくれない母に向かい何度も何度も。。。

その問いに答えたのは騒ぎに駆けつけた別の「側室」たちだった



「オマエのせいだ」


自分の後ろから聞こえた声は母の優しい声ではなかった

朝餉あさげの時を邪魔された事もあったであろう。。

三人の側室たちは見下すように鈴に言った



「オマエが自分の勤めを果たさなかったから母が死なねばならなんだのじゃ」


呆然としながら振り返った

ひれ伏す侍女たちの間を荒立たしい足音で彼女たちは踏み込んできた

豪奢な打ち掛けを剃髪した姿のまま羽織った「側室」たちの顔には「苛立ち」があった

顎を突き出した真ん前の寵姫は言葉を選ばず続けた


「身分を顧みぬ女の末路にふさわしい」



やっかみ

嫉妬


母は美しい女だった

美しく慎ましい女だった


国人衆,地方豪族の娘だった母は「器量」の良さも去ることながら誰の目にも「美しい女」だった

豊かな黒髪。。伏し目がちな目はいつも瑞々しくまるで潤んでいるよう男達の心を騒がせた

名に響く「美女」だった

だけど

本来なら「守護代家」に入れるような身分ではなかった

それを父,能景に見初められ恋われて「側室」になった


美しく煌びやかな容姿とは裏腹に

多くを望まず。。派手な打ち掛けも持たず

ただ夫の近くにいられる事を幸せとした野に咲く花だった



他の側室たちがそれぞれに別邸を持っていたのに母は寺の一角を間借りするように住んでいた

喧噪のない静かな庭で小さな花を咲かせ夫の帰りを待つ女だった

だからか

「戦」疲れを癒すためにか能景は母を大切にした

鈴姫が産まれたとき「女子」だったにもかかわらず「産養い」をたくさん与えた


和子わこ(男子)」でもなければ喜ばれもしないのに

能景は大喜びだった

その事を鈴にもよく笑って聞かせた



「そちは母に似て美しい女になる」



それが父の口癖

そして母は

離れる事の多い夫を

いつでも。。。どんな時でも笑顔で待ち続けて言った



「能景様がいるから今日も生きていける」


と。。。。。言っていた。。。。




母は。。。父の後を追った。。。。。



「オマエは長尾の家の厄介者だ!!大殿(能景)を死に至らしめ己の身可愛さに母まで見殺しにした!!」


自分を見失ってしまいそうなほど呆然と罵倒を聞く鈴姫の姿は侍女たちの目から見ても哀れだった

側室たちの責め苦は的はずれで酷いものだ

大仰な身振り手振りで指刺しては罵った


どの側室よりも。。。いや「正室」よりも愛されたかもしれない母の子である鈴にここぞとばかりに当たり散らし聞くにも絶えない罵倒を続けた


品は絶えるでなく

ただ涙で意識をつなぎ止めている鈴姫を守ろうと前に出ようとしたが

側室の一人に蹴倒された



「侍女まででしゃばりとは!!醜い顔をみせるでないわ!!」


それでも頭を擦りつけて姫たちの激怒に耐えた






「おやめなさい!!!」


見苦しい騒ぎを止めたのは「御台」だった

朝からの大騒ぎはどこもかしこもに広まって屋敷の部屋前には男衆から近習。。その他の侍女たちまでその成り行きを見守っていた


自分たちの行為を見咎められ恥じた側室たちは大殿正室の登場に慌てて下がってひれ伏した


が。。。鈴姫は力の抜けた身体のまま

涙の目で御台様を見あげるだけだった

御台の罵倒。。。。「役立たず」ココに戻ってきたときに言葉が頭をよぎった


もう何にも逆らえる気力がなかった



「申し訳ありません。。。お役にたてませんで。。。この上は死して」


力を失った身体はつぶれてしまうように御台にひれ伏した

生きたまま死んでいるようなもの。。。

いや

生きたまま地獄に堕ちた。。。

この地獄から解放されるためにも「死」を賜るしかない


それほどに鈴姫の頭の中は麻痺し始めていた

頭を床に擦りつけたままうわごとのように言い続けた


「死を下さい」


着崩れた絹を合わせることもできない哀れな娘を御台は少しだけ見たが

すくに視線を部屋の中に移した


大殿に頂いた打ち掛けの上。。。所作正しく自決した野の花の姿に御台の目には涙が浮かんだ



「私より先に。。。大殿の後を追うなんて。。。」


救いのない言葉

声には抑揚はなかったつぶやくような物言いだった

でも「恨み言」には変わりなかった

「正室」より寵愛をうけた女は戦勝祈願にかこつけて大殿の後を追った


「生きてはいけない」。。。。母は言葉通りに死んだ


頭をふせたまま嗚咽漏らす鈴姫の肩に御台は手を置いた

鈴は真っ白になった頭で「処罰」を待ったが掛けられた言葉は意外だった


「死ぬことまかりならず!オマエは父母の分まで生きなさい。。。。お家のための勤め。。。まだ終わっておりませんぞ」


鈴は驚き涙の溢れた顔をあげた

御台は鈴の肩を抱き寄せ手で頬の涙を拭って続けた


「ココで死ねば大殿はもとより母の死も無駄にしましょうぞ。。。「戦」が終わった暁には。。。上杉との橋渡し。。しかと勤めよ!!」


御台は毅然とした態度でお家の大事を伝えた

「未だ「戦」でこの一大事と立ち向かっている殿方の後ろを守る私達がこのような事で結束を綻ばせる事は由々しき事です!!」

声をあげ庭に潜む者から騒ぎの元の側室たちまでの心に喝を入れた


すでに己の身の回りほとんどの者を失ってしまている鈴に鞭打つ事など無意味な事と御台はわかっていた

ならば勤めを果たす事を推し進めるほうが長尾の家のためにできる最良の策


けして鈴姫やその母を許すという意味ではなかった

だからこそ

「死」を安直に与えはしなかった






月は天高く浮かんでいるハズ。。。。

騒ぎの朝が終わり夜は雨をもたらした


水無月


静けさをかき消す雨の下に鈴姫は立っていた

肌を濡らす冷温の雨が自分の命を奪ってはくれないのかと。。。浅はかに思ってみたが。。


為景たちはいまだ上杉との「戦」から帰ってはこない

戦況は長尾有利で進んでいる事だけが伝わっている


定実を御旗に頂いた「新生守護上杉軍」と手を結んだ「長尾守護代軍」はおそらくこの大戦に勝つ

その時

「戦」が終わった時。。今度こそ上杉と長尾の架け橋となるべく勤めを果たさねばならない

それが父,能景の菩提を弔う事になる

母の。。。無念を。。。



雨に濡れる事で朝の騒ぎを冷静に振り返る事が出来るようになっていた

思うに。。。御台の言葉は重かった

きっと御台も母の事を責めた。。。。許せなかった事も多々あったに違いない

それでもお家を立て威厳を持った態度で家臣たちの心を引き締めた姿は鈴姫の心に強く残った



死にたい。。。

でも今はそれさえ許されない

死んでしまえば母の菩提を弔う事もできないし。。。勤めをおろそかにした自分のせいで親族に何が起こるかわからない

少し冷静になった頭で考え。。。。無理矢理理解した


覚悟のなかった自分に下った罰を受け入れ御台のように長尾のために尽くす事が

母亡き今

自分がそうしなければならない。。

高まる思いで胸に手を当てた

母の死を嘆くことは許されない


雨に顔を向け

月に誓いを立てようと跪いた


。。。。。



身体が重い。。。。目眩がする。。。。


「嘘。。。。。」


身体の芯に動く物。。。。自分ではない「何か」に引きずられる「腹」

泥の庭に座り込んだ


「品。。。。品!!!」


声をあげて助け呼んだ

こんな事。。。

手足はしびれ「身体」が拒絶している


「嘘よ!!!!」



雷が響く雨に声はかき消された

嵐の中。。。。鈴姫は倒れた

改訂。。。。


後書きからコンニチワ〜〜ヒボシです


えっと

今週末から来週にかけて今までの全章を改訂します

中身の大筋に変化はありません

ただ

100回をこえたあたりでやっと自分の「書き方」みたいなものが身に付いてきたと思い

未熟だった最初の頃の文章を訂正。。改訂したいとおもったのです

こんな事は読んでくださるみなさまにいちいち発表する事ではないとも思ったのですが

やはり

未熟だった部分を直すという事ははっきりと言って

コッソリなおしたりしないようがんばっていきたいとおもいます


「月華」に入って

実様のエピソードが続くことで実様の人生観とその人となりがわかってきて

キャラクターの「性格」ってものが掴めた気がしますと感想頂きました


その事をヒボシ自身もめっちゃ感じていて

それにくらべると「トラ」の存在感が薄くエピソードのたらなさを痛感しました

読者の方にも多々指摘されていた部分を改訂により深く書き直しもしていこうと思っておりますので

時間に余裕のある方はよろしければ改訂後も読み返していただけたら幸いです



これからも熱心にがんばっていこうとおもいますのでよろしくお願いします!!!




それではまた後書きでお会いしましょ〜〜〜

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