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その24 月華 (5)

息苦しい生活が続いていた

上杉の屋敷に輿入れしてから。。。。鈴姫は定実さだざねに与えられた屋敷から出たことがなかった

厳密に言えば

出る事を許されていなかった


守護上杉の広大な邸宅の中その一角だけが「守られた」領域

夫,定実の手の届く範囲という事だからだ



外の世界


房能ふさよしや他の親族衆がいるところに出て行けば

どんな酷い扱いをうけるかわからない

婚儀の場で為景ためかげが一喝してくれたおかげで表だった嫌がらせをうける事はなかったが。。。


それだけだ

ココにはもう姫を守ってくれる長尾の者はいない

実家から付き添った二人の侍女以外姫の回りにはだれもいない


艶やかで花盛りだった娘にはあんまりな境遇だった


落ち沈む鈴の表情に定実は気を利かせたのか

中庭に植樹をした「梅」


「春になれば花を咲かせるよ」


定実自身も職務の手を止めて植えた「梅」の木。。。。

大きな贈り物

でもダメ。。。


そんなものに心は躍らなかった


夫婦になって一月ひとつき。。。。

少女は「女」になった。。。「女」になってしまった事が悲しくて

夜が近づけばいつも泣いた


好き?

好き?

キライ

キライキライ。。。これが夫婦?

これが「女」の運命。。。

女の生きる道?

閉じこめられた「腹」。。。。子供を作れと。。。。周りの声が心を苛ませる


薄絹を触るほどに優しく自分の肌を撫でる手に吐き気がした

目をまわし

ついに悲鳴をあげて定実を「拒否」した


「さわらないで。。。。。。」


寝所に座った鈴は部屋に入った定実に涙を流して懇願した

「もう。。やめて。。やめてください」

夜が来ることを恐れ昼間から泣き続けていたのか

赤く腫れた目

身体は小刻みに震えている隣の部屋に控えていた侍女の香奈かなが慌てて支えた


「すみませぬ。。。今宵は疲れておいでで。。。すみませぬ。。。今宵はご容赦を。。。」


鈴の身体を支える香奈の目にさえ涙が見えた

上杉に嫁してから「光」を失ってゆく一方の姫の姿はいたたまれないものだった

嫁いだ以上は「子作り」が勤めとも言えたが

それを今の鈴姫には目付役とも言えた香奈でさえ押しきる事が出来なかった


心は。。押しつぶされて。。死んでしまう。。。

本気でそう思わせるほど鈴姫は生気を失い始めていた


「すみませぬ。。。」

その姿に定実は部屋を後にした


あの日以来

定実は夜になると別の屋敷に戻っていくという日々が出来上がってしまっていた

昼間少しの間

鈴の元を訪れては優しく言う


「そなたが落ち着くまで。。。慌ててなどおらんからゆっくりとされればよい」



夫に向かってけっして笑わない鈴姫の評判はすこぶる悪かった

食事の支度などで屋敷外に出向く香奈達はその事をこれ見よがしに話す上杉の侍女たちの会話を嫌と言うほど聞かされていた


「子も作らぬ女に飯など必要なのか?」

格下の仕事をこなす者たちにまで嘲られる始末


疎遠な夫婦生活を定実が房能や上杉の親族に罵られていた事を知ったのはずっと後になってからの事だった




箱庭に根付かず死んでゆく「梅」。。。。私に似ている。。。。



不遜な態度をとり続けて上杉の家を追い出されてしまえばいい

「出戻り女」と父に罵倒されても。。。。こんな所になどいたくない

もはや定実と口を聞くことさえできなくなっていた


光を見失った花は闇の中に死ぬ




そんなある日

鈴は一人中庭に出て四角く区切られた空を見あげていた


ココ数ヶ月

定実は本家の仕事が忙しいのかこちらの屋敷には昼間さえ訪れてはいなかった

その代わり屋敷の門周りの兵を増やし厳重にしていた


「逃げたりなんて。。。」

鈴は顔を下ろし「逃げたい」気持ちを隠すように言い訳をつぶやいた

今日はいつになくおだやかでいられる自分

数ヶ月。。。。縛られていた綱からとかれた気分だった


風の匂い

まだ冷たい吐息のように流れる

もうしばらくしたら春がくる。。。


「梅」は。。。。咲く?


ひさしぶりに一人で色々と考えた

冷静に考えれば

定実という夫なる人が自分に「悪意」を持っていた事などなかった

夜を共にした時から

十分にそれはわかっていた

いつだって「優しく」話しかける人だった


はっきりといえば

上杉の中で唯一の味方だったのかもしれない。。。

髪に手をあてた

「優しい人」。。。

言葉の少ない人だが温かい目の男だった。。。。


でも。。。

「舞」を奪われ。。。生きていく希望を無くしてまった自分にはそれが大切なものとは受け取れなくなっていた

昼間でさえ静かなこの屋形。。。ココにいるのは鈴と侍女二人だけ

板間を歩く足音が静かに響く

裸足で庭におり月を目で追った

ココに来てから食も細くなる一方

もともと華奢だった身体は触れれば壊れてしまいそうなほどに小さく。。薄くなっていた

そのせいでなのか。。。

白いひとえを月光が透かしてみせる

ほそい手足

縁側を降りた中庭をフワリと軽やかに歩いてみる



誰もいない。。。静まる夜の国

梅に手招きされる


穏やかな月明かり


あのとき

長尾の屋敷で踊った時のように手を伸ばして見せた


「お月様。。。私をそちらに呼んでください。。。。」


繊細な指を伸ばし

四角い屋根に囲まれた月を手招きした。。。。

「これが私の。。。。」






諦めた言葉を自分のためにあらためて並べようと思った時

大きな太鼓の音が響いた

夜を無理矢理にその闇の幕を引き裂くような「怒声」が聞こえる

馬の音

人の音。。。。



「何。。。。」


いくら女でもこれが何の音かはすぐにわかる


「戦」。。。


鈴は屋敷の四方が明るくなっている事に気がついた

「姫様!!」

空の元を仰ぎ

迫っている音に侍女たちは鈴を部屋に押し込めた


「何が起こっているの?」

鈴は香奈の肩に抱きついた

地面の揺れる感じ

それとも腰が砕けてしまったのか?立っていられない 


男達の怒声はこの屋敷を囲んでいる

地響きは確実に門に迫っているのだ


お付きの侍女の一人「しな」が門前を確認しに走った

その間に鈴姫は単から着物を着替えた

何が迫っていようと武家の女。。。不手際な最後であってはいけないという躾はされている



「上杉様の軍勢にございます。。。。。」


息を切らして戻った品の顔は土気色に変わっていた

その返答にもう一人の年増の香奈は吠えた

「何故に。。。何故にじゃ!!上杉定実様内儀である鈴様を。。。。」



鈴の目の前

春を待っていた「梅」の周りに火矢が降り注いだ

廊下に戸板に。。。。まんべんなく火が叩きつけられる

闇の空は赤く染め変えられる


「姫様!!裏口から逃げましょう!!」


必死に活路を探す侍女たちの言葉はすでに鈴姫には届いていなかった

顔は涼やかになっていた

これを待っていたのかもしれない。。そんな落ち着いた顔



「もう。。。よい。。。。」


手を引く香奈に鈴は微笑むように答えた

四方を囲まれているという事は裏も表ももはやない。。。。

逃げる道など残されていない。。。


わかっていても主を逃がそう

としていた香奈の目には涙が光った

「悔しゅうございます。。。」


まだ小娘の品も震えていた


鈴は葛籠から衵扇あこめおうぎを取り出すと二人に言った


「私の打掛けを持って逃げなさい。。。それを渡して乱取りから逃げなさい」


震える品に着物を手渡した

「いやです。。」

まだ鈴と変わらぬ歳の品は震えながらも着物を返した

「姫様を置いてなど。。。いけません。。。」

香奈も共に座って答えた


「我ら母子は鈴姫様に生涯仕えると心を決めてココまで参りました。。今更姫様を置いて逃げるような事はありません!!」


鈴は首を振った


「こんな事に。。。なってしまって。。。」

鈴の中には後悔がいっぱいになっていた

きっと

自分が定実に対して不誠実な態度をとり続けた報いがやってきてしまったのだと思った

自分が「忍耐」を学べば侍女達まで巻き込まずに済んだと。。。


そんな悔恨の思いを浮かべる鈴に

香奈は脇差しを構えて言った


「どこまでも。。。最後までお供させて頂きます」




「ならば。。。今一差し。。。舞を舞おう。。。。」


この世の最後が炎獄の入り口とつながってしまった今

それに付き添ってくれる侍女達のためにも。。。自分の生きた証のためにも。。。。


「はい。。。」

「はい。。」


二人の侍女は涙の顔で微笑んで見せた


鈴姫はゆっくりと炎の舞台に舞い降りた

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