その4 陣江(1)
「ジーン!!」
名を呼ぶ声に「陣江」は慌てて走っていた
栃尾城についた日
ジンは食事を一緒にはとらず
一人色々と散策していた
険しい山の上に位置するこの城の事を誰よりも早く知っておくためだった
山頂から見た市井の明かりは寂しい光だった
あの光の下に人々はどんなふうに暮らすのだろう?
孤児であった自分もあの中にいた。。。
そんな思いも募った
もどって板場でにぎりめしをもらって
一息ついたところに「トラ」の声が聞こえたのだ
山城でそれほど広くもない
屋敷の中にもよく響く
岩室の風呂場に続く階段を下り出入り口について
「何?」と聞き返した
「一緒にはいろう!!背中をながしてくれ!!」
トラの元気な声が聞こえた
ジンは考えこんでしまって
うわずった声で答えた
「一緒に?」
「おうよ!!」
即答。。。。
ためらった
トラの「身体」はもう見ればわかる
あれは「女」の身体だ
そして
その事は光育から。。。寺の誰よりもいち早く聞かされていた
もちろん聞かされるまでもなく
「雨」の出来事以来ジンは「女」である事をよく知っていた
だけど。。。
「ジン。。今は唯一オマエだけが「トラ」の中身を知る者だ。。それを容易に外に出してはいけない。。。だからトラを守れ。。。どんな事があっても「怒り」に逸らせてはいけない」
寺にいた時
初めてトラとあった日の夜。。。「雨」
トラが寺から逃げてしまった時の事を思い出した。。。
「ただの男?」
そう聞き返した「虎千代」
今は見えない「影」と
「真実」
忘れては行けない事。。。。
しばし没頭した思考から頭をあげてわざとらしく
もう一度聞き返した
「一緒にか?」
「寺にいた頃のように一緒にだ!!」
ジンの心配など何処吹く風の返事
林泉寺
十歳になった頃から
トラは一緒に風呂にはいる事はなくなった
仲間達は
それは単純に「区別」であると思った
「長尾」の家の者であるから
自分たち「修行僧」と「分けられた」と
が。。。。
実際は違った
トラの身体に変化がおこり一緒する事ができなくなったのだ
その報告をしたのはジンだった
それほど長くトラを見てきていた
しかし
一方でそれほどに自分の周り
自分の身体に注意が払われている事に
トラ本人には変化がなかった
むしろ変わらず共に修練に精を出した
「良い」
成長によって「心」が変わってしまうのでは?
と心配していた光育は「何事もなかった」事を喜んだ
喜んで言った
「このまま御仏の道を。。。ジンオマエ達とともに真っ直ぐに進んで行って欲しい。。。」
と
頭を撫でてくれた事を
手の温かさを思い出した
ジンは孤児だった頃を光育に拾われたらしい。。。
よく覚えていないのだ
だが晴れる事のない
イライラした感情で寺の生活を送っていた
それは
林泉寺が武士の「長尾家」に保護された寺社であった事に起因していた
一緒に寺への奉仕に入った「兄弟」たち
と
言っても。。。。誰が誰と兄弟なのか?親は誰なのかさえわからない浮浪の子たちの中
年長の者から聞かされた言葉
「侍に父母は殺されたのに侍の庇護の元ココで暮らしている」
寺での生活に。。。不満はなかった
でも。。。。自分たちが山野に焼き出された原因の「争い」の元に保護されている事に
長くジンは苛立ちを持ち続けていた
そんな中
初めて「トラ」に会ったとき目が覚めた
サラサラの髪,白い肌に大きな瞳
それまでは
焼け出された大地を彷徨う原因を作った武士の子
「君主」たる長尾の家のトラ
口を聞いた訳じゃなかった
中身を知ったわけでもなかった
なのに
「トラ」の近くに「生涯」いたいと思った
小さな手を引かれ惣門をくぐってきた子供の姿は。。。小さく心細げな動き
そのぐらい「儚げ」だった稚児のトラ
想いは募り
トラと過ごした日々でついにジンは光育に頼んだ
「オレは長尾のトラ様に仕えたい」
「真実」に則し
光育は願いを聞いてくれた
形はどうであれ
トラの近くにいるために「武術」を学び「兵法」も身につけた
ただの「修行僧」ではなかった
半分を寺で過ごし
半分を田畑と「武士」の修練にあて
過ごした日々
そうして作り上げた「ジン」の身体はまさに「武人」の身体だった
それにしても。。。
まいった。。。
着物に手をかけながらも悩んだ
今更になってトラと一緒に風呂に入る事になるなど思ってもいなかった
僧である自分にとって「女」はもっとも遠い存在まはずなのに
相反して近い
でもって風呂だ
自分で自分の顔を二度ほど叩いた
「しっかりしろ。。」
股下の
己自身にも言い聞かせ覚悟を決めたとき
「思った以上に鍛えられているな」
不意の声
風呂の戸口,人影に身構えた
うかつだったと思った
「まて。。何もしない」
声は低く抑揚を抑えている
風呂のトラに聞こえないようにか?
声の主はそう言うとすぐに姿を見せた
「直江殿。。。」
それは
このたびの栃尾城までの道を共にした,家臣「直江実綱」だった
。。。。。
何をしている?
何をしていた?
考えがめぐる
トラが「女」と言うことをこの男は「探りに」?
が
直江はあっけなく答えた
「影トラさまの身の上は十分に知っているし。。問題にもしていない」
だが
ジンは構えをとかなかった
緊張を身体に走らせるジンを見て直江少しうなずきながら言った
「こないだの「棒」さばきみごとだった」
答える
「はい。。。」
「ただの修行僧ではあるまい。。」
まだ。。。
まだ。。。
誰がホントの意味で「トラ」の見方なのかわからない
それがはっきりするまで「トラ」を守るのがジンが心に誓った職務
影トラを「良い」と思っていない者が少なからず「越後」にいる事も
光育がもらしていた事は知っていた
「何もしない」
直江は念を押すように言った
真剣なまなざし
「おい!!早くはいれよ!!」
戸口前の緊張をよそにトラの呼ぶ声が聞こえた
直江は足先を下げた
「また話をしよう」
うなずいた
ココで騒ぎをおこしたくない。。。
「後でお会いしたいが」
「承知した」
そう言うと静かに岩室から出て行った
ジンの目は闇を追い直江の気配が離れるまで警戒を解く事はなかった