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その24 月華 (3)

しなやかな指先

もう片手には衵扇あこめおうぎを素早く舞わす少女の姿に

都から屋敷に訪れた公卿の者たちは感嘆の声をあげた


「すばらしい。。。。」


ふわりと身体を回転させ艶やかな舞をおえた少女は

輝く艶やかな髪を整え

公卿が連れていた女性に扇を手渡して言った



「もっと。。もっと「舞」を教えてくださいませ」



世は乱れ「みかど」の住まう京の都を戦によって追われ「越後」に落ち延びてきた公卿の娘は口元だけを緩ませて微笑んだ

いや

微笑まされた

扇の美しさに心を躍らせ

目を輝かせて自分に教えを請う少女が「愛しく」なって忘れていた笑顔を取り戻した


鈴姫すずひめ様は筋がよろしい。。。わらわがもっと教えてさしあげますわ」


明るく返事した顔はやっと落ち着く場所を見つけた事の安堵と

もう「女御にょご」として京に戻れなくなってしまった事で捨て去ろうとしていた「舞」への情熱がほのかに見えた

細い繊細な指先

手に返された扇をもう一度少女に手渡した


「これは。。「鈴姫」貴方に。。。。いつか共に京に参りましょう」



鈴姫。。。。それが私の名であった。。。。。


みのりは開け放たれた戸から入り込む月の光の下かつて「娘」であった頃の自分の思い出の中に。。。

ゆっくりと目を閉じて入っていった





あれはまだ

いや

今の方が戦は激しいが。。。。それが始まった頃の話し


戦火は否応なく日の本の全てを飲み込もうとしていた

「越後」も例外ではなかった

どの国も疲弊していたそしてその「混乱」に乗じ「下克上」という反骨の流儀をかざす者たちが現れ始めていた

それは鈴姫の生家である「長尾家」にも現れ始めていた



「変わることなく「上杉様」に忠義を尽くしたいと思うております。。。」


まだ年の頃二十五歳

髭を持たぬ青年に向かってたっぷりの「思案」のこもった返礼をしたのは「長尾能景ながお よしかげ」。。。為景ためかげの父である


男にしては色の白い京の公卿のようななよなよとした姿

言われるままの返答しかできなかった青年は

落ち着きない口調でそれでも立場を改めるように問いただして聞いた


「父とは対立しない。。。。約束してくださいますな」


きっと

ココにくる間に再三にわたって聞き返された言葉だったのだろう

能景は少しうんざりした表情を。。。。わざと作ってみせたが

そこは年の功

白髪のまじった頭の回転は若者が思うような「あざとさ」をまったく見せずに

むしろ「孫」を思う

「曾爺」のように諭した


顔を近づけ逆に念を押すようにすごみの混ざった声が答えた


「あり得ない事です。。。長尾はずっと「上杉様」にお仕えいたします」


そう言うと

詰問をさけるためか「宴」の支度をするよう家臣たちを促した



「今宵は特別な「宴」ゆっくりとお楽しみ頂きたい」


老齢の域に入ったとはいえ

老いて益々の白髪は陽気に続けた

何事の根回しも怠らなかった能景は常に人の目を引く巧みな「宴」を催す事でも知られていた

それは国人衆を纏め上げる

一つの手腕でもあった


「今日のように月の高い美しい日に酒とくれば後は「舞」しかありませんな!!」


大きな声でぎこちなく酒を飲む青年の肩を叩いた

青年はあやうく猪口を落としそうになりながらも育ちの良さかうまく止めてみせた

ただ

顔には騒ぎがあまり好きない事が出てしまっていた



「今宵の舞姫は当家の娘。。。鈴にございます。。手前味噌ではありますが。。なんの!都の女御様に指南して頂いた「舞」はみなさまの心に「みやび」を感じて頂ける事でありましょう!!」


能景は大きく手をふり集まる客の目は用意された舞台に向けられた


鈴の音。。。夜に響く

鈴の音。。。波を起こす


雲一つ無い月下の下

静かな足取りで姫は入場した


月の光に輝く「天冠」

シャンと響いた鈴の音

空に伸ばされた細い腕からチラリと覗く白雪の肌


場の男たちは「神秘」の姿に背筋を震るわした


扇から顔を現した「美しさ」に

夢の中にあっという間に引き込まれたに違いない

誰もが呆然とした表情を晒していた


暗い舞台に浮かび上がる

赤い着物

対照的なほど。。。。白い顔

淡い桃色の唇はぷっくりと柔らかなふくらみを持ち

その口でたえまなく笑みを届ける

涼しげな目元

長い睫毛が伏せられた時に見える顔は「誘い(いざない)の巫女」だ


羨望の眼差しを一心に受ける鈴姫の心も躍っていた

誰よりも「舞」を愛している

あの日から。。。女御様は惜しみなく自分に「雅」を教えてくれた

いつかこの「舞」をもって帝のおわす御所で踊りたい。。女御様の夢であった「五節舞ごせちまい」を一緒に舞いたい。。。。


どれほど「舞」を貶されても

長尾の家では「京」の舞など。。。。このあたりで「漂泊する者」の「芸」と一緒。。馬鹿にされていた

馬鹿にされていたけど


踊るほどに身体に。。心に湧き上がる「美」と「生」を強く感じていた

「舞」のためだけに京に行きたかった

花の都に「花」として


そんな活き活きとした身体が男たちの目の前を優雅に回る

トコトコと太鼓の音が流れ

その音に合わせ力強く

いや

力強さを中身に身体をフワリと浮かせるかのように回り

笙の波状する音に。。。女らしい繊細さを長い手で波模様を重ねて見せた



今まで見たことのない「舞」



流れ者の「白拍子」でさえそんなに早くクルクルと回ったりはしない

鈴姫の舞は激流の中を行く華麗な船

けして見苦しく慌てた足取りは見せず足音さえ聞こえないのに飛ぶように身体をしならせ踊る

髪さえもクルリと揺らす



「天女。。。。」


美しい者の降臨に言葉をなくしている一同の中

さきほどまでは騒ぎを嫌って顔をしかめていた青年は手から猪口を落としていた


口走った


「天女だ。。。。。」


うっとりとした目で我を忘れた表情

ほのかに頬を染めただ見つめる


誰もが見とれていた

あの為景さえ。。。。呆然とした表情になっていたのに「宴」の場を後にする時に姫は気がつき笑った


「舞」がおわり部屋に戻ったとき。。。。

鈴姫は少しだけ声を出して笑った

あれほどに人に見られたのは初めてだった。。。でも

ホントに心が舞った


早く「越後」に平安な日が訪れ。。。。京の都に。。。。


「夢」は。。。「夢」。。。


冴えた目。。。まだ眠れそうにない

だから

独り言を


「この続きは夢でみなくちゃ。。。」



まだ十四の娘は小躍りする気持ちを抑え寝所の灯を落とした




しかし

「夢」は「夢」のつづきは。。。。。

来る朝と共に朝露のごとく消えていってしまった




「オマエを上杉定実うえすぎさだざね殿の側室として出す」


翌朝父が告げた「褒め言葉」は鈴姫の「夢」をいとも簡単に終わらせてしまった


上杉定実。。。。

「宴」の席で自分を「天女」と言った青年の元に鈴姫は無言で嫁いだ

輿の中。。。。

女御に貰った衵扇あこめおうぎを開き。。。

京に戻って言った時の彼女の言葉を思い出した


「鈴姫。。。いつか京にいらっしゃった時。。。。一緒に舞いましょう」


たった一つの約束

「女」である生き方に示された灯火。。。。

輿の中

一人静かに涙した


その一行を上杉邸まで守って歩いた者が為景であった事をこの時は気がつかなかった

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