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その23 猿楽 (2)

先の政景まさかげの突拍子もない馬鹿笑いから後

和やかにそれでも「派手」演目は続いていた


猿楽。。。

滑稽芸こっけいげいを中心としたいかにも豪快な性格で「策」のために呼び寄せたとはいえ

政景のうっぷんを晴らすために呼ばれたと考えたほうが良いほど

「幽玄」のない古典的な賑やかな一座だった


その選択はアル意味功を奏していた

諸将も春日山での晴景はるかげと政景の

陰鬱な謀の渦の中いままでずっといた



重圧



静かにぶつかり合う二人のせいで

どれほどの気苦労をため込んできた事だろう

みな

賑やかで大げさなほどの滑稽芸に和らいだ笑い声を上げ

酒と珍味に警戒の心を許している様子だった


晴景の側,近くに座していた直江もしばらくぶりの酒の席,猿楽にほんの少し気を緩めた

このまま

和やかに何事もなく。。。良い一日を終わりたい。。。と

いつもは眉間に深く皺を作っている自分の額を撫でた



遊び心のたくさん入った芸は

波の拍子で途切れる事なく盛り上がりを見せる

猿真似をし

走り回る

ヒラリヒラリと軽業を見せる


夫に寄り添う綾も楽しそうに声を出して笑っている

その妻の肩を抱きご満悦の政景


直江の前

晴景までもがかつて唄を嗜み楽しんでいた時のように顔をほころばせている




ただ一人虎御前だけ

変わらぬ顔でそれを見つめていた事に誰も気がつかなかった



一座演舞は終わり

晴景は政景にいつになく上機嫌に言った


「今日はまことすばらしい「猿楽」に感心いたした。。。上杉様も喜んでおられますぞ」


十分に酒の回った政景は元は隠し事,謀の無い男

晴景のお褒めに素直に喜びを表した


「守護様。。守護代様共々に喜んで頂ければまことに嬉しい事にございます!」


御簾のむこう微かに見えるみのりも影の姿ではあったが何度か頷き喜びを表して見せた

春日山の家臣たちも口々に「楽しかった」事を告げ

「宴」は今までこの城ではなかったぐらいの温かな雰囲気に染まっていた


虎御前は相変わらず静かにしている姿を政景は気に掛けた

晴景との仲が悪い事はわかった

だからとはいえ楽しい「宴」の席で声も掛けてさしあげないなど寂しい事だと思ったからだ


もともと

家臣団に対しても明るく接する事が好きな彼は

すましたままの虎御前にも気遣いを示し話しかけた



「いかがでありましたか?御前様?」


綾も笑顔で母を見た

虎御前はゆっくりとした口調で政景の方は向かずに答えた


「まこと滑稽芸。。。。可笑しゅうございましたなぁ。。。。」


「可笑しゅうございましたか!!それはそれは」


政景は上機嫌だった

これを皮切りに御前に取り入る事は容易に思えたほどに

「喜んで頂けて良かったです!」

と大きな声で御前の機嫌を伺おうとしたが



虎御前は片手を「うっとおしい」というような仕草で上げプイと振って。。。

珍しく

自分から口を開いた



「まこと可笑しいと申した。。。」


虚を突かれた感じの政景は顔色をうかがわず

そのまま聞き返した


「可笑しい。。。ですか?」


「おもしろいというのは「人」が猿のマネをする事。。可笑しいというのは。。。「猿」のぶんざいで人のふりをする者の事。。。」

いつになく虎御前は饒舌だった

その事が「危険」な事と感じられたのは直江しかいなかった

あの仕草

あの目にかつて「戦」に出ていた頃の御前の姿がかさなって見えたのだ



顎をあげ

座の去った広間を見ながら誰の方にも向かず悦に入った表情を見せふらりと首を振る


すでに晴景の表情には緊張が走っている

見越したように

虎御前は続けた


「猿のぶんざいで無い知恵絞って人の挑む者。。猿が故に力頼みで人に挑む者これを「可笑しい」と言わぬでどう言うのだ?」


ゆらりと揺れる篝火に照らし出される大蛇の目はゆっくりと晴景の顔を見た

口元には笑みを浮かべた

狂気をはらんだ微笑に御簾の中の実は背筋が凍った


晴景の目に怒りが立ち上っている

すでに「宴」の喧噪は消え失せた

猿楽の続きが。。。。冷たく張りつめた人と人の「幽玄」の世界に入ってゆく


その静寂を逆撫でするように続けた


「ですが。。猿がいくら群れ集まり威張り散らしても「人」には適うまい。。世も安泰というものですなぁ」


完全に「宴」は停止し家臣団はみな凍りついた


直江は信じられないという顔を面にし冷たい汗をじっとりとかいている


逆に虎御前は。。。。笑っていた

目を晴景を通り越し御簾の奥に微笑み嘲るように政景を見て


「猿山の大将は山を追われればただの下郎。。故に必死の騙し合いも仕込まねば。。。それはそれは。。。可笑しい事でございますなぁ」


そういうと手元にあった扇で口元を隠した

冷ややかな笑い声。。。。


それを合図にしたかのように虎御前の元に控える侍女の二人が顔を見合わせ笑う

家臣団の近くに控えていた侍女も口元を抑えた



「それほどに滑稽な演舞であったか?虎御前」


凍りつき

誰もが言葉を失い

肩を奮わせる政景と

目を怒らせた晴景の激情を抑えるように御簾の中からみのりの声が間を割って入った


右に極端に首を傾げたまま虎御前は返事した


「滑稽。。滑稽。。。まことに「可笑しく」「哀れなり」を感じられる素晴らしき猿楽にございました」


改まった態度で実と晴景に頭を伏して挨拶をしてみせた


怒りの晴景はゆっくりと立ち上がった

そして諸将をじっくりと見渡すと言った


「今日はみながあつまってくれたまこと良き日になった。。。。虎御前の申すとおり「猿」は人に逆らってはなりませんな。。そんな滑稽な事があってはなりませんなぁ。。」


言葉は懸命に平常心を保とうとしているが

顔は真っ赤だ

だがさすがに取り乱すように口調を早めたりはしなかった

むしろ怒りを十分に蓄積した重々しい声で話しを続けた



「哀れなことが起こっている。。非情に嘆かわしい事だ。。。我が妹「影トラ」が「猿」たちの謀反に祭り上げられようとしている事。。。少なからず諸将のみなも聞き及んでおる事が。。このような形で現れてしまった」


水丸が持っていた手紙をみなの前に広げた




「長尾影トラは守護代の地位を狙って候」




「実に嘆かわしい。。。この不貞の輩をわしは守護代として討伐せねばならない!!」

直江は慌てて前に進み注進した


「お待ち下さい!!まだそれがどこから出た物なのかもさだかではないの。。」

その言葉を晴景が手を挙げて遮った

「いまや誰もの耳に入っているこれは。。。。これは「謀反むほん」だ」

晴景の目は本気だった

いや

正気を失っていた


足下に伏してなおも直江は諫めようとしたが無駄だった



「幸いにして私の「ために」政景殿が諸将に手紙をおくり「団結」する事を促してくれていた!!。。。討伐の任。。。政景殿。。。やってくだされますな?」



怒りの晴景が正気の沙汰でない事以上に

政景は混乱と「激情」で自分を見失い始めていた

「力頼みの猿」と罵られた。。。。

その上で手紙を逆手にとられ「討伐」の兵を挙げろと叩かれている


その見えるほどに震える肩に向かって晴景は頼んだ


「猿にかしずかれ己を見失った「哀れな」影トラを救うためにも「越後」のためにも。。。お頼みしたい」



政景は拳を板間に両手とも振り上げそして叩きつけた

響く音

揺れる床

綾は怯えて侍女に抱きついた


深く酒気を帯びた息を吐き出し答えた


「おまかせあれ。。。。」


ざわめく諸将と家臣団

荒れた足取りで退出する晴景を直江は追った

同じく顔を真っ赤にそめ額に青筋を入らせた政景も無言で退出した

その後を綾は急ぎ追おうとしたが留まり

未だ頭を下げて伏したままの母に近寄った



「母上様なんて事を。。。。」


虎御前は柳のように揺れる身体を起こし平然と綾に言った


「己を「人」と信じていれば何故に腹を立てる必要がある?」


二人の退場に家臣一同大騒ぎの状態だ

宴がそのまま「陣ぶれ」になってしまうなど誰にも予想できなかった非常事態は起こってしまった

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