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その22 ゆらぎ (6)

冬支度に入る春日山に艶やかな「綾姫」がやってきたのは明後日の事だった

降るように風に舞う赤い葉の間を

何もかもを懐かしむよう静かに進む

輿から外を見ながら懐かしむように言った


「立派な城になりました事で」


綾が春日山にいたころは

粗末な塀や乱杭が多く見られたが

どれもが良く修繕され曲輪の角にたつ櫓の多さには目を見張った


およそ十年ぶりの帰参に心は躍っている様子で

手を伸ばしては侍女にあれこれと城の中について話しをしながらゆったりとして和やかな行進であった

輿の中で中腰で物見をしてしまうほどに

ひさしぶりの帰宅にいつもなら涼やかにしている目を子供のように輝かせて

声にだして笑いを伝えた



もちろん

嫁ぎ先の坂戸の城も「仇敵」のお家とはいえ

夫の「長尾政景ながおまさかげ」には愛され居心地も悪くない

だけど

やっぱりこの山に過ごした日々を忘れた事などなかった


乱れ夜を恐れ

母,虎御前と共に眠れぬ時を祈って過ごした事

雨の日雨漏りを直すために女達が駆け回って城の修繕をしていた

そのぐらい男たちが「戦」に明け暮れた日々だった





あの雨の日の事も。。。。。

ふと。。。暗い闇の記憶が蘇り眉をしかめそうになったが

顔をあげ

「生家」に返ったこと

「親睦を深める」

ためにまたも自分がお役にたてると思い直し気を引き締めた


年甲斐もなくココあそこと見回ってははしゃいでしまっていた事をほんの少し自分の胸の内で咎めて



そんな綾を政景は柄にもなく派手に迎えていた

本丸の屋敷までの門を広くあけ

わざと二の丸の家臣達にも目に付くように飾り立ててのお迎え


業務で

二の丸の屋敷に戻っていた「直江実綱なおえさねつな」の目には滑稽にうつった



直江はココ何月なんつきかの間「栃尾」に手紙を出すことができなかった

晴景の様子は屋敷の奥にいて「病」である。。。。


という

報告しか聞くことはできなかったが

「影」が活発に動いているのはよくわかっていた

そういうことは

第三者の「派手」な動きで良くわかるというものだ

自分の浅はかな行動で身動きの適わなくなった「政景」が大げさに「綾」を迎え入れるなどが良い例だ


「政景殿は。。。そうとう参っている様子だな」



誰もいない部屋

独り言のように直江はつぶやく


「栃尾はどうなっている?」


奥の襖に潜む男も静かな睦言むつごとのような声で返事した


「影トラ様は屋敷にこもったまま。。栃尾衆は本庄(実乃)様の元沈黙を守っておられます」


筆を止めた

影トラが。。。兄である晴景に正面切って「反抗」する事は考えられなかった

だが

これほどまでに「拒絶反応」を示すとも思ってなかった

例の



「長尾影トラは守護代の地位を狙って候」



という怪聞

あれに「拒否」という姿勢を示した

わからんでもない。。。

もともと「欲」という心を持たぬ人

ただ「越後」のためと信じて戦ってきた人だ


しかし



そんな事に負けて貰っては困る

趨勢として春日山の周りは守護代を支持する一派が残っている。。。と言うだけ

そして

「政景」と「晴景」の争いはまったくもって視野の「狭い」志の「低い」争いだ


逆に

影トラは中郡なかごおりの中枢を制圧し

栖吉を手に入れ

「揚北衆」から望まれ主君にと仰がれる「存在」だ


体勢として見るのなら「越後」の大半を制した「影トラ」こそ当主にならるねばならない

それが一番早く「越後」をまとめる最良の手段だからだ

そこに「争い」が介在してしまう理由がある


ひとつに

「影トラ」が「女」である事だ


そして

もうひとつは今更な事だが。。。。。

晴景の。。。。「血」の問題か?


直江は綾姫登城に伴って仕入れた祝いの品の目録を調べながら

極めて落ち着いた様子で


「「外」は騒がしそうだ。。。どうなっている?」


と問うた


「武田はこの夏。。志賀城を非道な手段により殲滅着々と信濃をその手に入れております。。またこの際に「上杉管領軍うえすぎかんれいぐん」を碓氷峠にて撃破しております」


それはすでに耳に入っていた情報ではあったが

長尾家にとっても守護筋である「上杉」の北条との川越合戦に続く敗北は大きな危機感として迫っていた

世の中は大きく動いている

すでに越後はその流れに乗り遅れている


「武田は。。。来るかな?」


「はかりかねますが。。。雪深いこの地を欲するでしょうか?」


雪深さ

それが世間の動きから越後を疎くしていた


雪は何も守ってはくれない



世の中が「越後」だけで回っているならば

この

くだらない争いにも意味を見いだせる事だろうが。。。

「越後」の外に目を向けるのであれは「内輪もめ」をいち早く集結させる「一手」が最重要事項でなければならない


「影トラ」様。。。。」


つぶやく直江の声に襖の後ろの間者はおよ「影」の者とは思えぬ意見を交わした

間者は主の言うことのみを聞く

意見はしない存在ではあったが直江はあえて「意見交換」もしていたそれが己の「見聞」を狭めないための事として



「このさい「影トラ」様は政景様の「側室」として入られるのが良い策と思えますが?」


目録を手から下ろし直江は首を小さく振った

たしかに

争いというのを「徹底的」に避ける策を取るのならば晴景が「次代」を政景に譲る約束をし。。そのうえで「影トラ」を側室として与えれば良いという考えもある



「それで「越後」はまとまるか?一時凌ぎにしかなるまい」


あやふやな身内だけの政権交代。。。。

何よりも


晴景がそれを望んでいないし。。。。影トラ様を政景の側室になど。。。虎御前が許さないだろう



直江の文台には晴景からの「影トラ」宛ての返書があった

昨日晴景の近習きんじゅうの水丸がわざわざ手渡しにやって来た物で

夜中に「禁」を破って中身を確認していた


その内容は。。。。



「栃尾ならび揚北の諸将は「守護代」に「臣従」の親書を提出その書を持ち影トラは登城せよ。。」


結びに

「影トラの役目は終わり「剃髪」して仏の道に戻るが良い」

と書かれていた




「乱」


政景にあれほどの「知謀」を見せ動きを封じ込めた晴景が平常心を保っているのなら

こんな

浅はかな内容の手紙が何故書ける?


晴景は影トラの偉業に「嫉妬」している

父,為景以来の戦功者である彼女に

これは「事実」だ


前年の祝賀の時といい何故そこまで嫉妬心を燃やされるか

冷静に直江は考えたが実際に何が原因なのかは今ひとつわからなかった

どちらにしろ

この目の前にある手紙を実行されたら



越後は。。。。「戦乱」の世にさらに深く戻って行く事を止められない

それだけが確かな事だった



そして

それは絶対にあってはならない事だった




直江は。。。。

為景を思い出していた

あの頃まだ若造だった自分の前を

先頭を切って「戦場」に進んでいった「お屋方様」

憧れだった

強くそれはただの強さではなかった思慮深く忍耐強くこの「越後」を思いその生涯を費やした姿


戦にでれば分け隔て無く一緒に飯を食った

豪快で大酒飲み

ほろ酔い加減に入った為景はいつも大きな声で言った


「大きく世の中を見ろ!!目先の事だけで物事を判断するな!!」



その最後の日。。。。

床に伏しながらも幾多の傷を持った大男は拳を振るわせながら

並ぶ家臣たちに言った


「みな「越後」を。。。。頼むぞ」





瞼に焼き付く思い出

直江は目を開け

「柳(酒)を何壺か分けてもらおう」

襖の奥の間者ではなく軒先に控える近習に声をかけた


「影トラ様は酒がお好きだせっかく京から仕入れた酒を守護代様の手紙に添えて少し分けて頂いても悪くなかろう」


と穏やかに言った

苦悩を表情に表し続けていた直江の明るい声に控えた近習たちは「はい」と軽やかな返事を返し

申しつけに従った

その声とはうらはらに直江は「覚悟」の親書を「影トラ」にしたため始めた


裏に控える間者に

「これを一緒に忍ばせよ」


「戦わねばなりません。。。。影トラ様「戦」に強き男の残した足跡を継ぐのは貴女以外おられません。。。。」

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