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その22 ゆらぎ (3)

兄に向けての手紙を書いてから十日ほど

屋敷の外に出る事は無くなり

部屋の中を行き来する日々を続けていた

そんな私の様子をうかがいに何度か実乃が訪ねて来たが

戸を閉め

顔を出して話す事など絶対にしなかった


今の私の顔は「苦痛」でやつれているに違いない

飯をほとんど口にする事ができなくなってしまっていた


あの詰問から

身を清める事はしなかった

髪も結わず

髷も作らず


着の身着のままで「願」を掛けた



「祈り」が適うまで野で修行するのと同じ心境に自分を保つために



耳をすませば聞こえるのではないか?と思うほど

「噂」はもはや城内のどこでも

だれでもが知るところにあった


手を合わせ「禅」を組む

そのような声に耳を貸さぬように「無」の世界に自分を置く

ただひたすら「禅」を組め。。。。

信心に習い生きよと


決して城内にでる事もなかった



普段なら

つやが「手習い」にきていた日さえ誰も部屋に通さなかった


時を刻む中で

写経を続け

読経を

つぶやくように延々と朝から始め

晩までした


絶対に

誰とも話しがしたくなかった




この耐え難き苦境にいる私に御仏の「声」を「導き」を下さる事を願った


まず

「間違いであって欲しい」

兄上に心を尽くして書いた手紙で私の真心をわかって頂きたい



夜になるまでずっと祈ります。。。。

でも

どれほど平静に振る舞っても「涙」を止めることはできなかった


早く

早く


「お返事ください。。。こんなにも心を痛めております。。。お返事下さい。。。」

縋る気持ちで。。。。ただ祈ったが「声」は未だ聞こえなかった






「影トラ様。。。」


朝方まだ日も出ぬ刻に風の音にまぎれながら実乃声が部屋の外でした

沈黙の間


中条藤資なかじょうふじすけ殿より親書が届いております。。。おあらためください」


山から吹き下ろす風の音だけ

起きてはいたが返事はしなかった

したくない


「内容をお伝えします」


私の沈黙に慣れた実乃は一人で事を進め始めた


「手紙は守護代様に送り届けよ」


朝もこない闇の中で問答をしたくはない

まだ

祈りの微睡みの中にいるのだから


そんな私の言葉にかまう事なく実乃はハキハキと内容を口上した


「揚北郡「中条殿」を中心に各諸将の連判により「長尾影トラ」様に臣従の意を示すものとして。。」

「実乃!」


私は声を大きくして話しを断ち切った


「臣従を示すのならなおさら。。。守護代様に良い報告として親書をそのまま送れ」


風で庭木が揺れる音が聞こえる

しばしの沈黙


「わかったか?」

「わかりません」


目の覚める返答

今まで隣で私をたしなめ続けた実乃から反抗の言葉が返ってきた事に驚いた

私は「禅」を解き

そのまま庭のある戸を開けた


「わからない。。。だと?何がわからないのか?」



実乃は廊下にはおらず庭の縁側の下に片膝で伏していたが顔をあげ書状を手をあげて前に見せた


「中条殿は「影トラ様」に臣従すると申しておられます。。守護代様への申し送りは「不要」にございます」

私の名の部分を指さして言った


「不要などと不遜な事を言うな!そのような事があらぬ疑いにつながっていると気づかぬのか!」

「いいえ!!事実「不要」にございます!!この親書を届けたならばなおさらに守護代様は「我ら」を「敵」と見なす事でありましょう!!」


諫言

暗い朝を割る大声

よどみない力強い声は周りの静寂を気にする事なく続けた


「例の怪聞といい政景まさかげ様の不穏な文。。。これらの物が春日山周辺に流布されているのに「咎め」られていないのは何故でありましょか?!わかりますか?」


私は眼前で激高しながらも

広く世を見た家臣の意見を。。。。。わかっていた。。。

「噂」というものの力を決してあなどっていない私には

「噂」を止めようとも「咎めようとも」しない春日山の。。。いや兄の本心を。。。。わかり始めていた


「晴景様は影トラ様の「戦功」を嫌っておられます」


耳に届く報告も。。。

でも


だけど

首を振り否定した


「知らん。。。。」

苦しみ紛れの言い訳


「悔しゅうございます」


実乃の拳は音高く庭土を殴った

私の心の乱れを「戦」で働く焼けた大きな拳で代わって表すように

何度も殴った

口元を震えさせ

怒りの形相の目にはにじむ涙があった



「これまで影トラ様は誰よりも「越後」のために戦って来られたことにお褒めの言葉を預かった事などついに一度もありませんでした。。しかし。。。それでも「越後統一」まで後一踏ん張りのところに来た今!!ご自分でなせなかった「統一」の偉業に「嫉妬」されたのです」


「実乃!!兄上はそのような」

私の弱い言い訳の言葉を今度は実乃が切った



「今まで揚北衆は守護代様に頭を下げませんでした。。。。親族衆である「栖吉すよし衆」も「影トラ様」。。。。貴方にだけ「平伏」「臣従」しました。。。晴景様はそんな状態を「放置」し続けたのに今になって「力」を自分の元に奪い取ろうと。。。計画しておられるからです!!だから春日山近辺に流れる怪聞など取るに足らない事なのです!!!」



実乃の顔は。。。。

「戦」に赴く顔になっている


「守護代様は。。。。「戦」を望んでおられます。。貴方様を打ち負かすために。。だから政景様のご入城を許されました。。武力であれ知力であれどちらの方法を使ってでも「影トラ様」を悪者にして越後を統一しようとなさっています。。。」





「だまれ。。。。」


それは。。。。他人の言葉だ。。。

私は実乃を睨んだ

もはや心を抑えておけなかった




「それで。。。それで兄上と戦えというか!!!」

いつの間にか

涙でぐしゃぐしゃになった実乃は怯むことなく告げた

「戦わねばなりません。。。」

哀願する顔に向かって怒鳴った


「だまれ!!!」

よくもそんな事を簡単言えたものだな!!

確かに「褒めて」下さった事などない

良い顔を見せてくださった事だってないさ!!

でも

だからって


兄上と戦えるわけがない。。。。

血を分けた兄妹。。。。


私は拳を固め柱を殴りつけた

庭に飛び降り木をへし折り声を上げて暴れた




「兄上とは。。。戦わない。。。絶対に。。。」


伏して頼む実乃に言った


「私が折れて「汚名」を着ることで「越後」が統一されるのならそれでよい!!兄と戦するぐらいなら「髪」を落とし「尼」になるわ!!」


実乃の目は見開かれ驚きで震える声が

「何という事を言われますか。。。。」

地べたにへばりつき

私の足にすがろうとした


その手を足ではらった


「それでも戦がしたいのならば。。。。オマエ達だけで好きなだけやればいい!!」

そう言い放ち

汚れた足のまま乱暴に戸を閉めると部屋に戻った





独り

地に残された実乃は「残念」の涙を止められなかった

馬鹿正直に。。。それでも「本心」を告げたが「影トラ」は聞き入れなかった

むろん

心中がわからないわけでもなかったが。。。

それでも事態がのっぴきならない方向に向かい始めている今。。。誰かが言わねばならぬ事だったとおもえばこそ。。。。


ただ「残念」だった


立ち上がり

トラの部屋を後にしようとした時


木陰に「つや」がいたことに気がついた

悲しそうな実乃の顔を見つめるつやの目にも涙が光った


「心配いたすな。。。」


呆然として手習いの道具を落としてしまっていた

つやの手に拾い上げ渡した


つやは声をださずに静かに泣いた


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