はじまりはさいあく
「この世界を救ってください」
その第一声に、はあ? と聞き返したくなったのを飲み込んだ自分は相当自制心が効いていたと思う。
わけがわからない。
今日は高校三年春の修学旅行だった。
やったら重いバッグをひいひい運んで、バスに乗った。
気がついたら光に包まれ、白いひらっひらの衣装をきた銀髪青眼の女の子が、両指を祈りのポーズに組み合わせて、先ほどの第一声を投げかけてきた。
この娘、頭がおかしいのか。
そもそもここどこ?
水が四方からざあざあ流れて、なにやらTHE聖域! という感じのお部屋だ。
私の周囲には、クラスメイトの王子こと八王子夜音、熱血双子の和久井碧空、和久井憂空、かしましい桐島聖涙、と私がひそかにD○N四人衆と思う四人組と、幼馴染の仁王大輔が、いつものごとく目えあけてんのかお前とつっこみたくなるほっそい目でぬぼーっと立っている。
大輔のあだ名は大仏。
身長百九十センチにして、頭は角刈り、威圧感は半端ではない。
しかし、この男、虫も殺せないし、感動系映画やアニメを見れば、横で見ている私がドン引きするくらい無言で号泣するし、感受性高すぎてお前大丈夫かと尋ねたくなるような草食系男子の見本市に並べてやりたい以下略
とにかく、大仏なのだ。
で、目の前の頭大丈夫か? な娘だが、王子こと八王子夜音に目をつけたらしい。こいつ、見た目まさに王子だからな!
「あの、御願いです。異界の勇者さま。どうかこの世界を救ってください」
中略。
めんどうなので実況説明はすっ飛ばします。
お察しのとおり、あのけったいな娘は、このフォなんたら国のお姫様で、巫女で、とにかく私ら高校生六人を拉致して、更にこの世界を魔物の手から救えとか、わけの分からん要求をつきつけて、しかも魔王を倒さないと元の世界には帰れませんとかどれだけなのという酷い条件をのうのうと口にして、私は納得がいかねえです。
更には、この国の第一王子とかいうワイルド系男子に機関銃のごとく不満をたたきつけた桐島聖涙は、「ふ。この俺にこんな口をきいた女は初めてだ。お前、面白いな」とお持ち帰りされてしまった。彼女はわめいた割りには、まんざらでもなさそうだった。私の汚れた心がそう思わせたのかもしれん。本当にすみません。
で、現在。
私達拉致された組はお持ち帰りされた彼女以外は、ひとまず客室に通され、現状について話あった結果、私はふるぼっこにされました。
つまり、私は、私達を拉致しやがった奴らのいないところで、まず一致団結せねばと、口火を切ったんです。
で、みんなにどうにかして奴らの要求を聞かず、穏便な手段で帰りましょうと提案したわけですが。
敵は身内にいた。
ぼっこぼこにされました。
「こんなこと言いたくないけれど、佐々木さんって、協調性がねえよな」
これは熱血双子弟の和久井碧空。
「そうだよ。みんな困ってるんだよ。あたしたちにできることがあるなら、彼らを助けてあげたい。佐々木さんも協力してほしい。ね?」
これは熱血双子の姉の方和久井憂空。まるで私が聞き分けのない子供みたいな言い方をされました。
「佐々木さん、憂空さんのいうとおりだよ。俺たちにできることがなるなら、全力を尽くそう。魔王を倒せば帰れるというし、目的と手段が一致しているんだから、あとは俺たちが努力すればいいだけだよ」
これは八王子夜音。理論的に諭そうという雰囲気がぷんぷんにおうが、ちょ、なんで。
おかしいのは私か! 私なのか!!
拉致されたんだぞ!
なんで、拉致した奴らの要求どおりに動こうとするわけ!?
悪者は私か!? 聞き分けがないのは私なのか!!?
大輔、援護射撃しろ!! そう思って、ぎっと大輔を見上げたが、奴は草食系すぎた。おろおろと辺りを見渡し、しかも胃のあたりをおさえてるう!
大輔ぇ!!
お前って奴は、お前って奴は!! 役に立たない!!
見た目は羅王なのに!! 中身が残念すぎる!!!
そんなお前のことが好きだけれど、今はあああっ 今はしんどいぞ、大輔ぇ!!
そんなわけで、私は協調性がない、聞き分けがない、身勝手、独りよがり、性格が悪い、色々なレッテルをべたべた貼られた上に、身内の裏切りで巫女で王女なユリア姫に、一人納得していないものがいる旨密告されたついでに、現在、地下で肉体的にぼっこぼこにされていた。
具体的には、一人だけ別室に案内されて、更に水の回廊が複雑に張り巡らされた地下に連れていかれ、騎士と思しき甲冑姿の男たちに、いきなり、ぱーんされた。
つまり、顔面にパンチだ。
何が起こったのか、本当に分からなかった。
鼻血が出た。
鼻骨もおそらく折れた。
腹に遠慮のない拳が叩き込まれて、床にぶっとぶ。
火花が目の前に散った。
痛い。
本当に痛い。
痛い痛い痛い痛い!!!
なにこれ。
なにこれ。
なにこれ。
内臓を押し上げる痛みに、私は血の混じった黄色い吐しゃ物を床に撒き散らした。
息ができない。
苦しい。痛い。
怖い。
痙攣するかのように脚も手も震え、次に来る一撃を恐れるあまり、歯の根が合わない。内股に生温かい感覚が広がり、私は失禁していた。
何も考えられない。痛いのが怖いというそれだけしか頭にない。
もう止めて。痛いことをしないで。
腹を守らなければ、頭を守らなければ、と生存本能だけで必死にかばう部位を、蹴倒され、柔らかな急所を晒した。
ごめんなさい。
私が悪かったです。
許してください。
多分そんなことを言った。前歯が折れて、うまく言葉になったか分からない。
土下座したと思う。
でも相手は異世界人だ。言葉が通じるのはなんたら加護のおかげで云々かんぬん説明を受けたが、日本の様式美が通じる相手ではなかったのか。
また襲う痛み。
死んじゃう。
というか、死なないのが不思議だ。
「こいつ、意外と頑丈ですね」
異世界人その一が言った。
「ふむ。腐っても世界の膜を越えてきた者だ。なんらかの異能を授かっているのだろう」
「回復力ですかね? とりあえず、姫さまに逆らった制裁は充分与えましたので、そろそろ××しましょう」
「ああ。許可する」
わけが、分からない。
白刃が。
翻る。
振り下ろされる。
死ぬの?
わたし、死ぬの?
冗談でしょう。
止めて。
ゆっくりと、時間がまるで間延びしたかのように、私はその白い刃の奇跡を網膜に焼き付けた。
だいすけ。
だいすけ。
こわいよう。
いたいよう。
だいすけたすけて。
「――何をしているんですか!?」
そうしたら、本当に、大輔が来てくれた。
図体でかいくせに、中身バンビの大輔が来てくれた。
なぜとか、経緯とか、全然分からない。
でも、来てくれた。
「さつきちゃん!?」
大輔は顔面まっさおにして、こちらに駆けつけてくる。
そして。
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わたしはこえにならないひめいをあげた。
だいすけがたおれる。
だいすけのおなかからけんがつきでている。
はいごから、にこやかにわらう金髪のおとこが汗をぬぐうしぐさで、
「いやあ、先輩がた、気をつけてくださいよ。ねずみが一匹、地下に向かったって、姫様がおっしゃるんで、慌てて俺が追ってきたんですよ」
何か言ってる。
やだ。
いやだ。
大輔。
「だいしゅけ?」
舌が回らなかった。
指先が芋虫みたいにもつれ、ぶるぶると定まらぬ指先で、大輔に触れた。あたたかい。
でも、返事がない。
かちかちかちかちうるさいと思ったら、私の歯の根があわない音だった。
大輔はおとなしい子で、身体が大きいのに心ねの優しい奴だったから、近所の悪がきどものかっこうのターゲットだった。
いつも苛められていて、私がかばってた。
私のほうが小さいけれど、大輔は弟みたいなもので、もう半分以上身内だった。
お菓子作りが趣味の大輔。
女の子の特有のマシンガントークが苦手でいつもおたおたしていた大輔。
フランダースの犬を見て号泣する大輔。
身体が大きくて、見た目威圧感が凄いために、よく変な勧誘にあっては、なみだ目になっていた大輔。
おなかから、剣を生やしているよ。
もう一度、触れようとしたら、後頭部にものすごい衝撃があった。
何か硬いもので殴られたのだ。
文字通り、目玉が飛び出そうになる。
それから、私も切りつけられた。
私は折り重なるように大輔の身体の上に倒れた。
挿絵:えんばく様より頂きました。ありがとうございました。