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人魚たちと満月の夜

作者: 夢乃悪夢
掲載日:2026/07/04

 あるところに、人魚達の村がありました。村といっても、広大な海の中の巨岩群の一角を、とある人魚達がナワバリにしていただけではあったのですが。

 少なくとも、彼らはそこを自分達の村だと思っていました。


 人魚達の多くは、他の種族より自分達が美しく優雅であることを誇りに思っていました。そんな中に、1匹の人魚がおりました。


 その人魚は年若い女で、下半身は薄水色の鱗に覆われていました。顔の横に付いているエラは他の人魚より少し小ぶりで、上半身も、人魚の女にしては起伏がやや控えめなところがありました。

 つまり、人魚にしては地味な容姿……といったところでしょうか。

 勿論、彼女もまた正しく由緒ある人魚だったのですが、周囲は時々彼女を、『外来種』と呼びました。本当に人魚であるか疑わしい、という蔑称でした。

 はっきり言って、人魚としては美しいわけでも醜いわけでもなく、ただ普通だったのですが。


 人魚達には、夏のある満月の夜に、卵を産むための交尾をする風習がありました。まあ、一種のお祭りのようなものです。

 成人を迎えた人魚の男女は、その月明かりの下で適当な相手を見つけ、下半身の鱗を擦り合わせて卵を産むのでした。

 1匹と交尾すれば卵は1つ、2匹と交尾すれば卵は2つ産まれます。

 ですから年若い人魚達は、その日にどれほど多くの卵を成せるかで、自分がどの程度魅力的な容姿であるかを測り、競っていました。


 卵の殻は交尾をした男の鱗の色となって出てくるため、多彩な鱗をした人魚たちにとって、どの男の卵かは一目瞭然でしたし、卵を産むのは女ですから、誰が何個の卵を成したかは自明の理だったのです。

 交尾ができるのは成人してから5年と決まっていたため、その5年で卵を何個産めたか、何個産ませたかで、その後の村での扱いが違いました。


 多くの卵を成した者ほど、より良い岩場の近くに棲家が得られ、役職も与えられたのです。

 卵を1個も成せなかった者は、5年後にはその村から追い出されるのが、その村の人魚達の風習でした。


 『外来種』と呼ばれた女はまさにその年、成人を迎えたばかりでした。

 もうすぐ夏の満月がやってきます。多くの女は自分よりずっと煌びやかな目立つ鱗の色合いをしていますし、エラも立派で、上半身も人魚らしく豊かに発達していました。


 「満月の夜に自分が誰かに選ばれるわけない」と彼女は思いました。

 卵を1個も産めなかったら……。考えるだけでも恐ろしい気がします。

 村の外に出かけて狩りをするのは繁殖期を終えた男ばかりでしたし、村の外には獰猛な人喰いザメや、村を丸呑みにしてしまえそうな魚より大きな生き物がいるというではありませんか。


 悩みに悩んだ『外来種』は、村の村長の姉である年老いた人魚に相談に行くことにしました。老いた人魚はこう言いました。


「村から少し離れた珊瑚の地に、身体を擦り付けると鱗に色が付く植物が生えている。そこに行って鱗の色を全身鮮やかにしてくるが良い。ただねえ……。卵を産むのがおまえの幸せか、今一度、よくよく考えてみるんだよ」


 女はお礼を言いました。卵を産むのが幸せかだなんて、分かりきっていることではありませんか。だって今、そのために、村の年若いあらゆる人魚達が、鱗を綺麗に磨いているのですから。


 満月の夜がやってくる前日、女はこっそり、教えてもらった珊瑚の地へ行って教わった植物に下半身を擦り付けました。女たちが村の外に出るのはあまり良くないという村の共通認識を、彼女もまた知っていましたが、『外来種』の女は必死だったのです。

 擦り付ける度、女の薄水色だった鱗は段々と赤く染まり、繰り返す度に鱗は艶々と光りました。鱗が染まっていくにつれて女は恍惚とした表情になっていきましたが、そこには他に誰もいなかったため、見られることはありませんでした。

 女は夢見心地で時間も忘れてそれを続けていましたが、ふと遠くに大きな影が見えたのです。それはただの魚群の影だったのですが、人喰いザメだと思った彼女は、慌てて村へ逃げ帰ったのでした。


 そして、満月の夜がやってきました。

 『外来種』と呼ばれた人魚の鱗の変わりように多くの年若い人魚たちは驚きましたが、それまでも鱗の色が変化していったり、急に変化したことがある人魚は時々何匹かいたため、少し変わっているが珍しくはない出来事として受け止められました。


 それに、卵を成す相手として見た目がいいに越したことはありません。満月の透き通った光の中では、相手の鱗が鮮やかに輝くほど交尾は長く行えましたし、交尾が長いほど卵の質も高まるとされていたからです。

 2匹の鮮やかな鱗が互いに絡み合いながら1つの卵を産み出す様は、それはそれは幻想的でした。

 だから、長い交尾を行った男女は、それはそれで、「あの舞いは素晴らしかった」と他の人魚達に褒められることも多く、また、年若い人魚達の憧れの的となったのです。


 『外来種』の女は、その晩なんと7個の卵を産みました。その年では最も多い産卵数となったのです。

 それから年が経つにつれ、女の赤く染まった鱗は徐々に色が薄くなっていきました。それでも女は、毎年の交尾相手に困ることはありませんでした。


 5年後、女の産卵数は13個となっていました。5年間の産卵数としてはトップではありませんでしたが、それでも産卵数としてはかなりの上位です。この村の女は、繁殖期間に10個以上産卵すれば以後は卵のお世話係になることが確約されるため、これから一生安泰でしょう。

 女は幸せでした。




 ところで、その村には濃紺色の鱗をした人魚がおりました。その人魚は男で、『外来種』の女と同じ年に産まれたのでした。男は自分の濃い鱗の色が嫌いでした。水面のように明るく輝いて見える淡い色の方が好きだったのです。

 それなのに、周りの人魚も自分と同じような濃く目立つ色ばかりでしたし、それらが入り乱れながら絡み合う満月の夜の美しい舞いですら、男にはとてもつまらなく見えたのです。


 そんな中、少し興味をそそられる人魚がいました。『外来種』の女でした。実は彼女に最初、

「鱗の色が薄くてまるで外来種みたいだ」

と言ったのは彼でもあったのです。


 成人したばかりの満月の夜、男は『外来種』の女を見て心底ガッカリしました。鱗の色が美しい薄水色から毒々しい赤い色へと変わっているではありませんか。

 逞しく、鱗の色や顔も体も申し分なく美しかった男は、何匹もの人魚の女から誘われはしたものの、それから5年間、誰とも卵を成しませんでした。

 だから当然のように、5年後、彼は村から追い出されてしまったのでした。


 村の外は思っていたよりもずっと長閑で広大でした。男はそれまで知らなかったのですが、海の中にはあちこちに人魚の村がありました。やはり鱗は濃く鮮やかな者が多かったのですが、尾鰭やエラの形は本当に様々で、男がいた村の人魚たちよりも尾鰭が遥かに大きかったり、エラが腰にまで届きそうな長さの種族もいたのです。

 そして、多くの村が男のいた村とは違って、男のような余所者にもそこまで攻撃的ではないことも、男には驚きでした。


 実は、それは男があちこちの村を見つけると訪問の際に必ず狩ってきた魚を分けてあげていたためであったり、男の鱗の色が人魚の中でも一際濃い色だったために優遇されたからでもあったり、男の上半身を見て狩りの腕前を察した人魚たちがあわよくば自分たちの村に棲んで貰おうとしたためであったりしましたが、男はそれを全く特別なことだとは思いませんでした。


 村の外に出てから毎日自分で狩りをするのは当然のことでしたし、男は自分の鱗の色を美しいとは思わなかったからです。


 数年後、男は狩りをしている最中に、毒蛇に噛まれてしまって呻いている1匹の人魚と出会いました。何故か痩せぎすのその人魚の鱗は淡い薄黄色でした。あまりにも美しい鱗だったので、男は一目で気に入りました。


「毒蛇に噛まれて処置を間違えると死ぬこともある。あなたが回復するまで、私があなたの世話をしよう」


 男は真剣でした。

 その人魚はまるで奇妙な提案をされたとばかりに、驚いて怪訝な顔をしました。


「これぐらい、時々あることです。それに私は野良人魚ですよ?」


 男は笑いました。


「それなら私と同じではないか。これでも、狩りの腕には自信がある。そなたの棲家までそなたを送り届けよう」


 野良人魚は、村を追い出された後は大抵何処かに棲家を作って隠れていることが多いのを、男は知っていました。

 男のようにあちこちの村を訪問する方がよほど珍しいのです。


 黄色の人魚は混乱しながらも男を棲家まで案内しました。

 実のところ、棲家に着いてから豹変するのではないか、昔聞いたことがある人喰い人魚ではないかとビクビクしていたのですが、男はどこまでも優しく、甲斐甲斐しくその人魚の世話をしました。


 そして、蛇に噛まれた人魚の傷がすっかり塞がっても、男がその棲家を離れることはなかったのです。


 1年もすると、黄色の人魚もすっかり男を信用し、完全に男に身を任せることが多くなりました。男がまあよく飽きもせず、毎日のように鱗を触ったり磨きたがったのです。男が鱗を磨くとなんとも言えないむずむずとした心地良さがあり、その人魚ももう、男に、ここから出ていけとは言えませんでした。それに、

「きちんと食べないと顔色が悪くなるし鱗のために良くない」

と、男が毎日のように魚を採ってくるようになりましたし、黄色の人魚が鱗を磨かれている最中にむずむずとして我慢出来ず、尾を激しくくねらせたりした次の日には更に大漁の魚が棲家に持ち込まれました。

 だからむしろ、その人魚は男に下半身を磨いてもらおうと、積極的に尾鰭をくねらせるようになっていったのです。


 黄色の人魚が心地良さに体を震わせる度に男は喜びました。震えると、人魚の鱗は更にキラキラと輝きを増しましたし、黄色の人魚自身は気が付いていませんでしたが、顔は火照り、恍惚とした表情を浮かべたからです。




 それから何年経ったのか、正確な記録は残っていません。なにせ水中の話ですから。

 ただ、濃紺色の男は、その薄黄色の男と、いつまでも同じ岩場で生活したと言われています。

 死が2匹を分かつまで。

オリジナル短編童話としてお楽しみいただけると幸いです。

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