【最終話】46. スパダリだって嫉妬する
最終話です。
最後まで見守ってくださった皆様に、心から感謝いたします。
魔法国に程近い辺境伯領の別荘では、見目麗しい二人の男女が寄り添っていた。
お互いに非番の日を合わせて、人目を避けた二人きりの時間。
大人の姿のレティシアは、ガーデンテーブルに肘をついて、ワインをゆったりとくゆらせていた。
「レティ、味見をしてみないか?」
ほら、と差し出される。
「……もう子どもではないのだが」
「関係ない。ほら」
そっと背中を支えられ、観念して開けたレティシアの口元に、ロイド渾身の前菜が運ばれてくる。
見るも憚る溺愛ぶりに顔を赤らめながら、レティシアはもぐ、と一口頬張った。
「美味しい」
……反応に困る。
そっぽを向いて呟いた一言は、バッチリとロイドに聞こえていたらしい。
すぐ近くで笑っている気配がして、レティシアは軽く睨みつけた。
「……なぜ笑う」
「笑っていない」
「笑っている。失礼なやつめ」
「そうか?」
恥ずかしさにむくれるレティシアが可愛くて仕方がないらしく、ロイドは満足げに微笑んでいる。
夕空を見上げ、ワインを口に含むレティシアの前には、ロイドお手製の料理がずらりと並んでいた。
香ばしい香り漂う焼きたてパンに、野菜のスープ。前菜まで添えてある。
そしてとどめ……ラストを飾るメインディッシュがいよいよ完成し、テーブルに運ばれてくる。
至れり尽くせり、控えめに言って最高だった。
《レティ、今日の飯は何だ》
「鶏の香草焼きらしいぞ」
《……ほう》
ぶさねこ姿のヴェリアルが、じゅる、とよだれを垂らしている。
最近は神々しい聖獣よりもこちらの姿が気に入っているらしく、度々変身しては丸まっている。
本人いわく、人目を気にしなくて済むので『楽』とのことだった。
《……ロイドに、早くしろと言え》
「私に言うな」
聖獣の威厳など微塵もないやり取りすら、幸せに感じる。
だがその幸せを破るように、ドガァン! と別荘に張られた結界が、派手に破壊された。
「レティシア様! その男から離れてください!」
「……またお前か」
庭園の奥から、這いずるようにして現れたディーンを目に留め、レティシアは呆れ混じりの溜息をつく。
《吾輩の食事を邪魔するな! この馬鹿タレが!》
「痛っ、いたたたた!」
瞬時に飛び上がったヴェリアルの容赦ない往復ビンタが、地面に這いつくばったディーンへと降り注いだ。
「いた……ぐはっ……」
ついに力尽きたディーンがひれ伏し、静寂が訪れる。
一件落着と思いきや、ディーンのお腹がぎゅるるる……と、盛大に鳴り始めた。
「なんだ、お前。腹が減っているのか」
「レティシア様を探すのに必死で……三日、ろくに食べていなくて……」
「困ったやつめ。仕方ない、それでは一本だけだぞ? 作り立てだから、相当旨いはずだ」
ため息混じりにテーブルから串焼きを取り上げ、レティシアはそれをディーンの口元に差し出した。
「え、作り立て……?」
「そうだ。ほら、食え」
「レティシア様の手料理……? 俺のために!?」
口元に差し出された美味しそうな串焼き。
レティシア手ずから、食べさせてくれるらしい。
「しかも、れ、レティシア様に、『あーん』して……いただいた……」
恍惚とした表情でもぐもぐしているディーンの頬に、ふと影が差した。
「残念だったな。それを作ったのは俺だ」
「……は?」
「旨かったなら、なによりだ」
ゴゴゴゴゴ……と静かな圧を放ちながら仁王立ちするロイドが、ゴミにたかるハエを見る目で見下ろしている。
レティシアを巡るライバル同士、これでもかと圧をかけられ、ディーンの咀嚼がぴたりと止まった。
「お、お前の手作り!?」
「そうだ。さぁ行こう、レティ」
絶叫など聞こえていないかのように、ロイドはレティシアをひょいとお姫様抱っこする。
「おい、レティシア様に触れるな! いいか、お前余裕ぶっているが、ボクはレティシア様とお見合いをした仲だ。分かってるのか!?」
「へぇ……」
お見合いも何も、大したことはしていないのだが、ディーンの捨て台詞にロイドがピタリと動きを止めた。
「お見合いか、それは初耳だ」
いつも通りのロイドの声。表情も、変わらない。
ただ口の端が、わずかに上がっただけ。
「お前だけじゃない。それも四人もだ! そのうちの一人は、次に会う約束もしている。もう一人は手作りの食事を振舞い、レティシア様は大層喜ばれたそうだ。そしてこのボクはレティシア様に、『ずっと傍にいてほしい』とまで言われているんだ」
「なるほど?」
ロイドは腕の中のレティシアをわずかに抱え直し、ディーンへ視線を向けた。
笑っている。笑っているのに、目が全く笑っていない。
「レティ、それは、知らなかった」
「いやそんな、別に知らせるほどの事でもなかったし……な、なんだその顔は。怒っているのか?」
「いや? 怒ってはいないが、後で少し話をしよう」
「……何をだ。ロイド、落ち着け」
レティシアはその腕から逃れようと身体を引いた。長年の勘が、危険を告げている。
「ロイド、一人で歩けるから」
「駄目だ」
去っていく二人の背中を、ディーンが哀愁漂う表情で見つめている。
横抱きにされたレティシアが、ロイドの首に腕を回しながら、ふと振り返った。
「ディーン、お前、余計なことを言ってくれたな……」
魔法国に帰ったら、覚えとけよ? と脅すことも忘れない。
「騎士団と魔法師団での合同訓練の、定期開催がちょうど決まったところだ。合宿も予定している。せいぜい震えて眠るがいい」
「そんな……!」
「ではまたな、ディーン」
地に伏すディーンへ向かって、――ひらひらと、笑顔で手を振った。
「レティシア様……ッ」
ディーンの想いは届かない。それはそうだ、本人に伝わってすらいないのだから。
どう頑張っても、届くわけがないのだ。
「師団長――ッ!」
その時だった。息を切らして駆け込んできたのは、副師団長クロニクルだ。
「やっと見つけましたよ……ただでさえ忙しいのに、最近サボってばっかりじゃないですか!」
「だがレティシア様が」
ぐぎぎ、と拳を握りしめるディーンに、クロニクルは構わず詰め寄る。
「書類が山積みなんですから、ちゃんと仕事してください! いいから帰りますよ!」
「嫌だ! レティシア様ァァァッ!」
元気を取り戻したディーンが叫んだ瞬間――バシィッと、ディーンをだまらせるべく、ヴェリアルが勢いよくビンタした。
「ぐっ……」
がくりと力尽きるディーンを一瞥し、クロニクルは盛大にため息をつくと、ディーンの片足を無造作に掴み、ズルズルと引きずりながら撤収を始める。
「帰りましょう、師団長」
「…………レティシア、さま……」
「師団長」
「レティシア様が、笑って手を振って……」
「はいはい帰りますよ」
ズルズルズルズル。
やがてその音も遠くなり、庭に静寂が戻ってきた。
***
別荘の中、ロイドはレティシアを膝の上に乗せたまま、相変わらず腕の中に閉じ込めていた。
夜は深く、お酒も入っている。
もういい年なので婚前旅行が認められてはいるが、本来であれば婚約者の身分で、二人きりで夜を過ごすなど許されない。
魔法帝たるレティシアの要望と、トルティア王国の猛プッシュにより実現した、いわば肝入りの旅行だった。
とても楽しみにしていたのだ。
久しぶりにロイドと過ごせる、二人きりの夜。話したいことだって沢山あったのに。
――ディーンのせいで。
「ロイド、まだ怒っているのか?」
「いや、怒ってはいない」
ロイドの横顔を、レティシアはちらりと見遣る。
口数も減り、どう見ても怒っているではないか
「……見合い相手はどんな奴だったんだ?」
「剣の腕が立つ、魔法国の騎士団長だった。真面目で、不思議とすぐ耳が赤くなる、いい奴だった。今度魔法師団と、騎士団で訓練や合宿もやる・色んな角度から演習ができる……楽しみだ」
「……そうか」
「あとは、クロニクルという魔法師団の副師団長だな。器用で性格も良く、魔法師達からも好かれている。ロイド同様、料理が上手い」
「…………そうか」
「でも三枠目はヴェリアルだぞ? あとはディーンだな。あいつはいつも困ったやつで……」
「それはいい」
話の途中で遮られ、レティシアは首を傾げた。
自分で聞いてきたくせに、あまり興味がないらしい。
こちらを向いたロイドの視線は思ったよりも近く、けれど甘い雰囲気はどこにもなく――。
さっきまであんなに近くにいたのに、今のロイドは壁一枚隔てたように、どこか余所余所しく遠かった。
「……最初の相手はなぜ耳が赤くなった?」
責めているわけでも怒っているわけでもなく、ただ淡々と問うてくる。
そんなことを言われても、レティシアには分からない。
「魔法帝を前に緊張していたみたいで……」
「レティ」
少し間があり、だから心配なんだと呆れ混じりに息を吐くロイド。
なんと返事をしたら分からず困った顔で視線を逸らすと、ロイドがこちらに体を向けた。
「ロ、ロイド?」
返事はない。無言で距離を詰めてくる。
レティシアが後退しようとする前に、ソファーの背もたれへと肩が押し付けられる。
腕に閉じ込められたと思った次の瞬間、すぐ耳元にロイドが顔を寄せていた。
「――お前は、全然分かっていない」
いつもの声と同じはずなのに、直接鼓膜に落とされた一言に、レティシアの身体がびくりと震える。
「……どうだ? 少しは分かったか」
「へ……」
耳元を押さえ、首筋まで朱に染めたレティシアを目に留め、ロイドが淡々と告げる。
はぁ、と諦観混じりのため息はわざとだろうか。
「そういうことだ」
立ち上がり、そのまま酒を取りに行ってしまう。
そういうことって……!?
耳がどうしようもないほど熱く、レティシアはロイドを見詰めたまま一歩も動けない。
酒を手に戻りざま、ロイドがふっと笑ったように思えた。
机に酒を置くと、また腕の中にレティシアを閉じめる。
こうやって、いつもレティシアを翻弄するのだ。
――でも、たまにはレティシアだってロイドを翻弄したい。
何をするつもりなのか確認する暇も与えず、レティシアはロイドの唇を塞いだ。
驚いたように、ロイドの目が見開かれる。
だが何をするでもなく、何を言うでもなく、ロイドはすっと距離を開け、視線を彷徨わせてから顔を背けてしまう。
動かなくなったロイドを訝しみ、レティシアはその顔をそっと覗き込んだ。
「……ッ」
なぜか耳まで……首筋まで真っ赤だった。
予想外の反応に、レティシアもまたどうしたらいいか分からない。
「……反則だろ」
顔を背けたまま、ポツリと呟いている。
……可愛い。
そんなことを思いながらロイドに凭れるように身を預けると、その傍らには、――ロイドが買ってくれた、クマのぬいぐるみ。
レティシアのお気に入りだった、初めてのぬいぐるみ。
ロイドは少し困った顔で柔らかに微笑みながら、レティシアの頭にひとつ、キスを落とした。
そしてまた影が重なる。
窓の外には、星の瞬く夜空が広がっていた――。
お読みいただきありがとうございました!
このあと閑話を予定してまして、準備ができ次第、随時更新させていただきます。
ブクマは是非そのままで、お待ちいただけますと嬉しいです!
▼お知らせ▼
本作品、書籍化進行中です……!
読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました!(*ᴗ͈ˬᴗ͈)ꕤ*.゜
書影など出ましたら、随時お知らせいたしますね。
連載中の他作品も少しずつ更新していきますので、そちらもぜひご覧ください。
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最後に、
拙い物語を応援してくださった皆さま、
ずっと見守り、待っていてくださった皆さま、
どうしても動けなかった私の背中を押してくださった皆さま………
たくさんの方々に恵まれて、ここまで辿りつけました。
本当に本当にありがとうございました。
心より感謝いたします。
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