42. なにせ、かよわい幼女ですので
討伐隊を率いて出陣したロイドは、僅かに目を細めた。
あまりにも多い。
報告を聞いた時点で、尋常ではないとは思っていたが、実際に目にすると、想定を上回っていた。
この規模で王都を襲うのはこれまでになく、万が一到達すれば、タダでは済まない。
王都の途中に街々もあり、迎撃できるだけの戦力は持ち合わせていなかった。
そして驚くべきは、それが森の近くにある辺境伯領を避け、一心に王都へ向かっていることだった。
「全隊、陣形を保て。前衛は俺に続け」
剣を抜くと、身体の重さに驚いた。
最近ろくに眠れていないどころか、まとも食べれてもいない。
「騎士失格だな……」
思うように身体が動かないロイドをサポートするように、騎士達は懸命に戦ってくれた。
だが、後退を余儀なくされ、隊列が乱れていく。
「南東から、追加の群れが――!」
「クソ……ッ。まだ来るのか!?」
軽く舌打ちしたところで、斥候が駆け込んできた。
振り向いた遠く先には、新たな魔獣の群れがいる。
「おかしい。いくら何でも……こんな組織的に動くなど、今までなかったことだ」
まるで一つの意志を持っているかのように包囲され、対する騎士達の顔から、血の気が引いた。
これでは立て直しができない。
人も足りず、どう動いても、どこかが薄くなってしまう。
自分が先頭に飛び込むべきかと、手に力が入った次の瞬間、ドオンッと地面が揺れた。
轟音とともに爆煙が上がり、南東から押し寄せていた魔獣達が、群れごとまとめて吹き飛んだ。
もわもわ爆煙が上がり、そして次第に晴れていく。
誰もすぐには何が起きたか理解できなかったが、その中心に、小さな影が立っていた。
金の髪。紫の瞳。
天使と見紛うばかりに美しいその幼女は、どこからどう見ても、……三歳児。
その幼女が腰に手を当て、ぶつぶつと文句を言っている。
「せっかく上質な魔石を持ってきたのに、全然足りないではないか。もしかして、あればあっただけ持っていかれる仕組みか? なんという強欲な……格好良く登場するつもりが、結局幼女だなんて……」
《お前なんかまだいいだろうが、吾輩を見てみろ! 威厳など何もない、子猫だぞ!?》
「どっちもどっちだろうが。次はもっと魔石の数を増やしてみるか……? だがあっただけ消費されるとなると……まったく割に合わない話だ」
可愛い子猫を胸に抱き、レティシアはロイドへ目を向けた。
「レティシア!」
「ん、久しぶりだな。なんだこの体たらくは? 三食きちんと食べろと、あれほど自分で言ってただろう?」
自信に満ちた顔でロイドに告げ、「危ないから騎士達を下がらせろ」と指示を出す。
「なぜここに?」
「そんなことも分からんのか? ……守ってやると言っただろう」
今日もまた、約束は継続中――。
宙に浮いた状態でさらりと告げ、レティシアは小さな掌に魔力を集めた。
蒼白い光が、指先から溢れ出す。
光を纏うレティシアがあまりにも美しく微笑むので、ロイドは一瞬言葉を失った。
「……ああ、そうだな。言っていた」
ロイドの呟きに、「そうだろう?」とレティシアが嬉しそうに返している。
「だがロイド、ぼさっとするなよ? お前もちゃんと戦うんだぞ? なにせ私は、かよわい幼女だからな」
「……言われなくても」
ぷは、と小さく吹き出してロイドは剣を構え直す。
騎士達が呆然と見ている中、まるでずっと一緒に闘ってきたかのように、二人の動きはひどく噛み合っていた。
「数は多いが、たいしたこともない。これくらいすぐに迎撃できるよう、各所に人を配置しておけ」
「……レティ、子どもの姿でも普通に話せたのだな」
「ん? ああ、当然じゃないか。私を誰だと思っている?」
騙されおって、愚か者めが!
高らかに笑いながら、幼女レティシアが勢いよく光を放つ。
蒼白い光が弧を描き、五匹まとめて吹き飛んでいった。
「ところで、なぜぬいぐるみを置いていった?」
「お前、ここでその話をするのか? ……まったく、口を慎め。戦闘中だぞ」
「気になって仕方ない。あれはレティにあげたものだ。要らなければ、自分で捨てろ」
……ぬいぐるみ?
近くで小型魔獣を相手にしていた騎士が、ぴくりと反応した。
「別に要らないとは言ってない。あれは可愛い。気に入ってるから、捨てる気はない」
「では、要るんだな。なら持って帰れ」
「……うるさい。前を向いて集中しろ」
勿論集中はしている。今まで以上に身体が動いているのを、ロイド自身が分かっている。
「これが終わったら、取りに来い。屋敷に戻ったら渡す」
「……」
「突然いなくなったレティのことを、みんな心配している。アリエッタも母上も肩を落としているぞ? 一言くらい、挨拶していってやれ」
辺境伯邸の皆は、本当によくしてくれた。
レティシアは何も言わず、魔法を一発余分に撃った。
「突然いなくなられては困る。俺はお前と、ちゃんと話がしたい」
突然現れた謎の幼女と冷血将軍との関係性が気になって、周囲の騎士達は皆、戦いつつも耳をそばだてている。
「レティ、今まで何をしていた? 魔法国では大人の姿に戻れていたのか?」
「ここに来る前までは確かに大人だった」
「そうか、それはさぞ可愛かっただろうな」
「……は?」
宙に浮いていたレティシアは、思わず空中からずるりと足を滑らせかけた。
「聞こえなかったか? 可愛かっただろうなと」
「……何を言ってるんだロイド。大人の姿だぞ? お前が言ってるのは、幼女の時の話だろう。それにこの年頃なら、誰もが可愛い」
「勿論、俺は大人の時の話をしている」
大型の魔獣が突っ込んでくる。ロイドは表情を変えずに一撃で仕留め、続けた。
「どんな姿をしていても可愛いが」
「……ッ!?」
「せっかくなら大人の姿でも、もう一度会いたかった」
「な、……何を言っているんだ急に。だから集中しろとなんども……ッ」
「急ではない。ずっと思っていた。会ったらどうしても伝えたかった」
《お前ら、一応戦場だぞ》
子猫のヴェリアルが呆れたように念話を飛ばす。
「……俺たちは今、何を聞かされている」
「分からん。将軍様が真顔で幼女を口説いている」
「何も聞こえなかったことにしたいが、でも気になるな……」
思い思いに剣を振るい、だが二人の関係性が気になって仕方ない。
現場の混乱など知る由もなく、レティシアは大きく息を吸って、手のひらに魔力を収束させた。
高濃度の魔力の珠が、彼女の掌で次第に大きくなっていく。
やがてそれが魔獣の中に落ちる前に、数匹がくるりと向きを変えた。
続けて他の魔獣もまた、それに続いて逃げていく。
「……終わったな」
掌の魔力を散らし、遠ざかる魔獣達を見送った。
「レティ」
やつれた顔で、ロイドが近付いてくる。
ありがとう、と呟くなり、レティシアに向かって両手を広げる。
水盤で見た時とは別人のように、顔には生気が戻り、立ち姿に揺らぎがなかった。
宙に浮いていたレティシアがふわりと降下する。
誘うようにロイドの腕が伸び、小さな体を受け止めた。




