20. わたしがおまえをまもってやろう
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
やっと短編に追いつきました……。
なお、短編版はオリジナルストーリーの【番外編】がラストにございます。
【ロイドとの旅行直前】大人に戻ったレティシアは、どうしてもあることが気になり……?
もしもの世界線ですが、こちらもぜひ、併せてお楽しみください。
【短編版】https://ncode.syosetu.com/n7043mc/
夜も更けた頃、ロイドは自室でワイバーン討伐のことを思い返していた。
へたり込んだ王太子シリウスの前に、すっと歩み出たレティシア。
魔獣を見て、怯えもしないとは……?
『魔法帝が着々と領土を広げている以上、いつ侵略されるか分からない』
魔法師が血相を変えて進言したのは、半年ほど前のことだった。
魔法国には精鋭の魔法師団があると聞く。
国の防衛を担う、一騎当千のエキスパート集団だ。
さらにその上に魔法帝が君臨するとなれば、対抗できる力を欲するのは、自然の摂理である。
ならば伝説の聖獣ヴェリアルを召喚し、我らも魔法により守護していただこう。
宝物庫にある埃を被った魔法書で、実在するかも分からない聖獣を呼び出したいと、魔法師はそう告げたのだ。
そして現れたのが、推定三歳の美幼女レティシアだった。
召喚の瞬間、部屋を埋め尽くすほどの眩い輝きに、その場の全員が言葉を失った。
間違いなくヴェリアル召喚に成功した、と確信したというのに。
「魔力測定でも、討伐戦でも光を目にした。……同じ色だ」
魔力があっても、長年厳しい訓練を積まなければ魔法は使えないと聞いている。
普通に考えれば、三歳児に使えるわけがない。
だが喉の奥に魚の小骨が引っかかったような、嫌な感覚が残るのだ。
「レティ、眠る前に少しいいか?」
就寝前はいつも絵本を読むのだが、その夜は珍しく難しい顔をして、棚から一冊の本を取り出した。
「ワイバーン討伐の時、ヴェリアル様の御業と聞いたが……まるでお前が魔法を使っているかのようだった」
開いたページには、魔法帝の絵姿があった。
いつも深くフードを被っているため、実際に顔を見た者はいないのだが、漏れ聞く情報をつなぎ合わせて完成させた貴重な一枚絵である。
「世に出回っていないが、これが魔法帝の絵姿だ」
「まほうてい?」
ロイドの手元をレティシアが覗き込む。
気になるのか、部屋の隅で目を瞑っていたヴェリアルが、興味深げにちょこちょこと歩み寄ってきた。
角が生え、口は裂け、ガン開きの目が恐ろしいほどに血走っている。
周囲では魔獣が逃げ惑い、泣き叫ぶ者、食われる者、血まみれで倒れる者……まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
「……なにこれ」
「魔法帝に攻撃された魔獣が逃げ出し、周辺国に押し寄せた時のものらしい。絵でしか見たことはないが、凄まじいだろう?」
トルティア王国が把握している、唯一の絵姿である。
本当に人間なのかと疑いたくなるほどの外見だが、一目で魔法帝と分かるほど、恐ろしいのだと聞いている。
ひとしきり絵姿を眺めた後、レティシアは不満げに、ぷくりと頬を膨らませた。
次いで歩み寄ったヴェリアルもまた、絵姿を目に留め……余程恐ろしかったのだろうか。
怯え俯き、堪えるようにして、がくがくと震えている。
「王宮で測った時の、お前の魔力量は相当なものだった。訓練すれば魔法帝のようになれるかもしれないな」
「こんなこわいかおに? ……むりだとおもう」
「はは、別に顔の話じゃない。そう拗ねるな」
口をとがらせ、レティシアはぷいっと横を向く。
拗ねた表情を浮かべるレティシアを優しく抱きしめ、ロイドは寝かしつけるようにその背をポンポンと叩いた。
「今日は怖い思いをさせて、すまなかった」
静かな声で、ロイドは続ける。
「それに……戦う姿を見せるつもりはなかった。怖かっただろう」
「れいけつしょうぐんって、きいた」
「ああ、それか。凄いことをしたように聞こえるが、そう大層なことはしていない」
辺境に魔獣が大量に押し寄せた夜のことを、ロイドは話した。
三日三晩、剣を振り続けた。騎士達が次々と負傷していったが、気に掛ける余裕はなかった。
ただひたすら、領民を守るために戦い続けた。
冷血将軍と呼ばれるようになったのは、それからだ。
「ぜんぜんこわくない」
「そうか?」
「かっこよかった」
食い気味に答えるレティシアに戸惑い、困ったようにロイドが微笑む。
「だがお前を護れなかったことには変わりない。ヴェリアル様が来てくださらなかったら、危ないところだった」
そのままロイドは、黙り込む。
護りたいものは幾つもあり、だからこそ優先順位が必要だった。
珍しく頼りなげな顔で眉根を寄せると、レティシアがこつん、とおでこをつけてくる。
「ろいどは、しょうぐんなのだろう?」
三歳児とはとても思えない強い眼差しで、ロイドの目をまっすぐに覗き込む。
「こくおうへいかを、いちばんにまもるのは、あたりまえ」
一瞬、何を言われたのか理解ができなかった。
自分の命が天秤にかかった時、そのことを理解できる者はそういない。
そしてそれを受け入れることがどれほど難しいことなのか、ロイドは痛いほどよく分かっている。
誰だって自分を一番に護って欲しいと願うからだ。
だがレティシアは曇りのない眼で、言葉を紡いだ。
「――わたしは、さいごでいい」
覗き込む瞳は澄み切っていて、その言葉は、ロイドの中にある汚い物をすべて洗い流してくれるようだった。
ロイドは堪えるように歯を食い縛り、ぎゅっとレティシアを抱きしめる。
「お前は、凄いな」
こんなに幼いのに、誰よりも貴族の務めを理解している。
体の傷といい……想像もできないほど、辛い思いをしてきたのかもしれない。
きっと、そうせざるを得ない環境にいたのだろう。
心臓を鷲掴みにされたように苦しくなり、それ以上、言葉が出なくなってしまう。
「あんずるな」
そんなロイドを一笑に付し、レティシアが告げる。
大したことではないとでも、言いたげに。
「いざというときは、わたしがおまえをまもってやろう」
トルティア王国が誇る将軍を前に、大口を叩く三歳児。
ぷっと、ロイドが吹き出した。
震えるような笑いは次第に大きくなり、やがて声になって零れ落ちていく。
夜が更け、腕の中ですやすやと眠りにつくレティシアの頭を撫でながら、ロイドはその腕にある傷跡に、じっと目を落とした。
きっかけは何であれ、得難い娘を賜った。
「誰よりも幸せにする。――絶対だ」
囁くように、密やかに。
ロイドは静かに声を落とし、そして眠りについたのだが――。
おかしい。
身体が……動かない。
これまでに一度も感じたことのない異様な熱さに耐えかねて、レティシアは夜中に目を覚ました。




