#40
「気をつけな」
男の声と共に腕を掴まれた少女は、驚くと同時にその違和感に気がついた。
「なっ…?!」
少女は掴まれた腕の先。警察官の手の先にガラス製の細い針が部屋の明かりに反射したのが見えた。
そこで彼女は今まで生きてきた人生の中で、それが何なのかすぐに理解できた。
「毒針…!!」
「チッ」
軽く舌打ちをしながらその警官は持っていたデバイスから魔法を展開したが、その前に赤い線が警官を横切りにしようとした。
「っ!!」
「おぉ、マジかよ」
そして飛び出てきたその男は二人の警官に向かって左手に抜いたマシンピストルの引き金を弾くと二人の警官に向かって無数の銃弾が飛んで行った。
ダダダダダッ‼︎
飛んで行った拳銃弾は二人の警官に当たるが、そこでエネルギーを持った拳銃弾は空中で何かに当たって止まってしまった。
「俺の知らないタイプの防壁魔法か…」
「クッ…!」
男がそう口にしたその瞬間、二人の警官の一人が手榴弾のピンを引いてこちらに投げてきた。
「あらまぁ…」
しかし手榴弾を投げられた男は非常に落ち着いた様子でマシンピストルの引き金を弾くと投げた手榴弾に命中し、狭い部屋の中で手榴弾が暴発してしまった。
「きゃっ!?」
その閃光に目をやられた少女は咄嗟に目を瞑ると、大きな爆発音と共に部屋の壁が吹き飛び、少女は目を開けるとそこで彼女は自分の周りだが何もなかったように無事で、一瞬の間に起こった事に唖然となっていた。
「何事だ?!」
「なんだ今の爆発音は!!」
そして爆発を聞きつけた警察官達が無事な少女と壁が吹き飛んだ部屋を見て双方唖然となっていた。
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翌日、車で通学するレオポルトは今日はアニの出迎えのために女子寮のあるロータリーに来ていた。
寮から毎日バスやモノレールが出ているが、一部の生徒は自分の車やバイクで通学している。レオポルトも自分の車を使って通学している人の一人だった。
そしてロータリーで待っていると車の窓をノックされ、そこでは制服姿のアニが立っており。レオポルトはドアのロックを外した。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
車に彼女が乗り込むと、レオポルトはアクセルを踏んでロータリーを後にする。
「昨日はどうでしたか?」
「?」
「ほら、例の実験のですよ」
「ああ…特に大きな問題もなかったな」
例の魔導核融合炉の状況を聞いてくるアニにレオポルトはあの時の状況を思い返しながら答えた。
「てか、そっちは実験とかしないのか?」
そう問いかけると、アニは首を軽く横に振った。
「いえ、ウチはあまり実験は行わないんです」
「ほー、古代魔法なんか実験してナンボじゃないのか?」
魔法史学ゼミは古代魔法の発掘と調査を主とする部活動であり、古代魔法はこの国においては進んで研究化されている魔法だ。いくら学生で見られる資料が少ないとはいえ、古代魔法の復元に実践は必要不可欠だった。
「ええ、確かにたまに古代魔法は実験で行ったりしますが。所詮は復元ですから」
「…あぁ、そう言う事ね」
確かに古代魔法は軍事面でも私生活においても必要とされる技術ではあるが、所詮は過去の遺物の復元に過ぎない。と言うより、古代魔法の研究が盛んになり始めたのが此処三十年かそこらだ。
元々古代魔法に再注目がされたのが、今から数十年前に旧大陸の中東同盟と呼ばれる砂漠地帯を中心に生活する人々が建国した巨大国家で起こった立憲革命と、それに続く小地域の独立の混乱における内乱で合州国も戦艦や軍を派遣した。
俗にいう『中東騒乱』や『中東の春』と呼ばれる一連の騒動における戦乱の中、とある中東同盟の反乱軍の戦車二個師団が当時派遣されていたアンサルド連合公国軍陣地に攻撃を仕掛けたが、その際に彼の部隊は古代魔法を使用した魔導砲撃でその戦車二個師団を全滅に追いやった。
その際に使用された砲弾の数は僅か四二発。同時期にアルメリア陸軍が通常の現代魔法を使用した似たような魔導砲撃で約二五〇〇発を使用したのに対し、圧倒的に少なかった。
一発一発の威力が高く、その衝撃波はアルメリア陣地でも観測されており。この戦い以降、古代魔法の復元や遺跡の発掘作業が各地で急がれるようになったのだ。ただその反面、古代魔法を使用した犯罪により、警察の持つ捜査能力では犯人の追跡が非常に困難になってしまったことだ。
すでに冒険者やギルドと言った魔獣に対応するための組織もとうの昔に消滅しており、かつて魔獣と称された魔力に犯された野蛮な獣達は真っ先に銃火器や魔法で瞬殺され、魔獣が家畜化されると言う時代だ。
「予算は出ますが、実戦となると否応に軍に関連してしまうので…おまけに今の部長は純粋な歴史家で、古代魔法の軍事利用にいい顔して居ませんから」
「Oh、そりゃ可哀想に」
古代魔法の復元にはそれらを記した魔導書や遺跡に残された壁画などに古代魔法の魔法陣が仕込まれている事が多い。実際、かつて自分もその発掘現場に赴いた事があるから分かるが、魔法陣の形状は現代魔法と実を言うとあまり変わらないのだ。
ただ、若干魔法発動のプロセスに相違点があるが。それがどのような効果があるかはまだ研究の途中だった。
「魔法史学ゼミも一筋縄ではいかないか…」
「元々色々とゼミの内部でも派閥に分かれて居そうで…でも元々が歴史好きな人が多いので、古代魔法に関する遺跡調査関連に関しては共通した意見があるのが幸いです」
「なるほどな」
古代魔法に関しては現在、さまざまな憶測が飛び交っているが。数年前に発表されたとある研究は古代魔法を使った犯罪に頭を抱えた警察組織に一筋の光を差し込ませた。
「だから、レオくんのお父さんのお話もよく聞きますよ?」
「はぁ…頭が痛い話だよ」
その論文というのが、古代魔法は地面の下に眠る目に見えないエネルギーの流れ。俗にいう地脈、若しくは乾河と呼ばれるエネルギーを用いて発動しており。特定の訓練をされ、同時に地脈と接触して感応的に情報を得る事で古代魔法の使用者を特定できると言うもの。
発表当時としては画期的なものであり、警察の捜査能力拡大に大きく貢献したものとして今では高い評価を受けていた。
そしてその論文を書いたのはカール・ウリヤノフと言う一人の研究者だ…そう、俺の親父だ。
「正直、最近親父にあまりいい印象がねぇんだよな」
「いやいや、古代魔法を専門的に勉強してたら絶対出てくる名前だよ?」
アニがやや呆れも混ざったような表情でレオポルトを見ると、彼自身はこの学校に入ってから知った父の過去の悪行の数々を知ってからはどうにも父親に関して色々と疑い深くなってしまうのだ。
「すごい有名人なんだからさ」
アニは高評価…自分も尊敬して居ないわけじゃないが、思わず電話口で怒鳴りたくなってしまう悪行に目を瞑らなくてはならないのが何とも言えない。
「…あれ?」
「どうかしました?」
「ああいや…」
何だか、親父を思い出すと大事な事を忘れているような気がしたが、レオポルトはそんな大層な事じゃないだろうと頭の片隅に追いやって信号待ちをしていた。
そして授業がいつも通り始まり、数学の授業がある。
一年生のうちに高校課程の授業を終わらせるカリキュラムの超ハードスケジュールの我が魔学院。
学院と名が付くだけあって元々この学校は新大陸に移民を行った人々が新たに立ち上げた宗教団体によって作られていたが、今ではその宗教団体も見る影もなく、ただ名前だけ残っていた。
「では、今回の授業は此処までとする」
壇上に立った教師がそう言うと、今まで画面と睨めっこしながらノートを取っていた生徒達は背を伸ばしたりして授業の終わりという開放感を感じながら机に突っ伏す者もいた。
「今日の授業も相変わらずですね」
「ああ、全くだ。でもまぁ、あと数ヶ月の辛抱さ」
アニにそう答えながらレオポルトは自作のパソコンの埋め込まれている黒い革製アタッシュケースでキーボードを叩いていた。
するとレオポルトの携帯が鳴り、通話先を見るとそれはカムチャルだった。
「はいもしもし?」
何だろうと電話に出ると、開口一番カムチャルは恨めしそうに一言。
『お前…やったな?』
「はて?」
飄々とした様子で答えると、カムチャルは呆れた口調でレオポルトに言う。
『昨晩の警察署の爆発、襲撃犯二人は警官に変装していたが暗殺に失敗して手榴弾を投げた。
……俺はあそこまで部屋の防犯カメラの映像を改ざんできる古代魔法を使える男をお前以外に知らんぞ?』
「…はぁ、なるほどね」
やはり経験者には敵わないかと感じていると、カムチャルは『はぁ』と一回ため息をついた後に電話で言った。
『すまん、恩に着る』
「まぁアイツに依頼したら余計大惨事になりそうだから良いけど…今後も頼むよ」
事実上の容疑を認めた形ではあるが、おそらくカムチャル以外には気付かれていないのだろう。隠蔽をする必要も無かったのだろうなと予測できた。
『はいはい、オメェさんらには振り回されてばかりだよ』
「ありがと。今後何か奢るよ」
『バァカ、ガキに奢られるほど落ちぶれてねぇよ』
そう言うとカムチャルは電話を切った。
こう言う人を簡単に信頼するというか、民間人に惜しみなく頭の下げられる部分があの人の強い部分だよなと感じながらレオポルトも黙認ではあるが、エリカへの護衛の許可が出た事に少し安堵していた。
実を言うと、誰にも話していないのだが。彼女の記憶を見た時に少々気になる記憶があったのだ。
ただそれを人に言うと、割とやばい事になりそうなのだが。それ以上にこの事を言っても嘘と思われるか、確認が行われた後にほぼ確実に強制送還になるだろう事案だったからだ。
ぶっちゃけ、カムチャルには護衛にはうってつけとも言える人…人と言って良いのかわからんが、そう言うのがいるが。ある欠点を抱えているが故に呼び出そうにも呼べなかった。
「何かいい事でもありましたか?途中でとんでもない言い方もされてましたが…」
「ん?ああ、ちょっとだけな」
アニの問いかけにレオポルトは少し嬉しげに軽く口角が上がりながら答えていた。




