#34
五月十日
リイノイ州
レオポルトの実家にて、彼の妹であるドーラ・ウリヤノフは現在中学校三年生。間も無く受験期を迎えるので受験勉強を始めていた。
日課の銃の整備も怠らず、かと言って勉学を厳かにしていると即座に落ちる。国内最難関の国立と言うのはそう言う場所だ。
前世が魔王という強烈な経歴を持っている私はそのことを家族にも言った事が無い。唯一知っているのは一つ年上の兄、レオポルトだけだった。彼もまた、前世は憎き仇敵の勇者を務めていた男だ。
ドーラは自分の愛銃でもある銃身をやや切り詰めた散弾銃の整備をする。リボルバー散弾銃という特徴的な見た目のこの銃は兄が学園都市に向かう時に銃を購入していたのを見てその後に購入してもらった自分用の銃だ。
正規品より銃身を少し切り詰め、OTs-62とのちょうど中間くらいのソードオフ散弾銃であった。これを買った理由はリボルバーだから整備が簡単だろうと言う安直なものだった。
五発装填の12ゲージ散弾はムーンクリップを3Dプリンターで印刷して纏めている。今の時代、こういう3Dプリンターで銃すら作れるというのだから恐ろしいと言うべきか…素晴らしいというべきか。
「昔は登場したばかりの最新兵器であったが…」
昔と言っても四五〇年以上前の話であり、エルフやドワーフですら寿命の限界を迎えてもう当時の事を知る人間はいないほど昔の話だ。
自らを創造主と名乗ったあの怪しい女神に望んだ幸せを掴めるかもしれないと言う眉唾物の話に無理やり乗せられた、実に腹立たしい話ではあったが。今ではそれが良かったと思えるほど充実した生活を送れている。
今の私たちに嘗ての勇者と魔法の能力は存在しない。その時の技は覚えているが、これに関してはもう何ともならなかった。転生する際に勇者の能力と魔王の能力は消えてしまっていた。無理もない、私たちは勇者の血も魔王の血も引かないしがない一般庶民になったのだから。
五歳の誕生日に記憶が蘇って、熱を出した後に兄に正体を言い当てられ、なおかつ兄の正体も知った時は心底驚いた者だったが。それまでの経験が生きていたのが幸いしていた。
「嘗て、勇者と魔王による大陸戦争はその終結を相次いによる勝敗は有耶無耶なものとなった…」
思い出すのは二百年戦争末期。嘗ての居城、ヘルムート城に直接乗り込んできたシャターンたちの強襲には驚いたものだ。
魔王とは、皇帝の血族に引き継がれる能力であり。その能力は魔力を飛躍的に向上させ、圧倒的力を見せつける事にある。主な魔法は古代魔法の中でも闇系統の魔法であり、勇者の光系統魔法の強化とは対をなす能力だ。
私はそんな中で、十歳の時に次期魔王として祭り上げられた。それが恐ろしく陰鬱で嫌いだった。当時は打倒アルビレオ、打倒人間と言った空気が貴族にも蔓延しており、それ故に無駄に戦力をすり減らす事をしていた。それがアホらしいと思っていた。兵士の命や戦争にかかる金はタダでは無いのだと密かに愚痴をこぼした事もあった。
当時の帝国や王国までもが、俗に言うコンコルド効果とも言うべき負のスパイラルを辿っており、毎年のように増税の嵐だった。まあ、私が死んだ直後に帝国が崩壊を起こしたと知った時は『当たり前だろうな』と吐き捨てただけで終わったものだ。
魔王となる為の帝王学も思想をぶつけるだけの授業であり、魔法の授業しか楽しみが無かった。
その時の魔法を教えていた教師が、私にとってみれば人生観が変わった程の影響を与えていた。そして数多くの戦場で私は前世の兄であるシャターンと多く対峙してきていた。そして何度も死にかけた健闘を繰り広げて来ていた。
今世の私はエルフ、ドワーフの血を注いでいる父よりの顔だ。銀髪に天藍色の瞳、そして尖った耳。
兄とは違い、身体的な特徴が表に出ている人間だ。だが、兄もまた吸血鬼と魔族の血を引く母よりの見た目をしているが故に犬歯も一般人より長いし、夜の方が強い。ただ、ドワーフみたいに手先は器用で私はそんな兄の腕を見て舌を巻いていたのを覚えている。
「ふぅ…」
そして私や兄が前世から大きく変わったところと言えば私の魔力の才が満足に扱えなくなった事だろう。元々古代魔法と言われている私たちの時代の常識だった魔法は体質によって大きく変わる。その為、兄の方がそう言う魔法の際はあった。だからこそ、帝国の闇系統の魔法を教える代わりに兄は王国流の剣術を私に施した。
王国の剣術は特定の動作を踏みながら剣に魔力を流すことで予兆無しにいきなり古代魔法を発動できる敵からすると非常に厄介な代物だ。代わりに魔力消費効率が悪いと言う欠点があるが、戦闘中に不意打ちで魔法が発動できる強みがあった。
今の私の持つ魔力保有量的に言うと、古代魔法の中級くらいでも一発打てば魔力切れになってしまうだろう。王国流魔法剣術なんか放ったら一発で轟沈だ。戦闘中の魔力切れは自殺行為にも等しい、これは古文書にも書かれている。
「魔法を無駄使いはできないとはなんと歯痒いか…」
魔法を満足に使えないのは前世で散々魔法を駆使して勇者を追い詰めていた身としては使える技はあるものの、その手順が無いというなんとも惨めにも見えてくるような状態だ。
「(だが、今の時代は好きだ。それは言えるな)」
少なくとも嫌いになるとは思えない。何せ、これほど静かな生活。争いもなく、意味の無い思想を押し付けられる事も無い。本当に良い時代だと心から思う。
「おまけに新しい武器も入ったし…」
そう呟き、ドーラは部屋に立てかけている大きな銃を見た。
それは半年前の反政府組織をボコボコにした時についでと言わんばかりに奪った半自動グレネードランチャーのLG5の整備を終わらせたばかりだ。証拠?元々反政府組織の持っていた武器を鹵獲して何が悪い。バレなきゃ犯罪じゃ無いんだ。
家族にはバイトして溜めた小遣いで買ったと言うふうにしている。登録も済ませているので、合法的に所持をしていた。父さん達はでっかいのを買うなと怒られたが、私の言った事を信じてくれていた。もうちょっと疑おうよと言いたくなってしまうほどだった。
「でもやっぱサブは欲しいな…」
今ある武器は散弾銃、擲弾銃の二つだが、ぶっちゃけどっちもデカい。片方散弾銃に片方擲弾投射狙撃銃という異色の武器だ。サブアームとして拳銃が欲しいところだ。
しかし面白いのはこの体はやけに体力があり、ドワーフの遺伝子が混ざっているのが窺い知れた。おかげでこんなクソ重そうな武器を簡単に持ち運びができるのだ。
「もっとバイト頑張ろうかな…」
しかし、今は勉強をもっと励むべきだと思っていた。少しの気の緩みが不合格につながると思うと気を引き締めなおしていた。
====
その頃、レオポルト達は大慌てだった。理由は言わずもがな数日前に血を流して見つかったあの獣人の子供の事だった。一番初めに見つけた四人は地獄のような忙しさを感じていた。主な内容は聴取だった。
「お前も大概問題ごとを引き寄せるな」
「ひどいこと言うね。小父さん」
駆けつけた警察が聴取を渡す為にFSSの刑事としてカムチャルが派遣されていた。意外とこの人、国の端から端にこんな飛ばされているんだから出世していないのでは?
「まぁ、今は入国管理局にあの若造の問い合わせ中だ」
「え?国民じゃないの?」
「いや、何せ所持品が何も無い上にあの身なりだ。貧困層か、不法移民の可能性の方が高い」
そう言われ、改めてレオポルトは見つけた時の身なりを思い出すと、確かに貧相な身なりをしていたのを思い出す。
「獣人の子供でしたね」
「ああ、お前にも混ざっている血だ」
「まあ、俺は吸血鬼の血が濃い気がするけど」
「はっ、爺さんの隔世遺伝ってか?」
元々純血を貫いているのは旧大陸にいるアンサルドやゲルマンの一部の貴族だけだ。
「ははっ、そうかも知れないな」
「だが、俺から言わせてもらうとお前はかなり魔族の血が強い気もするがな」
でも代替血液として一般的な牛乳を飲むと快感を覚える時点で吸血鬼の血も混ざっているのだろうと思いたくなる。
前世では討伐対象で、その心臓に銀の杭を打ち込んだ事の多かった吸血鬼。確実に滅ぼす為には心臓に銀の杭を打ち込むか日の元に晒す事が求められた。
「実際、お前魔法は得意だしな」
「まあ、吸血鬼と魔族の血が強く出ているしね」
事実、彼は吸血鬼のように犬歯がやや長く、目も赤い。血を飲んだらその時はどうなるだろうか。
「お前、血は飲まないのか?」
「今の所は牛乳で十分だから要らないな」
と言うより、血を飲んだら麻薬をやった時みたいな快感が走って脳が焼き付く気がする。だって牛乳飲んだだけであのレベルなんだ血なんて飲んだ暁にはどうなるかわかったものではない。
「さて、話は戻るが。あの少女が目覚めん限り、俺たちは動けん」
「見つけたときは心底驚いたけど…」
そしてカムチャルは聴取を読みながらレオポルトと話す。父の友人の彼は学校では大暴れしていた父に苦渋を舐めさせられた側の人間だった事にもはや呆れていた。
「少女は軽度の外傷、並びに若干の魔法による体内の損傷を確認済みだ」
「教えてくれるんですね」
「お前は頭が良い。何かと不幸を呼び寄せる厄介兄妹だったら、事件に巻き込まれるだろう?」
『おかげで俺は出世できるが』と付け加えてカムチャルは笑う。癪に障るが、特別報酬の一部をもらっているとなると強く言えないのだ。
「まぁ、最近の研究はどうだ?」
「小父さん、それは口外無用ですよ」
「おお、すまんすまん。そうだったな」
カムチャルはそう返すと、レオポルトは言う。
「まあ、いずれにしてもその少女が助かったのなら良いですね」
「おう、それはお前達の功績だな」
「いえ、俺の友人の観察眼のおかげですよ」
「まあ似たようなもんさ。後は俺の仕事だ」
そう言うとカムチャルは席を立って会計を始める。
「後は自由にしていてくれ」
「はい」
そこでレオポルトはカムチャルを見送理り、そのまま家に戻って行った。




