#29
その場所は、周囲が影よりも暗い漆黒で埋まる空間だった。
音楽室ほどの大きさの空間では金切音が聞こえていた。
キンッ!キンッ!
金属の当たる甲高い音が聞こえ、その音の先ではレオポルトとドーラがそれぞれ片手剣を持って鍔迫り合いをしていた。
「よし、ここまでだな」
レオポルトが言うと、彼はやや疲れた様子で剣を置いた。すると、それを見ていたドーラがやや呆れるように彼を見て言う。
「ずいぶん体力が無いわね」
「五月蝿え!こっちはこの体になって体力が減ってんだよ」
そう言い、彼は持っていた剣を床に置いていた。
ここはレオポルトとドーラの練習場であった。古代魔法を駆使して作る、異空間にある秘密の練習場だった
前世の知識を活かし、元勇者と元魔王はそれぞれの得手であった武術と魔法をそれぞれ教え合っていた。
そして今日は、レオポルトがドーラに剣技を教える日であった。
「ひぃぃ…!!こうも体が鈍るとはな」
異空間の動きであっても、体力などは現実世界に引っ張られていた。その影響で前世ほど満足にレオポルトは体が動かなかった。
すると、その横でドーラが軽く腰をかけて言う。
「まぁ、私もこの体になって前世より力は弱まった」
「…エルフの血が入っているのにか?」
「それは身体的な特徴だけ。少なくとも中身は体力旺盛な小娘だ」
ドーラはそう答えると、その異空間に浮かぶ無数の紙束の一つを手に取る。
「この本を売るだけでどのくらいの値打ちになるだろうか…」
「五年は遊んで暮らせるくらいもらえるかもな」
地面に祟り込んでレオポルトは答える。今の彼の体力は勇者の大剣などと言う馬鹿重い大剣をブンブン戦場で振り回す体力は夢のまた夢といった具合だ。その代わり、魔法に関しては怖いもの無しというほど完璧に近い器を有していた。
「しかし、さすがは魔人と吸血鬼の特徴がよく出ている兄だ。少なくとも私の知る古代魔法は全て覚えたんだ」
「それを言うならドワーフと人の特徴がよく出ている妹だよ。少なくとも俺の持っていた技術を全て盗んだ」
まるでそれぞれの欠点を補うかの如く、二人の仲間と器は相反するものだった。
片や武術を失った代わりに魔法の才能を見出し。もう片や魔法の才能を失った代わりに武術の才能を見出していた。
「リヴァイアンの古代魔法はほぼ受け継いだようなもんか…」
「ええ、私はアルビレオの武術を手に入れたわけだ」
練習用の片手剣を片付けて二人は話す。
「俺は元々魔法の才能はなかったかから、アルビレオの古代魔法は見たことがなかったな」
「私も剣技の才能がなかったから、リヴァイアンの剣技は見たことがない」
ここにおける剣技というのは刻印の施され、いわゆる魔剣による魔法を使用しながらの武術の事であった。
「いずれは見れる日が来るのかな?」
「さあ?少なくとも私はこのまま平穏な生活を過ごしたいね」
彼女はそう言いながらレオポルトを見た。その顔を見てレオポルトは聞き返す。
「何だよ」
「いや、お兄ちゃんはしょっちゅう揉め事を引き寄せるから」
「それはお前もだろうが」
そう言うと二人は少し笑った。互いに心当たりがあるからこそ、何も言い返せなかったのだ。
二人は古代魔法でいつでも会うことができ、記憶が戻ってからはこうして二人で稽古をやっていた。
「じゃあな。今日のところはこれくらいでいいだろう」
「そうだね。そろそろ学校だし…あっ!」
そこでドーラは思い出したようにレオポルトを見て言う。
「たまには帰ってきてね。『帰ってこないのは楽しんでる証拠』って言ってたけど。少し寂しそうにして居たから」
「そうか…今度の夏休みに帰ると言っておいてくれ」
「ん、分かった」
そう答えると、彼女はそのまま異空間を出て行く。
そして一人異空間に残ったレオポルトはドーラが帰って行ったのを確認すると、指を軽く鳴らした。
するとその瞬間、異空間は消え去り。いつもの寮部屋に景色が変わった。
時刻を見ると、通学をするのにちょうど良い時間だった。
「さて、学校に行きますかね」
古代魔法の練習も兼ねて異空間に秘密の訓練場を創り出したレオポルトは軽く汗を流すとそのまま制服に着替えていた。
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「おはよう」
「あっ、おはようございます」
教室に向かう途中、ロッカールームから出たレオポルトは廊下でアニと出会した。
「今日はどんな予定でしたっけ?」
「午前中は魔法工学、数学、物理、言語学で。午後は歴史と体育だな」
二人は教室に向かう間。いつもの会話をしていると、レオポルトは彼女に聞いた。
「そう言えば、君の家族はあの後どうなんだい?」
彼女と彼女の家族、そして彼女の父親が所有していた会社は反政府組織に乗っ取られており。彼女も奴隷として反政府組織に脅されて居たのだ。あの事件から半年、今では上手くやって行けているのか気になっていた。
「あ、元気ですよ。もう前と同じくらい会社も建て直りましたし」
「半年で?すごい腕だな」
「まぁ、あの事件で色々と有名になりましたからね。良くも悪くも会社に多くの融資が来たみたいです」
彼女は複雑な感情を抱きながら教えてくれた。
家族と会社が無事に帰ってきたからだろう。彼女の顔色も前よりずっと良く、何かに追われている様子を見受けられなかった。
「この前も連絡してきて、ちょっと鬱陶しいくらいです」
「良いじゃないか。それくらい親に好かれてるってことだ」
少なくとも、彼女に少しお高い散弾銃を買い与えられることが出来る時点で十分儲かっているのだろうと予測できる。
レオポルトとアニはそんな話をしながら教室に行くエスカレーターに乗ると、彼女が聞いてくる。
「そう言えば気になったんですけど、レオくんってどうしてそんなに古代魔法に詳しいんですか?」
「ん?」
「ほら、前にも精霊眼の事とか教えてくれたじゃないですか。ゼミでもついこの前教えて貰ったばかりだったんですよ」
そんな彼女の問いに納得した後で、レオポルトは答える。
「親父が古代魔法の研究をしていて…その付き添いで俺や妹は良く親父の手伝いに行って居たんだ。その過程で親父から古代魔法の技術や論文を読ませて貰った」
「え?それってもしかして…」
「ああ、一部最先端の研究も混ざっている」
「っ!!」
アニは一瞬声を上げて驚きそうになったが、グッと堪えた。
古代魔法の復活の最先端…それは即ち、国家機密に関わる情報だ。少なくとも、この学園レベルでも公表される事は無い情報だ。
「そこで俺と妹は親父の伝手で色々とそう言う人達と仲が良いのさ」
「…本当でしょうね」
「まぁ、あまり他の人には言うなよ?」
「当たり前です。言ったら私が捕まっちゃいますよ」
アニはやや呆れた表情で答える。無理もない、泥沼に足を突っ込んだようなものだしな。
「まっ、俺が古代魔法に詳しいのはそう言う事だな」
ましてや自分が過去の時代の転移者だからだなんて口が裂けても言えない情報は言わなかった。と言うか、古代魔法が廃れた理由も分かっているが故に、この情報を流すことなんて出来なかった。
「でもすごいですね。そんな古代魔法に関して知れる機会があるなんて」
「たまたまだよ」
そう話すと、二人は教室に到着する。百人は入る大教室にはすでに何人かの生徒が座っており、レオポルト達も教科書代わりのノートパソコンを持ち込んでいた。
やはり工学系の学校なだけあってか自作のパソコンを持ち込んでいる者も多くいた。
「やっぱり自作を持ち込んでいる人多いですね」
「そりゃ、面白半分で持ち込んでいるんだろうな」
そう言い、工具箱の中身を改造した自作パソコンを見ていると横でアニが聞いてきた。
「レオくんのパソコンも持ち込んだらどうなの?ほら、あの黒い革鞄の…」
「あぁ、あのパソコンね。良いかもしれないけどまだ未完成なんだ…
って、なんで俺のパソコン知ってんの?」
少なくともアニには見せて居ないはずだがと思っていると、彼女もハッとなった様子で口元に手を当てていた。
「あっ…」
そしてその反応を見てレオポルトは察した。
「なるほど、前にウチに入ったのは君だったのね」
「ご、ごめんなさい」
申し訳なさそうに顔を下げる。まぁ、もう解決した事件ではある。今更干し返しても意味はないと分かっているが、彼女にこれだけは聞きたかった。
「パソコンの中身は見たのか?」
彼の問いに兄は首を傾げながら答えた。
「え?いや、見て居ないわ」
「…そうか」
それが嘘ではないと分かった彼はそのまま席に付きながら言う。
「だったら良い」
「え?」
「中身を見て居ないなら、特に気にする事はない」
「そ、そうですか…」
その気にして居ない様子からアニはやや辿々しくなりつつも席に座った。そして授業が始まり、教室に教師が入ってきた。
「ではこれより授業を始める。今日はデバイスの構造についての解説だ」
そして教師はスクリーンに映像を映して授業を始めた。
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同時刻
コルンビア特別区 ペンシルブニヤ通り935番
ハーヴァービルディング
連邦保安局、通称FSSの本部であるこの場所にて一人の警部がデスクに座って事件の情報収集を行なっていた。
「はぁ、ここも大した情報は無かったか…」
軽くため息を付きながら背もたれに深く座り込んだ男、カムチャル・ノースロップは天井を仰ぐ。
この頃、合州国内部で隷属の魔導具などの違法な魔導具が出回っている。
FSSはそれら隷属の魔導具の制作者を縛りあげるべく全力をあげていた。国内の反政府勢力や犯罪組織が隷属の魔導具を使用している事案はここ数年で爆増しており、誰かが国内で製造を行なっていると踏んでいた。
「それで、その犯人が学園都市内部で逮捕されたと…」
そして隷属の魔導具を作って居たと思しき男が数日前に学園都市内で逮捕された。すでに、この事件はFSSに移管されており、連日ニュースにもなっていた。
「だが、その被疑者は逮捕後。黙秘を続けて居て埒がか開かない…」
装甲車を持ち出しての移送を行い、今はこのビルの留置場にいた。しかし、その男はその一切を話そうとせず。黙秘を続けたままだった。
「…聴いてみるか」
カムチャルはその男を捉えたと言う青年に連絡を取ろうと考えた。
「幸いに知り合いで助かったな」
おかげで情報が聞きやすいと感じながら彼は携帯で連絡を入れていた。




