#25
「ーーなるほど。状況はよく理解しました」
学園都市の総合病院の一室。軽い怪我で、学生であれば無料で治療が受けられるその場所の一角でアニはカムチャル・ノースロップと言う警部から事情聴取を受ける。
事件から既に一週間が経過し、アニは聞かれた事に対して淡々と答えていた。話を全て聞き終え、カムチャルは軽く頷く。
「貴方の家族の事は調べさせて頂きました。貴方は違法装置である『隷属の魔導具』の効果を受けていた事も此方で既に確認しています」
「っ!?」
アニも知っている違法魔導具、そんな物が自分に…。
「今日の聴取はこれで一旦終わります。また明日、同じ時間にまた来ます」
そう言うと、カムチャルさんは病室を去っていく。そして暫く立った後にアニは小さく呟いた。
「…また言えなかった…」
本当の事なのに、どうして言えないんだろう。自分には、もう何も残っていないと言うのに…。
そう呟いた瞬間、カーテンが開く。一瞬、聞いていたのかとヒヤッとしたが、そんな感情は一瞬で消え去った。
「やっほー、元気そうだねぇ」
カーテンから現れたのはヴァージニアだった。すると、その奥から呆れた様子で二人が姿を現す。
「おいおい、病人相手に抱きつくなよ…」
「いいじゃん、怪我はしていないんだし」
「お前なぁ…」
そう言い、アニに抱き付いて回復に喜ぶヴァージニアに呆れるジャクソンとレオポルト。特にレオポルトは毎日見舞いに来てくれて再会したと言う授業プリントを渡しに来てくれる。
「調子はどうだ?」
「うん、だいぶ回復しているって」
「そうか…それなら良かった…」
レオポルトはそう言うと持っていた鞄からアニに数枚のプリントを渡す。
「今日の授業分だ」
「ありがとう」
そう答えてアニはレオポルトかた授業プリントを受け取る。
隷属の魔導具によって逆らえない奴隷として扱われていた彼女はかなり強い魔法が掛けられていた為、魔導具が破壊された際に精神的なショックを受けていた。その為、他の学生に比べて長い期間入院しなければならなかった。
「ったく、アニを奴隷にした奴を絶対許さん!!」
憤慨した表情でヴァージニアはそう言うと、レオポルトも残念そうにヴァージニアに言う。
「それは無理さ、既にその組織は壊滅。親父から聞いた話だと、そいつらは犬の餌になっていたらしい」
「ふんっ!そいつらにはお似合いかも知れないけど、直接殺さないと気が済まないわよ」
「それは同感だな。出来るなら、鉄球で顔面潰してやりたかった」
そう言い、不満げに呟くヴァージニアとジャクソンを見てレオポルトは宥めていた。
「じゃあね〜!」
「早く元気になれよ」
相部屋の病室を先に部活の関係でヴァージニアとジャクソンは出て行く。カーテンで仕切られた病室にはアニとレオポルトののみが残っていた。
「…結局言わなかったんだ」
ベットの横で座っているレオポルトにそう言うと、彼は首を傾げて答える。
「何の事だ?」
「…そう」
レオポルトの反応を見て、アニは納得するとそのまま軽く目を閉じた。するとレオポルトは周辺に魔法を展開した。アニはその魔法を直観的に視ると、少し驚いた。
「これは…古代魔法…?!」
周りの音が一切聞こえなくなり、遮音の効果のある魔法なのかと思っているとレオポルトは少し笑ってアニに言った。
「なるほど…君は精霊眼を持っているのか…」
「精霊眼?」
するとレオポルトは話す。
「少し特殊な眼を持っている。…本来、古代魔法の魔法陣は使用者以外視認することが出来ない代物だ。だが、中には特殊な人種が旧大陸にはいた…」
「?」
首を傾げるアニに、彼はさらに問いかける。
「アニ…君の祖先に『虹の民』は居るか?」
「ごめんなさい…祖先は旧大陸から来たと言う事しか…」
「では、ミッドガルドという地名に聞き覚えは?」
「それは…」
アニは心当たりがあった。あれはまだ両親の会社の経営がうまくいっていた時、自分の家の祖先の話しを思い出す。
両親は詐欺に会って会社を乗っ取られ、今では弟含めて奴隷の様に扱われていた。だが…
「なるほど、先祖返りと言った所か…」
レオポルトは頷く。するとアニはレオポルトに聞いた。
「古代魔法には詳しいのね」
「あぁ、親父が古代魔法の研究をしていて…その手伝いに行った事もあってな…」
「古代魔法の研究を?」
「そうだ」
レオポルトはそう答えると、アニは納得した。するとレオポルトは鞄からカップやポットなど、紅茶を淹れるセットを取り出すとそのままペットボトルの水を入れていた。加熱魔法で一瞬で湯が沸く魔導ポットだ。
「レディグレイだ。居るか?」
「あ、じゃあ…」
アニは短く頷くと、レオポルトは加熱魔法で白い陶器製のカップを温め、次に茶葉の入ったポットに魔導ポットからお湯を少し高い位置から入れ、中の茶葉を掻き回す。
そして蓋を閉じて三分ほどじっくり魔法で保温して待ってからポットの蓋を開けて軽くスプーンで混ぜた後、茶漉しで茶ガラを取り除きながら濃さが均一になる様にカップに紅茶を注いだ。
「なんか、アンサルド人みたいだね」
「紅茶はこうした方が最も香りが立って最も美味い。どうぞ」
「あ、ありがとう…」
茶菓子としてクッキーも出てきて、まるで魔法のバックだと思っているとレオポルトはやや不満げに言う。
「本当は汲み上げた直後の井戸水で淹れたほうがもっと良いのだが…」
「そこまで拘らなくても十分だよ」
そう言い、アニ自身も飲むことの多い会社の茶葉だと言うのにとても強い香りのする紅茶を飲む。
紅茶の淹れ方でこんなにも変わるものかと驚いてしまうが、レオポルトはそこで信じられないと言った表情で言う。
「そもそも、水にティーパックを放り込んでレンチンして淹れるなんて信じられないね」
「ふふっ…確かに、アンサルド人なら怒りそうではあるね」
そう言い、アニも少しだけ笑ってしまう。
気が和む、今まで考えていた事も全部忘れられそうになる空間。抱えていた気持ちも今だと考えなくても良くなる。
あぁ、だからか…。
この全てを忘れられるこの空気が、
嫌な事も何も考えなくていいこの空間が、
この時を失いたくないから…自分は…。
「事件の事は方がついた。…すまなかったな。その右手」
「あぁ、いいよ。…悪い事をしていたのは…事実だから…」
そう言い、包帯で巻かれている右手を見る。これは、レオポルトはマグナムで撃ち抜いたあのUSBを握っていた手だ。弾け散ったその時の衝撃で指の骨にヒビが入っていたのだ。
「ごめんなさい」
「なに謝る必要があるんだ」
「だって…私は…」
情報漏洩は重罪だ。本来であれば退学を免れない行動なのだ。それを彼は…
「証拠は残っていない。おまけに、隷属の魔導具の使用が明らかになった現状。警察もそっちの方で大忙し…君に罪が掛かることは一切無い」
近頃、裏で隷属の魔導具の劣化コピー品が出回っていると言う。
隷属の魔導具はバッチリ違法であり、持っているだけでも懲役になるレベルの代物だ。それほどの非人道的な道具であるとされ、魔導具条約と呼ばれる国際条約で今では一切の使用が禁じられている。
「でも…」
「そう気負うな。それ以上言ったら紅茶が不味くなる」
そう言い、レオポルトは淹れた紅茶を飲む。紳士なのか雑なのか分からない言い様だが、変わらない接し方にアニは申し訳なく思ってしまう。
「俺に怒鳴られて欲しいのか?」
するとレオポルトは心を読んだかのようにアニに聞く。
「それは…」
アニは否定しない。怒鳴られた方が…悪いのは自分だから…。
「そう言って、怒鳴られた方がお前の気も済むからだろう。だったら叱る意味がない。叱られることで楽になるなら俺は許さん。それだけだ」
そう言うとレオポルトの携帯が鳴る。
「はい、もしもし?…あぁ、どうもどうも」
電話に出て彼は腰を低くして話す。
「はい…はい…分かりました。では直ぐに…」
そう言い、電話を切るとレオポルトはカップを片付けて席を立つ。
「じゃあ、俺ちょっと挨拶行ってくるから」
「あ、うん…」
そう言って彼はカーテンを閉じて病室を後にした。また暇になるかと思いながら渡された授業プリントを読んでいると、再びカーテンが開かれた。
「アニ」
「…え?」
一瞬声を聞いて手が止まった。今の声はだって…ここには居ないはずの…。
「お…父さん…?」
恐る恐る顔を上げると其処には前より痩せ細ってはいるものの、ベストを羽織った自分の父親が立っていたのだ。まず思ったのは驚愕だった。
「生きて…たの?」
「何を言っているんだ。この通り」
そう言い、アニの父は腕を軽く動かす。アニは隷属の魔導具の効果で父は死んでいると勝手に思っていたから…。
「如何して此処に……?」
「一週間前、警察の人に言われて。お前が此処にいると聞いた。それで、さっき此処に辿り着いた」
「そう…なんだ…っ!!」
その瞬間、アニは父の服の裾を握って顔がぐちゃぐちゃになりながら言った。
「ごめんなさい…私…っ!!」
「…」
申し訳なさから感情が溢れる。言葉にならない声を上げ、アニは父に縋る。すると、アニの父親は彼女を優しく背中から抱いて言う。
「お前が無事なら…それで良いじゃないか」
病室を出てアニの父親と会釈した後、待合室に降りたレオポルトは其処である人物と話す。
「今日も色々ありがとうございます。小父さん」
「なに、いつもの仕事をしたまでよ」
そう言ってニカリと歯を見せるのはカムチャルであった。親父とはこの魔学院以来の友人だそうで、親父には散々迷惑をかけられたとか何とか…。
「俺だってあんな若くて可愛い子に手錠をかけたくねえしな」
こう言っているが、親父曰く高校ではかなりの堅物だったらしい。そして、親父とお袋の仲介役を務めたのもこの人らしい。
それでよく家にも遊びに来ていたことから俺たち兄妹は小父さんと呼んでいた。
「しっかしお前さんが風紀委員に入るとは思わなんだ」
「そうです?」
「あぁ、俺も風紀委員だったから…彼奴に散々苦しめられた身だからな」
病院近くのカフェでレオポルトの奢りでコーヒーを飲むと懐かしげに語る。
「あぁ、懐かしい…この味だ」
「よく此処に通っていたんですか?」
するとカムチャルは首を横に振った。
「いや、俺がカールにボコボコにされた時。大体此処に搬送されて…その時の差し入れだよ」
「あぁ…なるほど…」
顔が引き攣りながらレオポルトは納得すると、カムチャルはカップを置いて腕を組むとレオポルトに言う。
「兎に角、アニ・シコルスキーの容疑は時期に晴れる。現場近くで破壊された魔導具が見つかったからな。隷属の魔導具である事も確認済みだ」
「そうですか…」
「まぁ、指紋も残っていなかったから誰が襲撃したのかもわからんが…」
そう言い、カムチャルはかなり復旧した学園都市を見ながら言う。
「此処はどの時代になっても変わらないな…」




