#1
『貴方には今から未来の世界に行ってもらいます』
荒唐無稽な話だと思いたい。しかし、それが真実であると脳の中では伝えている。
自分がどんな姿なのか、それはとても曖昧で実体があるのかどうかも定かではない。何せこの空間は、本来であれば禁忌と称される場所だからだ。
『どうかより良い未来を、あなた達に作っていただきだい』
目の前にいる実体を持つ女性はそう語り、自分の傍には意識があるのかどうかも不明な一つの光球…それは嘗ての仇敵であった人物だ。実体上は無いが、そこに居るという事だけはわかる。長年相対してきただけあり、その勘がボケる事も無かった。彼女は一体何を思っているのだろうか。
『貴方達に祝福があらん事を。そして、充実した生活となる事を祈って』
するとその女性…自らを創造神と名乗った女性は自分達に祈りの言葉を残し。その瞬間、自分達は意識が遠ざかる感覚に襲われる。それはベッドの上で恐ろしく眠い時や気絶する瞬間の様であった。
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新世界歴四五〇年 合州国歴四四〇年 四月八日
アルメリア合州国 リイノイ州 シカワ
「ーーつまり、悪魔の大地と言われた新大陸に移住を行った我々の祖先は、幾度と無く旧大陸からの侵攻を退け。今日の平和を…」
歴史の授業を受けながらその青年は風の過ぎる窓の外を眺める。外では別のクラスがグラウンドでテニスをしていた。その特徴的な血赤の双眸は外で体育をしている一人の少女を見ていた。
「(暖かくて良い…)」
ここは比較的北の方だが、今日は温かい風の街と言われる場所なだけあって暖かい風が程よく吹きつけていた。
レオポルト・ウリヤノフ、それが今の自分の名前だ。
今の名前と言う通り、自分達は転生した身だ。前職に関してはあまり触れないでもらえると助かる。転生と聞いても突拍子もない話かもしれないが、事実であると言うしか無い。現在十五歳の自分は、こうして中学校の授業を受けていた。
アルメリア合州国
それが、今の自分が暮らしている国の名前だ。俗に言う新大陸を丸ごと収める大陸国家で、誕生してから四世紀以上経つ。まだまだ世界的に見れば歴史の浅い国家だ。
名も知らぬ創造神と名乗った神から未来の世界に転生と言うとんでもない…正直言って断りたいと思っていた話だった。なぜならもう、このまま消えてしまいたいと思っていたから。
封印されていた記憶が蘇って五年。前世の記憶も今ではすっかり馴染んでいた。ただ、幼い体故に前世で培った技術は全く使えなかった。それほどまでに周囲の変化が激しかったと言うのもある。体力を付けても剣や弓、マスケットの時代とはまた違う武器。魔法も高度化し、前世での技は廃れた技術となっていた。
「では、今日の授業はここまでとする」
教師の声が通り、休憩時間となる。鐘が鳴り、昼の時間ということもあってクラスメイトは一斉に教室を出て食堂に向かう。そんな中、レオポルトは教科書を片付けていると声を掛けられる。
「レオ!」
「早く食堂行こうぜ」
声のした方を見ると、そこでは二人の男女がレオポルトを呼んで手招きしていた。そんな二人を見てレオポル卜は頷く。
「あぁ、今行く」
「早くしてね。もうすぐドーラちゃんも来るはずだから」
「分かった」
そんな二人の後を追う様にレオポルトは教室を出る。二人の名はネル・パットンとヘンリー・テスラ、近所に住む幼馴染だ。この世界に転生して初めてできた友人で、色々と世話になった事もあった。こんな二人の出会いをして、転生も悪くないと思った瞬間の一つでもあった。
「ーーそれでさ、理科の先生がこの後補習って言っててさ〜」
「うわぁ、それは御愁傷様」
「ねっ、酷いと思わない?」
「まぁ、リカード先生だからなぁ…」
三人は食堂に向かおうとしていると、丁度前を着替え終わったのだろう。片手に体操服を入れた鞄を持って現れた少女とバッタリ出くわす。銀色の髪に青い瞳を持つその少女の顔つきはレオポルトにとても似ていた。するとその少女はレオポルトを見て少し嬉しそうにしながら彼に近づく。
「お兄ちゃん」
「よう、今から飯だが…」
「うん、一緒に行く」
当然と言わんばかりに答えるとその少女…転生後の家族であり、自慢の妹であるドーラ・ウリヤノフはレオポルト達と合流した。するとネルがレオポルトに甘えるドーラを見ながら口を開く。
「いやぁ、私も妹が欲しくなっちゃうわね」
「そうか?」
「そりゃそうよ。特にドーラちゃんみたいな素直な子を見ると庇護欲に駆られちゃうわ」
「……ネル、なんか言っていることが気持ち悪いよ」
「何だと!!」
ヘンリーの呟きに反射的にネルが飛びかかろうとするが、レオポルトがそれを制する。
「はいはい喧嘩しない。夫婦喧嘩は犬も食わないって言うだろう?」
「「夫婦っていうな!!」」
二人からツッコミを掛けられ、レオポルトもドーラも慣れた様子で少し笑いながら食堂に入る。
現在中学三年生のレオポルト達三人とドーラは食堂の空いた席に座るとそこで昼食を取る。
「それでどうするの?」
「「「?」」」
「進学先」
「「「あぁ〜…」」」
ドーラの疑問に三人は頷く。
「そう言えば親父が言ってたな…」
この国は十六歳から働くか、高校に進学するかの選択が行われる。一部のとんでもなく優秀な人は飛び級で大学に行くが、大体は進学か就職となる。
「私は進学のつもりだったなぁ…」
「へぇ、何処に行くつもりなの?」
「連邦軍士官高等学校」
「「「えっ!?」」」
少し恥ずかしそうにしながら答えたネルに三人は驚いた。
連邦軍士官高等学校
それは俗に言う御三家と呼ばれる高等学校のうちの一つだ。御三家には大学も余裕で卒業できると言われる程の学力が必要とされる。御三家と称される学校は他にモルガン商工学園と、エディソン魔法科学学院の二つ。それぞれ国内最高峰の頭脳が集まる一大拠点であった。
それぞれ軍事・経済・科学と国の発展には必要な力であり、入学するにはそれ相応の能力も必要であった。そんな国内最高峰の学校に入学すると言うネルにヘンリーは顎に手を当てながら頷いた。
「まぁ、でも。ネルは体力もあるし、良さそうではあるよね」
「そうだな…」
その時、ふとドーラがレオポルトに提案する。
「お兄ちゃんはじゃあ、エディソン魔法科学学院と言うのはどう?」
「え?」
ドーラの提案に一瞬驚くとネル達も賛同した。
「良いんじゃない?お父さんも確か魔法技術者でしょう?」
「レオには会いそうだな。機械弄りが好きだし」
「そ、そうか?」
「私も良いと思うよ?」
最後のドーラの後押しもあり、レオポルトは少し調べた後に決めようと思った。
「エディソン魔法科学学院か…」
携帯で調べながらレオポルトは学校を検索する。名前だけは聞いたことあったが、まだ何も決めていなかったが故に調べようと思っていた。
学校のホームページには多くの写真が張られ、学園の内容も書かれていた。
エディソン魔法科学学院は、合州国が誇る発明王。ハドウィック・A・エディソンを肖る目的で建てられた学校であり、御三家と呼ばれる学校の一つ。国内に数多くある高校の中でも数少ない国立高校であり、全寮制である事。そして御三家は学園都市と呼ばれる場所に一極集中されており、交通アクセスも容易であった。
「流石は国立…至れり尽くせりですか…」
その学園都市の中にある充実した空間に思わずそう言葉が漏れてしまう。
今では見慣れた光景だが。何百メートルもある高さの建物がずらりと立ち並び、馬車よりも速い速度で走る車が街中を駆け回り、鉄道が街と街を結ぶ。空には硬式飛行船や航空機が飛び、人や物を運ぶ。未来の世界へ転生した事に今となっては後悔した事はなかった。
「少し頑張ってみようかな…」
ふとそんな事を呟くと、クラスメイトがレオポルトに言う。
「レオ、今度の試合。頼んだぜ」
「ああ、任せろ」
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放課後
クラスメイトが帰る中、レオポルトは学校の駐車場で待っていた。背後には四人乗りのサイドカーが停車し、レオポルトは携帯を触っていた。
「お待たせ〜!」
「遅いぞ」
「いやぁ、先生の話が長くってね」
待っているとネルとヘンリーが校舎から出てきて合流する。
「じゃあ、あとはドーラだけだな」
そう呟くと、ちょうど校舎から色の違う制服のリボンを付けたドーラが出て来てレオポルト達に近づく。
「ごめん、待った?」
「いや、丁度良いくらいだ」
そう言うといつも通りにネルとヘンリーはサイドカーに、ドーラはバイクの後ろに乗り全員がヘルメットを被る。この四人乗りサイドカーは親父が態々作ってくれた物だ。免許をとっていたので中一の頃からこう言う通学形式となっていた。この三年間、風邪も引かず無遅刻無欠席の皆勤賞を取っていたのでサイドカーに乗らない時はつまり、誰かが休んでいた時だ。
「そう言えば、さっき話していたんだけどさ」
帰宅途中、ヘンリーが口を開く。ネルとヘンリーは同じ教室なので昼食後も進学先について話していたのだろう。
「いやぁ、話していて僕もモルガン商工学園に行こうかなって思ってね」
「す、すごい風の吹き回しだね」
後ろでドーラがそう言うと、ヘンリーは少し恥ずかしそうにしながら答える。
「いやぁ、モルガンを出れば色々と就職とかも有利になるしさ」
「あぁ、それはそうかも」
「奇遇だな。俺もエディソン魔法科学学院の事を調べていたんだ」
「おっ、お兄ちゃんも決めたの?」
「二人がそれぞれモルガンと士官学校に行くならな」
そう言うと、二人は嬉しそうにした。無理もない、幼馴染みが同じ学園都市に行くのだから。
「レオが行くなら勉強も安心できるわね」
「…それが目的か。ネル…」
「あったり前じゃん」
ヘンリーが理由を知り、思わず苦笑する。かく言う自分達だって苦笑している。
そんな進学先の話はあっと言う間に家に着いてしまったと感じさせるほど白熱した。一つ年下のドーラは来年の話だが、人生に関わるからと進学先に悩んでいたが。結局自分と同じエディソンに行くと豪語していた。
「じゃあまた明日ね!」
「ああ、じゃあな」
「義父さんにも宜しく」
そう言い、先にサイドカーを降りたネルとヘンリーはそれぞれ手を振ってレオポルト達と別れる。
ネル達と別れ、自宅に戻る途中。サイドカーに移動したドーラが話しかける。
「ーーしかし、この生活も随分と様になってきたな」
その口調はどこか大人びており、ネルが見たら驚くだろう雰囲気であった。すると、前を向いたままレオポルトも慣れた様子で答える。
「良いじゃ無いか。こんな平穏、俺たちの時代じゃあ成し得なかった事だ」
「ふっ…それもそうだな」
少し笑って答えると、次にドーラは流れる街を眺めながら言う。
「しかし、貴様の正体を知れば皆驚くだろうな。まさか、こんな痩せこけた男が…
かつて私を倒した勇者だとは」
ドーラはそう言うと少し懐かしむように、苦笑した様子で答える。すると、レオポルトも同じくドーラに言う。
「それは俺もだよ。まさか、思うまい。自慢の妹が嘗ての仇敵…
俺を殺した魔王とはね」




