無もなき道
この街道を歩く者は、目的地を持たないことが多い。
かつては王都へ続く大路であり、軍も商人も巡礼も、この道を踏み固めていったという。だが今では、名前すら呼ばれない。ただ「向こうへ行く道」として残っているだけだ。
私は冒険者だった。
正確に言えば、そう呼ばれていた時期がある、というほうが正しい。
剣は持っているが、抜くことはほとんどない。代わりに帳面を持ち、街道沿いの石や橋、廃屋の数を記す。それが何の役に立つのか、私自身にも分からない。ただ、そうして歩いていると、道がこちらを拒まない気がするのだ。
昼過ぎ、街道が森に飲み込まれるあたりで、獣の気配を感じた。
魔物だろう。昔なら剣を抜いたはずだが、私は足を止めなかった。街道に出る魔物は、たいてい道そのものに用がある。人間には興味がない。
案の定、茂みの向こうで何かが動いたが、追ってはこなかった。
私は帳面に一行だけ書き足した。
――このあたり、音が柔らかい。
夕刻、崩れかけた道標に出会った。
矢印はすべて折れ、文字も風に削られている。それでも、この街道が「どこかへ続いていた」証拠は、確かに残っていた。
その前に腰を下ろし、乾いたパンをかじる。
冒険者だった頃、私は結果ばかりを急いでいた。討伐、報酬、評価。だが街道は、そうしたものを一切、要求しない。ただ歩け、と言うだけだ。
夜が来る。
焚き火を起こすと、街道の輪郭が闇に溶けていく。昼には確かにあった距離が、夜には曖昧になる。街道とは、不思議なものだ。進んでいるのか、留まっているのか、分からなくなる。
火が落ちるころ、私は立ち上がった。
どこへ行くかは決めていない。だが、明日もこの街道を歩くだろう。
名を失った街道は、歩く者の名前も、やがて奪っていく。
それでいい、と私は思った。
冒険とは、何かを得ることではない。
ただ、道に拒まれずに通過することだ。
そう書き残し、帳面を閉じて、私は闇の中へ歩き出した。




