街での生活
私は街での生活をどうしようかと、考えていた。
一応白蛇さまの御使いとしてのお役目がある。
世界は広い、様々な獣人族を救うにしても、私一人で回すことはできない。
どうしようかと考えた。
そこで薬師の仕事を簡単にして、だれでも店番ができるようにシステムを考える事にした。
薬師の仕事は
①薬草などを手に入れる。
②その人にあった薬草と分量を指示する。
③それを売る。
という3つの事で成り立っている。
またこの世界の薬師は、特に国家資格などが必要なわけではない。
薬の知識があれば、誰でもなれる。
そこで商会を作り、
薬師の仕事を、
ドラッグストア化することにした。
具体的に言うと、
代表的な症状、
発熱、頭痛、吐き気、下痢、便秘
などに分け、それぞれの症状を紙に書き、
調合法と調合済みの薬草を店に置き、
文字の読み書きのでき、頭の良い人間に店番させることにした。
私は、特殊な症状の時だけ、別で診察するという形にした。
これを、住んでいる街、スコティの村、マーチの村でも行うようにした。
薬草の80%以上は、スコティの村で、残りの20%はマーチの村から仕入れれるようになった。
これでほぼ80%は、私なしで対応できるようになった。
残りは、私が出向くか、街の家まで来て見る事になった。
スコティの村、マーチの村に、商品を入れる際も、
商会を通して、入れるようにした。
大工も、木こりも商会を通して、発注をかけた。
既存の薬師にも商品を卸して、信頼関係を築いた。
もとより、人材不足なので、他の薬師の得意な分野については、その薬師を紹介したり、逆に紹介されたりもした。
ネットワークが築けたことで、薬草の供給がスムーズになり、病人の早期治療にも役だった。
これまで、薬師といえば、当たりハズレが多いというのが、当たり前だったが、商会のネットワーク化の薬師であれば、ハズレがない。
しかも、その薬師に治療できなくても、他の薬師を紹介してもらえると口コミで広がり、商会のネットワークは強固になっていった。
よくある偽物に関しても、ネットワークの力が強く、出てもスグに他の薬師によって潰された。
なにより、安価で流通しているがゆえ、効果のないディスカウント品が出る幕が初めからなかった。
ただ敵対するもの達がいなかったわけではない。
闇商人や、怪しい呪術師などには、恨みをかった。
ただ彼らは、こちらになにか攻撃しようとはしなかった。
そもそも、どこに攻撃をかけたらいいのか?
わからなかったからだろう。
通常、商会には、自らの名前を冠する、私の場合であれば
【メルク商会】
とするのが一般的だ。
しかし、うちの場合は、
【ニャンニャン商会】
だ。
もちろん、ニャンニャン という人物はいない。
すなわち、代表者の名前が出てこない。
しかも、私が部下に指示する時も、
つねに
「……と上司が言っている」
と、上に何人もいるような表現をした。
つまり、内部から漏れたとしても、私は中間管理職であり、攻撃しても、効果が低い。
しかも、常にスコティ以外に、獣人の若者が数名、護衛として影に控えている。
獣人族が裏に控えているというのは、ずいぶんな抑止力になったのだと思う。
攻撃=自滅の道という構造が、誰の目にも明らかだったからだ。
ただ一度だけ、闇商人と対立したことがあった。
それはあるマーチの村の少年からの通告だった。
その少年はこういった。
「にゃー、にゃー、にゃにゃにゃん、にゃにゃにゃにゃねー」
なるほど、これは大変だと。
私は、すぐに調査を始めた。
まず獣人たちに赤や黒の甘い味のする木の実を多量に集めさせた。
そして、森の小鳥たちに集まるように声をかけ
「さらわれた獣人の子供たちがどこに行ったか知らないか?教えてくれたら、褒美をやる」
と尋ねた。
小鳥たちは、皆イロイロ教えてくれた。
そして、ハダカ山の中腹の盗賊のアジトにいるらしい。
という事を確認した。
私は調査を重ね、獣人の子供たちが、闇マーケットで売られていることを知った。
私は悩んだ。獣人たちを組織だって、盗賊の一団を壊滅に追い込むこともできる。
しかしそれはしてはいけない。
なぜなら、私の目の前で、獣人たちが人を傷つけるのをみたくないからだ。
胸の奥が痛くなる。
これは依り代の魂の残りだろう。獣人たちが人を傷つけるのを見ると、私の心がおかしくなってしまいそうだ。
私は、まず冒険者ギルドに、盗賊の一団の壊滅と、獣人の救出を依頼した。
盗賊団のねぐらは山の中腹の洞窟、総勢40名
冒険者ギルドの部隊編成は、シーフが2人、弓使いが10名だ。
まず朝の早いうちから、洞窟の入り口から弓が届く位置に10名の弓使いを配置する。
そして、シーフにとうがらし入りの草を燃やさせ、洞窟のなかに煙が入るようにした。
害虫をあぶりだす作戦だ。
盗賊の一団は、ぞろぞろと、目や鼻を抑えて、洞窟の外に出てくる。
それを一人4人の計算で、弓使いが射貫いていく。
10分ほどで、盗賊は壊滅した。
問題は残っている。
裏で糸を引く闇商人だ。
私は闇商人の事について調べだした。
どうやら、国の中枢とも関係が深いようだ。
つまり正規ルートで行くと、必ずもみ消されるか、逆にこちらが潰される。
また抹殺する事もできるが、それであれば、獣人の仕業と疑われる恐れが大きく、災いの火種になる。
そこで、まず手始めに盗賊団の紋章を箱に入れ、
「すべてはわかっている」
と一言のメッセージを送った。
その後は、
闇商人の大事にしている娘に、
「お前の父親は獣人の子どもを捕まえ売っている」
た一言のメッセージを送った。
そして、時々
「お前の娘のドレス姿は美しい」
などのメッセージを送った。
何回か繰り返したら、闇商人は屋敷を売り払い、外国へ移住をした。
特に深い意味はなかったのだが、よくよく考えると、怖かったのだろう。
しかし我ながら優しい対応だ。
本来なら全てを捧げても、まだ足りないような残忍な事をしたのだから。
――――――――――
⑨普及と商業化
スコティとマーチの村の医療体制を充実させ、商会も順調に大きくなった。
そんな中、私はひとつの事を考えていた。
それは、王国中の獣人の村の医療体制のことだ。
マーチはスコティの村の状況を聞き、私に頼みに来た。
マーチの村の獣人は人間に対して比較的好意的だとは思うが、今後同様に人間に対して好意的な獣人は、コンタクトを取ってくるだろう。
その時、すぐに対応できる体制が整っているだろうか?
そして人間に対して比較的好意的な獣人の村が一通り、医療体制が充実したなら、今度は人間に対して多少疑念を持っている獣人の村がコンタクトを取ってきて、最終的に人間に対して敵意を持っている獣人の村までもが、コンタクトを取ってくると予想される。
なぜなら、他の獣人たちが健康的な生活を送っているのに、自分達だけが不健康である、これはそこの獣人達が納得しないし、仮に長老が止めたとしても、それにより、村が二分されたりという影響があるからだ。
この予想が当たる当らないは別として、大切なのは、コンタクトを取ってきた時に、対応できる体制があることだ。
私は1人、人間には私以外獣人の言葉を理解できるものはいない。
ということは、基本的な処置を獣人に教え、獣人同士で情報共有をして、生活レベルを上げる必要がある。
この方法であれば、人間に敵意を持っている獣人でも医療を受けることができる。
私はまず、スコティに相談して見る事にした。
「スコティ。この王国には獣人族の村はいくつくらいある?」
を私は尋ねた。
「猫族に関していうと30以上はある。他の犬とかビーバーとかは知らない?」
とスコティは言った。
「犬族はわかるが、ビーバーの獣人もいるのか?」
と私は驚いた聞き返した。
「ビーバー、国境沿いにたくさんいる」
とスコティは言った。
医療が必要なのが、猫族だけとは限らない。犬族もビーバー族も必要だろう。
とすれば、私だけでは間に合わない。
「スコティ。このままいくと、私一人の力では回らない気がするんだ」
と私は言った。
「そんなこと当然。私もマーチも簡単なことはもうできる。これは皆に教える。これで仕事減る。もう少し教える。そしたら、それもできるようになる」
とスコティは言った。
あまりにもできた答えなので、愛情が深まり、しばしモフモフを堪能した。
スコティは心なしか上機嫌だった。
獣人もモフモフされるのは、うれしいのか?
ふと疑問に思ったが、聞かないでおこう。
私は、スコティとマーチをメインの助手にして、二人には常に同行を求め、時間の空いた時に、医療の啓発を行ってもらうことにした。
私はこの2つに対して徹底的に指導を行った。
メインはダニ予防と食事についてだった。
『栄養と清潔』これは現代の医療でも、地味ながらも重要視される項目だ。
これに付随して、ハーブの育て方なども指導してもらった。
ハーブを自前で調達できれば、安価に清潔が保てる。
そしてそのハーブの育成技術を転用すれば、販売用のハーブも育てられるので、こちらとしても、持ち出しがなくなる。
商会のほうは、優秀なスタッフのお陰で、ほぼ自動的に回るようになった。
大きな問題や取引の時だけ、顔をみせるようにした。
医療協力を求める猫族の村は日に日に増えていった。
まずは、3人で視察し、スコティとマーチに医療指導をしてもらい、私はその村や種族特有の病や問題、そして交易の道を開いていった。
交易は主に薬草や木の伐採だった。
中には鉱脈のある村もあったが、鉱脈はなにかと問題も含む。
健康被害や領地争いなど、これらの問題があるがゆえ、そこには触れずにおくことにした。
獣人族の村は王国内にあったが、基本的に税の徴収を行われなかった。
王室も気付いていないわけではなかったが、基本的にはないものとしてあつかわれた。
ただ猫族が薬草や木の伐採で利益を上げるようになり、それで経済的な流れができるようになると、それは歓迎された。
獣人族からは直接取れなくとも、商会には納税の義務があるわけで、商会が潤えば、税収も増え、王室としても好都合だった。
この世界の獣人というのは、特殊な存在だ。現代風に表現するなら、超マイノリティーな存在だ。
まず獣人間でも、犬族と猫族であれば、言葉は通じない。
そして猫族でも、スコティとマーチの種族は、言葉が微妙に違う。
犬族と猫族であれば、英語と日本語の違い。
スコティとマーチの種族の違いは、方言の違い。
と表現するとイメージがしやすいだろう。
この言語に対して研究された書物なども存在しない。
話すにしても、身振り手振りで会話するのがやっとだという状況だ。
それに加えて獣人族は身体能力が高く、敵にすると、腹の中に虫を飼っているようなもので、いつ腹を食い破られるかもしれない。
こういう恐怖を常にどこの国でも持っているのだ。
だから私のような存在は、怖い反面、ありがたい部分もある。
私は白蛇さまが言っていたことを思い出していた。
「動物や獣人は、このままいけば、人に滅ぼされる。
頼む。救ってくれ」
救ってくれと言われても、何をすればいいって言うんだ。
あの時は、そう思った。
しかし今は少し手ごたえを感じている。
この展開でいけば、獣人を守ってやることはできる……。
しかし、ちょっと待てよ。
”動物や獣人は、このままいけば、人に滅ぼされる”
これはいったいどういう意味なんだ?
ひょっとして、間違っているのか……。