獣人動物看護士
家に着くと、獣人の少女はまだ横になっていた。
「魚を買ってきたけど、お前らはどう食っているんだ?」
と私は聞いた。
「獲ってすぐなら生、時間がたってたら焼く」
と獣人の少女は答えた。
なるほど、それは合理的だ。
「焼くのはなにか味をつけるのか?」
と私は尋ねた。
「味というのが、わからないが、そのまま火で焼く」
と獣人の少女は答えた。
「鱗を取ったり、内臓を取ったりしないのか?」
と私は尋ねた。
「鱗は取らない。内臓は美味しい」
と獣人の少女は答える。
なるほど、そういう感覚があるのか。
私は暖炉で魚を焼くことにする。
10分ほど経って、魚は焼けた。
内臓には、寄生虫と細菌のリスクがある。
寄生虫はトキソプラズマ・回虫など、これは60~70℃以上で死滅。
細菌はサルモネラ・大腸菌など、これは75℃以上で1分以上加熱すればほぼ死滅。
10分ほど経って、魚は焼けた。
獣人の少女のシッポが揺れている。
「ほらできたぞ」
と私は獣人の少女に魚を与える。
腹が空いていたのか、一匹ペロリとたいらげた。
野生の目で別の魚を狙っている。
「もう一匹食べるか?」
と聞くと、すごい勢いでうなづいた。
「ほらよ」
ともう一匹、獣人の少女に魚を与える。
またすごい勢いで、一匹ペロリとたいらげた。
あと一匹。
これを、私用なんだが……。
「もう一匹食うか?」
と私は聞いた。
また勢いよくうなづいた。
「ほらよ」
と私は最後の一匹を獣人の少女に与える。
これは最後だと、理解しているのか、今度は味わって食べている。
「人間は食わないのか?」
と獣人の少女は尋ねた。
「私はパンでも食べるよ」
といい、パンを食べだした。
「なんで助けた?人間……仲間いじめる。悪い奴。でもお前、傷治した。魔法みたい。飯食わせてくれた」
と獣人の少女は言った。
私はしばらく考えた。
なんといえば、理解してもらえるのか……
カッコつけても仕方がない。
正直に言おう。
「私は、動物のモフモフが好きなんだ」
そう答えた。
獣人の少女は戸惑っている。
「モフモフってなんだ?」
そう尋ねてきた。
「その耳、そのしっぽ、そういった毛がフサフサしたのを、撫でるのが好きなんだ」
と私は言った。
獣人の少女の顔から血の気が引く。
「私、始末して耳やしっぽ取る?ダメ」
と言った。
しまった。警戒されてしまった。
ここはしっかり否定しなくては……
「違う。私は生きている動物と遊んで、しっぽや耳に触るのが好きなんだ。ただの毛皮なんて、あれはモフモフじゃない」
と熱く語る。
「私の耳、しっぽ、触りたい?」
と獣人の少女は言った。
あぁなんて答えればいいのか?
今まで、患者の頭や背中、しっぽに触るのは、当たり前のように触ってきた。
これが、獣人となり、人間のような形になると、とたんにその重みが変わってしまう。
当たり前のように、しっぽや耳に触れられないなんて……。
でも諦めるのか?
恥ずかしいからと諦めるのか?
そんな私は1人の人間として、
どうなんだ?
私は丹田に意識を集中して、
こう言った。
「触りたい」
獣人の少女はモジモジして、近くにやってきた。
「じゃあ、触っていい。モフモフ。お礼」
と獣人の少女は言った。
私は恐る恐る、しっぽに触れる。
「ヒャにゃん」
少女から、吐息が漏れる。
あぁ、このしっぽのモフモフのビロードのような触りごこちはなんだろう。
獣人の少女の体温と、この触感。
これはたしかに、スコティッシュフォールドの触りごこちに似ている。
私の患者に3匹のスコティッシュフォールドがいたが、みんなこんな気持ちの良い肌触りだった。
ビロードのような触りごこちと、よく表現されるか、たしかにビロードのようではあるが、その他にもまだ別の要素がある。
しっぽの先がびくびくと震えている。
そうだ。心地よい肌触りのなかに、生命の息吹を感じるのだ。
獣人の少女の顔を見ると、わずかに紅潮していた。
しっぽを触られるのは、恥ずかしのだろうか?
しかし……
私はモフる。
可能な限りモフる。
天は私にモフモフを与えてくださった。
人はパンのみでは生きられない。
モフモフがない人生など、
具のないサンドイッチ。
黄身のない目玉焼きのようなもの。
獣医という激務を長年耐え続けられたのも、このモフモフタイムがあったからこそ。
わかる。わかる。
C触覚線維が優位に賦活しているのがわかる。
仮に毛皮を撫でても、この癒しは感じられまい。
この腹の奥のほうから、泉のように湧き出る幸福感はいったい何なんだろう。
あぁ気持ちがいい。
……
1時間ほど私は獣人の少女の耳としっぽをモフモフした。
モフモフは完全に充電され、丹田の底からエネルギーが湧いてくる。
私は気の正体は、このモフモフエネルギーなのではないかとすら思っている。
獣人の少女は、私の方を見て言った。
「人間……私の仲間、助ける。できる。呪いかかった」
と言った。
呪いか……、
この時代の感覚だと病気の事を呪いと言っているのだろう。
とりあえず、詳しく聞いてみよう。
「どんな呪いだ?」
「関節痛い歩けない仲間、皮膚ただれる、毛抜ける仲間いる、呪い」
獣人の少女は言った。
多分これは、内臓の食べ過ぎによるビタミンAの過剰症とダニによるものだろうな。
生活習慣の改善が必要になる。
「私なら多分助けられる。ただ1人では無理だ。お前が手伝うなら、助けてやる」
と言った。
「私、手伝う」
と少女は言った。
「私はメルク、君の名は?」
と私は聞いた。
「獣人族、名前ない。それ人間のもの」
と少女は言った。
「じゃあ、スコティと呼んでいいか?」
と私は聞いた。
「わかった。スコティと呼べばいい」
と少女は言った。
今日から、しばらくスコティが助手だな。
しかし、名前を持たない者たちに名前をつけるというのは、不思議な気分だな……。
あれ、そうでもないな、
結局ペットがそうだもんな。
しかし今回はペットではなく、助手だ。
まぁいい。
モフれる助手……、
なんて素敵で贅沢な、神さまありがとう。