転生はいつも突然に
「おい、聞こえるか。おい、君。おい、聞こえるか。おい」
「……うん。ここは… あなたは……」
そこにはただ暗闇の中に光の粒子があった。まばゆく、そしてどこか懐かしい。
「私かい? 私は神様だよ。これまた…ずいぶん不本意な最後だったようだね」
辺りを見渡しても一面の闇。静寂の中にただ光の粒子と、神様の声が響く。
「あーそうか。私はフリージアンに蹴られたのか…」
そうつぶやくと
「せっかく救おうとしたのにね」
と神様は言う。
「そうですね。最後、モフりたかった」
「そうか……モフりたいか……まぁじゃあそのノリでまた頑張ってよ」
と神様。
「頑張ってよって…もう終わったんでしょ」
「うーんとね君は…転生するんだよ。これから獣医としてね」
「転生?」
「じゃあがんばってよ」
とそれだけ言って光は消えた。
◆ ◆ ◆
気が付くと、私は知らないベッドに横たわっていた。
雰囲気からして、中世ヨーロッパっぽい。どうやら転生は本当にしたらしい。
ズキン……
頭が痛い。記憶が、流れ込んでくる。
これは依り代だったメルクという人物の記憶だ。
胃の底が捻じ切れるような吐き気。自分の中で、誰かの「怒り」や「悲しみ」や「絶望」が脈打っている。
自分なのに、自分じゃない――その違和感が、皮膚の裏からじわじわと這い上がってくる。
俺は、胃液すら出なくなるまでベッドの脇で吐いた。
自分の中に他人の記憶が入ってくる――これは、二日酔いの5倍は不快だった。
どうやらメルクは獣人に親の命を奪われた孤児で、薬師を生業にしていたようだ。
そんな孤児の身体で、神は獣医をさせようとしているのか?
「おいメルク……だいじょうぶか?」
男がやってきた。
だれだ、この男は、あっこいつは近所の酒屋の店主だな……。
「ちょっと、ぼんやりとして」
と私は言った。
「私は、どうかしたのか?」
と私は尋ねた。
最近の記憶がまったくない。
「いやお前、白い蛇に腕を噛まれて、そのまま倒れたんだよ。みんな薬もなにかわからねぇし、とりあえず寝かしておいたんだ。よかった」
と酒屋の店主は言った。
腕を見ると、噛み跡はなく、ただ薄っすらと。白い蛇のようなマークがでていた。
それは毒蛇だったのか?
死んでない?死んだのか?
日本の山口県、岩国の白蛇であれば、アオダイショウのアルビノ種。
これであれば毒はない。
しかし、マムシやコブラ、ガラガラヘビにもアルビノ種はいる。
これなら毒はある。
しかし、転生した身体が入っているのだから、死んでいるのか?
よくわからない。
しかし、白蛇のような刻印が入っているのだから、なんらかの……
(なにか、風景が頭に流れ込んでくる……)
あれは獣人?
なにあのシッポ。
あの耳。
モフモフなのに、見た目は人間?
えっ病気?
あの皮膚の状態は?
今度は声が流れ込んでくる。
「ワシはお前にかみついた白蛇じゃ。お前に動物と話せる力をやる。
動物や獣人は、このままいけば、人に滅ぼされる。
頼む。救ってくれ」
救ってくれと言われても、何をすればいいって言うんだ……。
……
私は数日間、店を休むことにした。
どっと疲れがきたからだ。
そういえば、獣医になってから、ロクに休んだ事がない。
365日ほぼ仕事だ。
それでも体力が持つのは、中学生の頃から毎日スクワットを100回続けているからだろう。
モフモフ動画を観ながら、スクワットを繰り返す。
すると、苦しいスクワットも脳が快感だと認識するようになる。
個人差はあるのかもしれないが、このモフモフスクワットのおかげで私の脳は苦しみが快感と混じるようになり、たんなる苦痛はなくなった。
アカネに言ったら、それは先生がモフモフジャンキーだからですよと言われた。
私は、いや違うよ。モフモフは愛なのだ。と叫びたかったが、人手不足なので、やめておいた。
動物看護師は貴重なんだ。
動物看護師がいなければ、動物病院は機能しない。
獣医の手足どころか、病院そのものを支えてくれる存在だ。
動物看護師は、まるで天使だ。
私達ももちろん頑張ってはいるが、彼女達がいなければ、多くの命は救えない。
私の場合、動物の治療はできるが、飼い主さんとのコミュニケーションが上手くはない、不安そうな飼い主に本当の意味でよりそってあげられないんだ。
でもアカネは違う。優しい声と笑顔で、飼い主を安心させてくれる。
あのさりげない優しさで、どれほどの人達が救われた事か。
たまに獣医の会合で動物看護師の話が出る。
私の知り合いは、みんな心から動物看護師に感謝している。
ただ社会的認知度が低く、ハードワークで低賃金、それが残念でならない。
それでもうちは良い方ではあるが、
まだまだかえせてないと思う。
獣医の姿こそ、目立つが、真のヒーローは動物看護師だと私は思う。
動物を救うのは獣医、でも飼い主を救うのは動物看護師という側面がある。
今まで、何度アカネがいた事で必要な処置がスムーズにできた事か。
飼い主としても、カワイイペットは救いたい。でもこの獣医に任せていいのか。そう言う悩みを抱える事がある。
これは飼い主にとって、とんでもない重たい選択だ。
だって愛犬や愛猫は家族も同然、しかも自分で手術の同意ができるわけではない。
手術にはリスクがある。
手術をしても助からない可能性だってある。
すると、痛い思い、怖い思いをさせて手術する事が罪にも感じる。
この選択で、強めのペットロスを引き起こすことすらある。
そんな悶々とした、出口のない苦しみをもった飼い主さんに寄り添っているのが動物看護師。
獣医の背中を守ってくれるのが動物看護師なんだ。
神さま、私を獣医にさせたいなら、アカネのような動物看護師を……。
私の隣に頼む。
獣医だけでは、動物達は救えないんだ。