モフモフ狂いの獣医
あぁ~このモフリぐわい……
この毛並み……アハアハ
へへへ、あれ……よだれでた
あっやば…
仕事行かないと……
私は自由間小五郎
田園風景が広がる郊外で、犬猫専門の動物病院を経営している。
繰り返そう。犬猫専門だ。
もう一度いう。犬猫専門だ。
私は病院についた。
動物看護師のアカネにおはようと声をかけ、診察室に入る。
白衣を着用して、缶コーヒーとチョココロネを食べる。
毎朝この繰り返しだ。
チョココロネは近くのパン屋で購入し、毎朝3つ食べる。
ただ忙しいので、毎週月曜日に、21個購入し、冷凍している。
出かける時に、冷凍庫から取り出し、病院までもってくる。
「先生。いいですか?」
アカネが呼んでいる。
私はチョココロネをくわえ、様子を見に行く。
「この方が……」
とアカネは言う。
やれやれ。
もう一度言う。
うちは犬猫専門だ。
つなぎの服を来た男からは、乾草のニオイがした。
馬……
牛……
どちらだろう。
「うちは犬猫専門なんですよ」
と私は言った。
「そこをなんとか……
ここであれば診てもらえると聞いたので」
と男は言った。
誰だ誰だ。
診察する時に、特別だから他の奴にはいうなよって何度も言ってるのに……
なんだあいつらの口は、紙粘土みたいに軽いな。
「状況は?」
私は仕方なく聞いた。
「馬が泡を吹いていて……」
男は言った。
「なにか変なものを食ったか?」
と私は聞いた。
あぁ面倒だ。
馬だろ。モフモフしてねぇじゃないか。
「わかりません。放牧していたら……」
男は言った。
すいぶん焦燥しているようだ。
しかしな、モフモフしてないしな。
「あれだ、馬はモフモフ……」
と私が言いかけると
「先生、午前中は休診になされますか?」
とアカネが聞いてきた。
「あっ」
「先生こちらへ」
とアカネが診察室まで、私を引っ張る。
「先生、馬はモフモフしてないから、断るって言いかけてましたよ。
こっちは休診にしますから、診察に行ってください。
つなぎ用意しておきますから」
とアカネに言われた。
アカネは受付に戻り、
「先生が往診に伺うので、車に乗せて行ってもらえますか?帰りもこちらまで連れて帰ってください」
と男に言った。
やれやれ、私はまた短毛種を見る事になった。
診察カバンに道具一式を詰め込む。
つなぎに着替え、男の軽トラに乗り込む。
男の軽トラには、缶コーヒーの空き缶が転がっていた。
私と同じ銘柄、
どうやら悪い男ではなさそうだ。
農場までは車で30分ほどかかった。
農場に入っていると黒い馬が暴れているのが見えた。
おや、あれはフリージアンじゃないか?
「あれはフリージアン?」
と私は聞いた。
男はうなづく。
フリージアンとは、オランダ原産の馬で、全身が黒、たてがみ・しっぽ・足の飾り毛が長く、モフモフ馬の代表格。
映画やショーでよく使われるが、まさかこんなところでお目にかかるとは。
「あの子は、ショー用なのか?」
と聞くと、男はうなづいた。
まさか、馬を診に来て、モフモフに出会えるとは、
なんと、今日はいい日なんだろう。
……
私が獣医を目指したのは、小学3年生の夏休みだった。
実は幼稚園の頃に、犬に追いかけられたことがきっかけで、犬や動物全般が嫌いになった。
しかし、近所に引っ越してきた家がサモエドを飼っていたことがきっかけで、私の動物への嫌悪感は消えた。
サモエドとは、シベリア原産の犬の品種で、スピッツ系(口が口吻がとがり、耳が立った犬)の体形で、シベリアンスピッツを呼ばれている。
いつも笑っているような口元をしており、温厚で社交的な性格、犬が苦手な私も、サモエドは大丈夫だった。
飼い主が、モフモフすると気持ちいいよというので、モフモフしてみたら、その毛並みのよさに私はメロメロになった。
つまり、わかりやすく説明すると、
動物の被毛に触れる行為、いわゆる「モフモフ触覚刺激」は、ヒトの皮膚に存在する C触覚線維(C-tactile afferents) を優位に賦活させる。
これら線維は、軽度の圧刺激や一定速度のなでる運動に対して強く反応し、視床下部や辺縁系に投射されることが知られている。
その結果、セロトニン作動性ニューロンの活動が促進され、脳内でのセロトニン濃度が上昇する。
セロトニンは情動安定・抗不安作用・快感情形成に関与する神経伝達物質であり、これにより 心理的安心感・満足感・幸福感 が誘発される。
こういう事だ。
つまり私のモフ好きは科学的に証明されており、決してオカシイことではない。
……
あのモフモフを愛でにいこう。
いや、治療しにいこう。
フリージアンを私は遠目に観察する。
よろめき、泡を吹くなどの異常行動を示している。
「この辺りに、すずらんの花に似た花を咲かせる木はないか?」
と私は聞いた。
「すずらん……。それでしたら、裏山に」
と男は言った。
「このモフ…フリージアンが行けるところか?」
と私は聞いた。男はうなづく。
馬酔木中毒か……
フリージアンは。黒いたてがみを振り乱し、前足で地面をかき、後ろ足を不規則に振り上げる。
馬酔木は馬が酔う木と書く。馬が酔うというと、猫のまたたびのように、問題がなさそうに感じるが、実は違う。
毒成分はグラヤノトキシン。作用は心筋や神経を異常に興奮させ、のちに麻痺させる。
放置すれば高確率で死ぬ危険な中毒だ。
私は手順を思い出す。
①胃洗浄で胃内容を排出
②活性炭で吸着
③輸液で毒素排出を助ける
④症状に応じて強心薬や抗痙攣薬
といったところか……
馬は体を痙攣させ、突進・後ろ蹴りを繰り返す。
「拘束具を用意しろ」
と私は叫ぶ。
農場のスタッフが慌てて拘束具を探し出す。
男が
「落ち着け!落ち着け!」
と声を張るも効果ない。
このままでは、死人が出るかもしれない。
私は焦る。
私は鎮静薬を入れた注射を手にし、フリージアンに近づいた。
その瞬間、馬の目がきらっとひかり、後肢が振り上がる。
「やばっ」
(どーん)
馬の脚が頭に直撃した、景色が暗くなっていく。
せめて……フリージアンをモフりたかった。