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帰る道  作者: 雑草
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[3-2]

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 結局、あの火事の原因はわからずじまいだった。

 生徒の間では、先週起きたパソコン室での小火騒ぎ同様、生徒の誰かが腹立ち紛れに放火したのではないかという噂が立ったが、確たる証拠もない上に前回の犯人もわかっていなかったということもあり、結局うやむやのまま興味が消えると同時に噂も聞こえなくなった。

 ただ、放火されたにせよ、その後の爆発と大火があまりにも異常だったため、その後もしばらく警察は動いていたようだった。しかし結局何の痕跡も証拠も見られなかったために、捜査は打ち切りとなったそうだ。最終的に、放火された火が保管されていた薬品に引火したのだろうということで世間の評価は落着し、何事もなかったかのように平穏な日常に戻っていった。


「こんにちわ」

 図書館の扉を開けながら桂介が言うと、いつものようにカウンターに座っていた角川が静かに笑いながら手を上げた。

「やあ、来たね。こんにちわ」

 そう言ってこちらを見る角川の隣には、私服姿の中学生らしき少年がにっこりと笑いながら立っていた。こんにちわ、と返された言葉に、桂介も笑顔で会釈を返す。

「依頼ですか?」

「いや、司書室は空いてるよ。今日はもう予定はないから好きに使っていい」

 いつもと変わらぬやり取りに、桂介は思わず小さく笑みを漏らした。

 図書館は、建物自体に損傷がなかったこともあり、あの日から二週間もしないうちに元の姿を取り戻していた。

 それでも二週間もかかったのは、図書館という性質上仕方のないことだった。北側の割れたガラスは次の日には新しく変えられていたが、大量に崩れ落ちた資料と本の分類と再整理は想像以上の重労働だったのである。

 この十日間、昼休み放課後と休むまもなく働かせ続けられていた各クラスの図書委員は、昨日やっと行われた作業終了の宣言と共に開放され、今日は久々に静かな図書館が戻ってきていた。

「君が高里くんでしょ?」

 カウンターに寄ったところで、角川の隣に居た人物に笑顔で声を掛けられ、「はぁ」と桂介は困惑した表情を浮かべた。

「どこかでお会いしましたっけ?」

「いや。でも直ちゃんからいつも聞いてるよ。かわいい助手が出来たって」

 そういって少年は嬉しそうに笑う。その表情を見て桂介はさらに困惑して角川を見た。自分より年下の人間が校内にいる理由もわからなかったし、『助手』という言葉にも引っかかった。いつの間にそういうことになっていたのだろうか。

 さらに、『直ちゃん』なる人物が目の前にいる我が校の生きた七不思議、角川のことを指している事に気付き、思わず激しく咽てしまった。

 そんな桂介の様子にぶっと男は噴き出した。角川はやれやれといった風に肩をすくめてみせる。

「こいつは東郷由紀だ。私の弟分みたいなものだと考えてくれればいい」

「弟分って……同じ年なんだから、そういう言い方ないでしょ?」

(と、年上かよ……)

 頬を膨らませて見せる東郷に、桂介は思わず唖然としてしまった。小柄な身長はもとより、ころころ変わる表情や明らかに童顔な顔つきは、とても同じ年代とは思えなかった。背の高い小学生と言われたほうがまだしっくりくる気がする。

「それで?今日は相方は?」

 文句を言い続ける東郷を無視して角川は桂介に顔を向けた。いつもと変わらぬやり取りに、桂介はもう一度ふっと笑った。

「今日は部活休みらしいんで、もうすぐ迎えに来ると思います。俺も、今日は鍵を返しに来ただけなんです」

 この間返し忘れていたので、と言って桂介はポケットから鍵を取り出した。

「すまないね、留守の間にそんな怪我までさせて」

 そういう角川の視線に気付いて、桂介はこめかみに手を当てた。右のこめかみ、ちょうど眉の上の辺りには、まだかさぶたに覆われた傷が残っていた。

 それを触りながら思わず口元に笑みを浮かべ、いえ、と桂介は答えた。

「けーすけー!」

 バタンっと大きな音を立てて扉が開き、騒々しく要が入って来た。一気に降り注ぐ図書室常連達からの冷ややかな視線を浴びて、ピタッと動きを止めて頭を下げながら抜き足差し足でカウンターへと向かってくる。それを笑いを堪えて眺めながら、桂介は角川に鍵を渡した。

「じゃあ、今日はこれで」

「ああ。また明日」

 会釈を二人に返して、桂介は扉に向けて歩き出した。

 初夏特有の晴れ晴れとした一日が終わろうとしていた。








[エピローグ]




 世界は赤く乾ききっていた。

 目に映る風景は、全く知らない世界のように色や形をなくし、ただ赤い光と黒い影のコントラストを成している。

(ここは、どこだろう)

 霞がかった頭でぼんやりと思った。自分はどこへ行くつもりだったのだろう――どこへ帰ろうと思っていたのだろう。

 今まで手をつないで道を示してくれた人は、もういない。

 ただただ悲しかった。けれど、乾ききった世界で涙も体内で乾ききったかのように、その目から一滴も流れることはなかった。泣くことも動くことも出来ず、ただただ一人、赤い世界で立ち尽くしていた。

「――どうしたの?お兄さん」

 突然聞こえた高い水の音のような声に、彼は思わず目を瞠った。いつの間にか、目の前で小さな少年がこちらを覗きこんでいた。

 小さい、といっても、年は彼とさほど変わらないように思えた。目の前にいる少年の目は幼いにしてはあまりにも大人びた目をしていたし、なおのこと同じ年ぐらいなのではないかと思われた。彼は周りと比べて背が高く、対する少年はかなり小柄だったから、目の前の少年からすれば年上に見えたのだろうか。

 目を瞠ったまま黙り込んでいる彼に、少年は首をかしげて再度声を掛けた。

「道に、迷ったの?」

 ゆっくりと言われた言葉に、彼は小さくうなずいた。先ほどまでの乾いた世界に、少しずつ水が染みこんでいくような気がして、深く息を吐いた。

 その様子に、少年は嬉しそうに目を細めた。一緒に探してあげるよ、といって手を差し出す。

 彼は少年と差し出された手を交互に見つめた。ほら、と再度少年が手を揺らしてみせる。こちらを覗きこんでくる蒼い双眸を見ていると、何故だか自然と心が落ち着いてくるのを感じた。

 差し出された手を、ゆっくりと握った。視界の向こうで夕日が沈むと共に、静かな夜の世界が訪れた。



<END>


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