エピローグ 合言葉(あいことば)は愛の言葉
後の始末は、家がやってくれるわ。そう万里愛さまは言った。屋敷の執事さんが運転する車に乗せられて、夜の道を私はお姉さまと共に運ばれた。
「もう遅い時間だから、私の家に泊まって。貴女のご家族には、上手く説明して宿泊の許可を取ってあるから」
お屋敷で私はお姉さまにされるがまま、学校の制服を脱がされ、一緒にお風呂へ入らされた。こんなに美しい方が私の身体を洗ってくれているのが、現実だとはとても思えない。どうして私なんかが、万里愛さまに関心を持たれたのだろう。その答えを知りたくて堪らない。
「パジャマのサイズが合って良かったわ。私とペアの物を用意してた甲斐があったわね。ベッドでお話しましょう。何を聞かれても、ちゃんと答えるから」
お姉さまの自室で、一緒にベッドへ入る。疲れてはいたけど、目は冴えていて眠れそうにないから照明は点けたままだ。お揃いの、青のパジャマ姿で、何を尋ねようか私は考えた。
きっと聞くべきことは多いのだろう。倉餅家は、これまで何をやってきたのか。重ねてきた罪の数は? お姉さまは、どこまで家のことに関わってきたのか。そして────何人、殺めたことがあるのか。だけど一番、私が聞きたいことは違った。
「あの……お姉さまは、私を愛してますか?」
「もちろんよ、当たり前じゃない!」
予想外の質問だったようで、お姉さまが慌てている。そ、そうだよね。愛されてるよね、私。そうでなかったら、誘拐された私を助けに来なかっただろうし。
「ご、ごめんなさい。お姉さまの愛情を疑うようなことを言って。でも気になるんです、どうして私だったんだろうって」
「うーん、何から説明するべきか……。じゃあ、まず私の愛を証明しましょうか。ついでに私の、能力の説明も兼ねてね」
そう言うと、万里愛さまは自らの身体を青い光で包んだ。毛布が持ち上がって、お姉さまの身体がバリアで保護された状態なのだとわかる。
「これが、貴女も連想しただろうけど、ゲームで言えばパリィしている状態ね。拳銃の弾や、それ以外でも毒ガスとか、とにかく私に害を与えるものを遮断できるの。当然、素手の攻撃も問題なく防げるわ。じゃあ、私の首を、軽く絞めてみてくれる?」
「えぇっ? したくないです、そんなこと。第一、私の方がダメージを受けちゃうのでは?」
「色々と心配なのはわかるけど、これが説明には手っ取り早いの。ね、お願い」
そう言われると私は逆らえない。そもそも逆らいたいとも思わない。言われた通り、私は首元へ手を伸ばした。
「あれ……触れます。私の手が青い光を通過して、お姉さまの首に触れてますね。バリアを解除したんですか?」
「そうじゃないのよ。もう私は、貴女に逆らえないの。だって愛してしまったから」
意味がわからない。お姉さまの首は細くて、傷つけるのが怖くて私は両手を引いて戻した。
「私の能力ってね、つまりは排他的なのよ。自分に都合の悪いものを全て、遮断する能力で。でも、私が心から受け入れたい存在は遮断できないの。思い出してほしいんだけど、去年、私が貴女を野球部のボールから守ったでしょう? あの時もパリィの能力を使ったのよ。そうでないと、素手で硬球なんか取れないわ」
「そ、そうなんですか。あれ? でも、あの時、私は肩を抱かれてましたけど……」
あの時、お姉さまは左手で私の肩を抱いて、右手でボールを取った。まるで私とお姉さまが、一緒にバリアの中に入っているような状態で。
「そう。私はあの瞬間、貴女を受け入れてしまった。家に秘密が多くて、学校の誰にも気を許せなかった私が、無防備な貴女のことは離したくなかったの。運命的だと思ったわ。それに付け加えると、私の能力って教授ができるのよ。バリアの中に受け入れられる人間は、能力と相性がいいのね。倉餅家は能力を一部の人間へ教えて、能力者を育てて養子にすることでも発展していったの」
お姉さまが熱い口調で、ベッドで私の手を握る。
「もう私の能力は、貴女には通用しない。私は貴女に逆らえないし、何をされても恨まないわ。倉餅家や私のことを受け入れられないのなら、破滅させてくれてもいい。……でも貴女は、そんなことをしないでしょう?」
甘えるような、私の全てを理解しているような声だった。そして、お姉さまは正しい。私だって万里愛さまには逆らえないのだ。今やお姉さまと私は、写し鏡のようにそっくりな存在であった。
「パリィ、パリィ、パリィ」、「パリィ、パリィ、パリィ。ごきげんよう、お姉さま」
冬休みが明けて、学校で私と万里愛さまは挨拶を交わす。周囲の視線も気にならない。パリィの能力は、つまるところ愛だ。愛しい存在だけを受け入れて、その他を拒絶する、とても狭量な愛の能力。退廃的な二人だけの楽園を私たちは築いていく。
「将来、倉餅家に貴女を迎え入れるわ。本当に後悔しないわね?」
「する訳がありませんわ、お姉さま」
万里愛さまからの能力の教授は、少しずつ進んでいる。日本を良くするという目的が、お姉さまの家にはあるみたいだけど、あまり高邁な思想は私にない。お姉さまの役に立てれば、それで私は満足だ。
「パリィ、パリィ、パリィ」、「パリィ、パリィ、パリィ。また後ほど、お姉さま」
恋は盲目という。その通りだ。周囲など見ずに、私たちは今日も愛の合言葉を囀り合った。