夏休みの思い出
高校に、姉妹制度というものがある訳ではないけれど。私は二年生である倉餅万里愛さまを「お姉さま」と呼べばいいだけなので、難しいことは何もない。公式な制度ではないので、私と万里愛さまだけの秘め事である。
お付き合いを通してわかったのは、お姉さまが自分本位な方だということだった。既に考えが確立していて、およそ他人の意見に興味がない。宗教の教祖をイメージしてもらえれば、万里愛さまの姿を理解してもらえると思う。
生徒会や部活にも所属していなくて、お姉さまが興味を持っているのは自分自身と、『妹』になった私だけで。ひょっとしたら友だちもいないのかもだけど、私だって友人なんか存在しなかったのだから問題ない。私から見れば、お姉さまは完璧そのものだった。
「ほら。これが、私が作っているゲームよ」
そう言って、お姉さまが招待してくれた自宅(と言うより、大きな屋敷である)で、私にパソコンの画面を見せてくれたのは去年の夏休みだった。ちなみに私が男性に誘拐されるのは冬休みの時期だが、それは後の話だ。
「画面が綺麗……。プロが作ったテレビゲームみたいですね。動きも滑らかです」
「大げさよぉ。嬉しいから、もっと言ってほしいけれど。まだ未完成だし、背景の出来もキャラクターの数が少ないのも不満なんだけどね。趣味で作ってるから、こんなものよ」
お姉さまが嬉しそうに、柔らかな表情で笑う。学校では隙など見せない、クールなスーパーお嬢さまキャラだけど、私と二人でいる時にはこんな顔を見せてくれるのだ。そう思うと特別扱いをされているようで、とっても幸せな気分になった。
「少し、ゲームで遊んでみてくれる? 他の人がプレイをした感想を聞きたいの。これまでは自分が作ったゲームを、自分で動かしてきただけだから」
「……お家の方とかは、プレイされないんですか?」
「みんな、忙しくてね。不仲という訳じゃないけど、私の家は、少し特殊だから」
万里愛さまが、ちょっと寂しげに笑った。お姉さまの部屋にあるパソコンは、私は詳しくないけれどデスクトップ型というのか、最高級品の大きなものである。普通の学生は持てないような高価さで、金銭的には恵まれているのだろうけど、それ以外の面で万里愛さまは幸せなのだろうかと思った。
「わかりました。テストプレイをさせていただきます、お姉さま」
努めて明るく言って、大きな椅子(ゲーミングチェアというらしい)に座らせてもらう。これも大きなモニターがゲーム画面で、私は慣れないキーボード操作でゲームを始めてみた。
「ねぇ、ゲームをしながらでいいから、私の話を聞いて。というか、私の家の話かな」
「はい、お姉さま」
何となく、大事なことを言おうとしている気がした。だからこそ、あえて私にゲームをさせて、正面から向かい合うことを避けているような。別れ話の類ではなさそうなので、ただ私は万里愛さまの話を全て受け入れるとだけ決めた。
「私の家ってさ、大きいでしょ。つまりは、お金があるのよ。古くは江戸時代から栄えた家らしくてね。特殊な才能を持った人を養子に迎えることで、繁栄していったんだって」
そんな風に話は始まった。お姉さまは明言しなかったけど、今も養子を迎える制度は続いているようで。ひょっとしたら複雑な家庭で、家族関係での苦労があるのかなぁと思った。
「それで、色んな人を外部から、養子で迎え入れたからかな。わが倉餅家は、様々な思想を持った人間が集まったのよ。幕末の頃は江戸幕府が倒れかけてて、ご先祖さまは新しい時代が来ることを予見してて。それで悟ったのね。つまり国や政府は、絶対の存在ではないって」
以下、お姉さまの話は、このように続いた。倉餅家は明治時代以降、様々な方面に繋がりを求めていったのだと。それは国内のみならず、国外にまで人脈は広がって。その立場は政府を支持する者、そうでない者など様々だったそうだ。
「坂本竜馬だって、江戸幕府から見ればテロリストみたいな存在だったんじゃないかしら。でも今の時代から見れば、肯定的な評価をされているわよね。時代が変われば価値観も変わる。時代が変わっても生き残るためには、様々な価値観に対応できた方がいい……。そんな考えで、倉餅家は時に、反社会的な存在とも繋がってきた。『悪いお金持ちの家』って訳ね。案外、そういう家って多いのかもしれないけど」
たぶん意識的に、淡々とした口調で万里愛さまが話して、一息を吐いた。私はモニターだけを見て、テストプレイを続けている。
「……私もね、家のことにはある程度、関わっているのよ。その中には貴女に言いたくないような、褒められない行為も含まれてる。いつか、全てを話すわ。その時に貴女が、どう判断しても構わない。無理に受け入れる必要はないし、貴女の判断の結果が私を破滅させてもいい。こんなことを言われても、困っちゃうだろうけど」
ちらちらとお姉さまが、私の横顔へ視線を向けている気配を感じる。不安げな気配があって、私は何かを言うべきであるようだ。なので私は、ゲームの手を止めた。
「とりあえず、ちょっと私には、このゲームは難しいみたいです。お手本を見せてください」
笑いかけると、お姉さまが驚いた顔で静止している。こんな表情を見るのは初めてだなぁと思いながら、私はゲーミングチェアから立ち上がる。
「積もる話は、いつでも伺います。全部、受け入れますので。ご心配なさらず、お姉さま」
私は正義の味方でも何でもない。ただただ万里愛さまに心酔しているだけの愚かな小娘だ。
「……いいわ、完璧なプレイを披露してあげる。よーく見ててね」
お姉さまがチェアに腰掛ける。長い髪が揺れて、この背中を追いかけていたいと私は願った。