退学エンドが追加されました!
アンナ・カロッテは元平民の男爵令嬢であった。
お忍びで市井に訪れていた父と、平民の中でも富裕層向けのお洒落なカフェで働いていた母が出会い、そうして恋に落ち生まれたのがアンナである。
だがしかし、その時父には婚約者がいて、その結婚は避けられないものであった。
いっそ二人、手に手を取って駆け落ちを――という考えもよぎったが、結局のところ現実的ではないそれを実行する事もなく。
二人は一時の恋だったと自分たちに言い聞かせ、そうしてお別れしたのだ。
まぁその後で母は妊娠した事に気付き、一人で産み育てる決心をしたのだが。
アンナは幼いある日の事、ふと唐突に自分が前世、日本という国で生まれ育っていた事を思いだした。そして、ここが自分が死ぬ前に遊んでいたゲームの世界とほぼ同じである事にも気付いた。
母一人子一人、子育てするために母は必死に働いて、そうして身体を壊してしまった。
もっと早くに思い出していたら、せめて何かできたかもしれないと悔やんだものの、どのみちまだ幼かったアンナにできる事などたかが知れていた。
このまま母が死んだら、自分はこれからどうなってしまうんだろう……? そんな不安もあった。
ゲームの内容はふんわりとしか覚えていないし、本当にゲームの通りになってくれるかもわからなかったからだ。
自分はそのゲームのヒロインだったから、もしこれから先その通りに進むのだとしたら、父が自分を引き取ってくれるはずだ。
そう思っても、本当にそうなるかはわからなかった。
だがしかし、母が亡くなる直前で父がやって来たのだ。
父は母の事を忘れた日などなかったそうだが、しかし結婚し妻になった女に母の存在が知られたら果たしてどうなるかわかったものではなかったので、こちらと接触を図る事もできなかったのだとか。
けれどもつい先日、その妻が階段から足を滑らせ転落し、打ちどころが悪く死んでしまった。葬儀を済ませ、そうして急いで母の居場所を調べ迎えに来たものの……結果は少しばかり手遅れだった。
最期に一目、愛する人に会えたからか母の死に顔は安らかであった。
父が結婚していた妻は、まだ子を産んでいなかった。跡取りがいない。
そして、母がいなくなってたった一人になった娘。
その娘は男にとって最愛の女と自分の子である。
であれば、男がアンナを引き取るのは至極当然の流れであった。
ここでアンナはやっぱりゲーム通りの展開になるのね! と思ってしまった。
自分はこの世界のヒロインなのだと。
であれば、これから先通う事になる学園で、様々な出会いが待っているのだと!
素敵な男性が多くいる学園で、将来結婚する相手を見つけて幸せになるのだと。
そう、ゲームの通りであるならば、そうなるのだからとアンナは自分の未来が輝いていると思い込んでしまった。
ゲームのタイトルはさておき、内容はいたって単純だ。
貴族の仲間入りを果たしたアンナが貴族たちの通う学園に入学し、そしてそこで運命の恋と出会う。
まぁ、身も蓋も無く言えばそんなありふれた代物であった。
普段は天真爛漫なヒロインだけど、ふとした瞬間陰のある美少女にもなる。それは母に先立たれた事からくる悲しみか、それとも――
みたいな感じでヒロインのキャラ紹介には書かれていた。成程ギャップを狙うのね、とアンナは単純に納得していた。ゲームの内容はふんわりとしか覚えていないけれど、まぁ似たような内容の話もいっぱいあったし、そういうのの傾向からどうにかやっていけるでしょう、と。
結果として。
一年目をどうにかこなし、いざ二年目! となったところで。
アンナは退学処分を受ける事となった。
学園の、ほぼ毎日生徒たちが通る場所。そこにある掲示板にデカデカと白い紙が貼られ、そこには以下の者を退学処分とする、というなんとも不名誉な一文が記されていたのだ。
そしてそこには、何度見ても間違うことなくアンナの名前が記されていた。
毎日ほぼ全生徒が確実に通る場所だから、見ていませんでしたは通用しない。
たとえ本当に見ていなかったとしても、誰かしら情報を教えてくれるので「えー? うそー? 知らなかったぁ」はどう足掻いても通用しないのだ。
え、何それ、どういう事? ゲームではこんな展開なかったはずなのに……と呆然とその紙を見ていたアンナではあるが、周囲から聞こえたクスクスという笑い声に咄嗟に声がした方を見れば、女子生徒のみならず男子生徒までもが笑っていた。
紙にはただ退学処分とする、と書かれているだけで理由まではなかった。
何かの間違いではないのか。
冗談にしては性質が悪すぎる。
それよりも、これ、もしかしなくても……
あの女が何かしたんじゃないかしら……!?
アンナの思考は自然とそちらへ傾いた。
攻略対象の男性と仲の良い女性、婚約者でもある彼女たち。
攻略対象によってアンナの前に立ちはだかる悪役令嬢である。
きっとそうだ、そうに違いない。
そう思って一体何をしたのかと本人に突撃をかまそうとしたものの。
そもそもクラスが違うので。
高位貴族と低位貴族とでは、学ぶ内容も半分くらい異なる。
それもあって、学舎が異なるのだ。
自分が通う学舎ではない方へ行こうとすれば、こういう事情があってこちらに来ましたよ、というような届を提出しなければならない。それも無しに足を踏み入れようとした事で、アンナは守衛にしっかり阻まれ、悪役令嬢がいる教室へ行く事すらできなかったのである。
退学処分を受けたといっても、学園には自分の教科書だとか多少の私物がある。
机の中やロッカーの中を片付けなければならない。
片付けなくてもいいが、その場合は置いていった荷物は全て処分される。
それもあってアンナはどうして自分がこんな目にッ!! と思いながらも一先ずは自分の教室を目指したのである。
教室に足を踏み入れれば、少しばかり賑わっていた教室内が途端しんと静まり返った。
そうして少しの間をおいてからひそひそとした話し声と、先程掲示板の前でもあったような、嘲るような笑い声。
アンナの在籍していたクラスは、大半が男爵家の令嬢か令息で、時々一代限りの爵位である準男爵だとか、騎士爵の者がいるくらいだ。
あとは、本当にごく少数、特待生として平民がいる。
とはいえ、その平民だって商家の出身であるだとか、低位貴族に近しい者であったりだとかの一言で平民といっても、かつてのアンナと比べるのも烏滸がましいような存在である。
自分に向けられる嘲笑にイライラしたものの、流石に全員に食って掛かるには分が悪い。
退学処分となった以上、今日の授業に参加しようとしても恐らくは無理だろう。さっさと荷物まとめて出ていけ、と言われるのがオチだ。
どうせなら荷物を整理している振りをして時間を引き延ばして若干の授業妨害でもしてやろうか、という思いすら浮かんでくる。
だがそれもあまり度が過ぎれば、途中で教室から叩き出されてしまうかもしれなかった。
そうこうしているうちに、教室に教師が入ってくる。
このクラスの担任は、筋骨隆々の、いかにも体育教師ですと言わんばかりの見た目の男性だった。
実際は体育教師ではなく、元騎士団所属らしいが。
「お、なんだアンナ、お前まだいたのか。早いところ荷物片づけて帰れよ」
退学になるなど、そもそも学園の生徒として、というか貴族として致命的な恥である。
それ故に本来ならば有り得ない事ではあるのだが、それでも過去、退学者がいなかったわけではない。
しかし基本的にプライドの高い生徒。いつまでも恥を晒してなるものかと大抵は速やかに荷物を片付けて、ホームルームが始まる前に風のように去っていく事が多かった。
故に、こうして教師がやってくるまで教室に残っていたアンナは逆に珍しいものを見る目を向けられたのだ。
「なんで、なんで退学なんですか納得いきません!」
間違いなくあの悪役令嬢が何かしたんだと思ってはいるものの、本人に直談判できなかった事もあって、思わずアンナは目の前の教師に食って掛かった。
「なんでって……当然だろうよ。自覚もないのか。致命的だな」
片眉を跳ね上げ、ついでに肩を竦めてみせた教師のその動作は、どこかコミカルでそれが余計に馬鹿にされているように感じられた。
「あー。まぁ、今日の一時間目は自習になる事が決まったから、それじゃついでにこの悲しいくらいに頭の悪いアンナにわかるように、説明してやろうと思う。最後の餞ってやつだな」
教師の言葉に生徒たちが堪えきれないとばかりに笑う。
ぎっ、と音がしそうな勢いで睨むも、しかし誰もアンナの事など恐れてすらいなかった。
「まず最初に。ここは貴族が通う学園で、貴族には身分階級が存在する。ここまではいいか? というか常識だからここで躓かれるともうどうしようもないんだが」
「それはわかってます!」
初っ端から馬鹿にされていると思えるような言い方だったので、つい噛みつくような言い方で返してしまった。
「わかってるならなんでやったんだ……」
とはいえ、教師は逆にあきれ果てていたが。
「お前、向こうの学舎に近づいて、高位貴族のお坊ちゃんとお近づきになろうとしていただろう。
馴れ馴れしく高位貴族にこっちから話しかけるのがマナー違反だってのはわかってるよな?
何度も注意されてたもんな? まさか注意された事すら覚えてないとか言わないよな?」
「それは……確かに、言われました」
「そう、言われた。だったら一度で理解すればいいのにお前は何度もやらかした。
しかもだ、お前が話しかける相手ってほとんど令息だったな?
お前学園に何しに来たんだ男漁りか」
その言葉にアンナはカッと顔を赤くした。恥ずかしさで、というよりは怒りで。
セクハラですよ! と言いたくなったがこの世界に悲しいかなセクハラという言葉はない。
「高位貴族のお坊ちゃんにコナかけて愛人目指してるんだかなんだか知らないけどな、まぁ普通に迷惑なんだわ。苦情が何件もきた。俺にも上から言われて、だから注意もしたよな?」
「愛人なんて……そんな」
目指していたのは愛人なんてものではない。お嫁さんだ。だがそれを言おうにも教師の迫力と生徒たちの白けた態度で言い出せなかった。
「愛人目指してないならなんだよ。まさか本妻か? 婚約者がいる相手の、本妻予定の令嬢押しのけてお前が? 馬鹿も休み休み言え。大抵の家は家同士で結んだ婚約だぞ。お前の一存でそれらがどうこうなるものじゃない。
それにこれも言われたよな、婚約者がいる異性にみだりに近づくものではない」
確かにその言葉は何度も言われた。
お相手の婚約者だろう令嬢から何度も。
だが、自分はヒロインだと思っているアンナはその言葉を一切合切全部無視し続けたのだ。
「そんな貴族の常識なんて知らないわ!」
だからこそ、思わずアンナは今まで令嬢に言ったように教師にもそう叫んでいた。
うわ……
マジかよ……
どうしようもないな……
そんな、明らかに嘲るような声が周囲であがる。
「貴族じゃなくたって恋人がいる相手に割り込んだら充分非常識だろうが。平民だったら婚約者がいても馴れ馴れしく異性にコナかけていいっていうのか? 違うだろ」
もうこれ以上呆れた声なんて出せないんじゃないか、というくらい教師の声があきれ返っている。
確かに教師の言う通り、平民だろうと結婚の約束をしている相手に割り込めば、いい顔をされるわけがない。下手をすれば人の男に手ぇ出すんじゃないよ! と女にボコボコにされる事だって有り得る。
性別が逆で男性がやらかした場合、相手の男に殺されたって文句は言えなかったりもするのだ。
「政略結婚だから愛がない、から割り込んでいいと思っているなら大間違いだ。政略だろうと結ばれた時点でお互い歩み寄ろうとしているし、結果として恋愛結婚だと言われてもわからないくらい相思相愛になった、なんてのはいくらでもある。それで、お前はそういう相手にも割り込んだんだよ」
おかげで苦情が大量だった。なんて言われてしまえば、アンナは政略結婚なら愛がない、とかいうのを今更のように言えるはずもない。
「で、アンナ、お前ここに何しに来たんだった? 貴族として家に引き取られて、これから貴族として生きていく事になったんだろ? そりゃあ最初は平民の時と比べて、違いは色々あっただろうさ。だからな、皆そういう意味では多少大目に見てたんだよ」
あきれ返っていた教師の声は相変わらずだが、その目はなんだかとても残念な物を見る目をしている。
そうだ、確かにアンナは今までの生活から一転して、慣れない生活に苦労していた。
貴族の事がよくわからなくて、という言葉も何度だって免罪符のように使った事もある。
主に、悪役令嬢に貴族としての在り方を問われた時だとか。
「でもな? お前年いくつだ。もう小さな子供とは言えないんだぞ。散々注意されてたのに、一年経っても何にも覚えない成長しない、じゃなぁ……」
そう言われて、アンナはようやくどうしてこうなったのかを自覚しつつあった。
「成績だって良くなかった。とはいえ、成績が悪かったから今までの注意もマトモに理解できなかった、と周囲は捉えるようになってきたんだけどな……
成績が悪くても、せめて自主的にわからない部分を聞きにくるだとか、自分で調べようとしていただとか、そういうのがあればまた違ったんだけどな……」
学ぶ意欲もなければ、学習するつもりもなく、注意された事を改めようという気もない。
そうして高位貴族の令息に言い寄るのだけは人一倍熱心……とくれば、まぁ真面目に学園で学ぼうとしている者――取り分けアンナに絡まれている令息からすれば大変いい迷惑である。
最初のほんの一月くらいは、それでも貴族というものが珍しくて、舞い上がっているのだろう、と周囲も一応好意的に見ようとしていたらしいのだが、しかしその態度がいつまでたっても改善されないどころか、むしろ悪化していく一方となれば……
「カロッテ家はほら、少し前に夫人が事故で死んでしまったから、当主も大変なのはわかってるんだよ。そこでまぁ、自分の子だっていうのを引き取っても男爵も忙しいのに変わりはないから、教育が不十分であろうとも学園でどうにか学んでもらえれば、というのも周囲は一応汲んでた。
実際男爵からご迷惑をかける事があるかもしれないが、と事前に頭下げられてたからな。
だから、まぁ、苦情については学園で留めておいたし、他の家も直接カロッテ家に抗議の手紙なんて出さなかった。少し前まではな。
だがなぁ……何事にも限度はあるんだ。
一年経ってもちっとも成長しないどころか好き勝手振舞うばっかりで、これ以上の見込み無し、そう判断されたんだよ。お前は」
ここがゲームの中であったなら、成績が悪かろうと退学エンドとかいうものが存在していなければどれだけ成績が最底辺だろうと学園に在籍はできていた。
だがここはゲームの中ではない。よく似た現実だった。
そして、一年も時間があったのに態度を改めるどころかますます悪化するような生徒を、学園がいつまでも置いておくつもりがないのは当然の流れでもあったのだ。
ここが前世のような義務教育であったならまた話は違っただろう。けれども学園は、貴族が通うのは義務ではあるけれど、しかし何をしても退学にならないわけではない。
むしろその義務すら果たせないと判断された貴族は家を継ぐ資格もなければ、マトモな貴族として仕事に就く事すら不適格である、という烙印を押されるのだ。
「恐らくはもう今頃実家の方にも連絡がいってる。いくら父親が貴族だろうと、貴族令嬢としての先はもうない」
「あ……」
そう言われて、遅すぎるけれども理解してしまった。
前世であったなら、やれ人権団体だとかの集団を味方につければ、不当な退学を強要されただとか、そういう風に世間を騒がせれば和解したという体で退学を取り消しだとか、はたまた慰謝料をもらって何食わぬ顔で他の学校へ転校だとか、まぁ、できないわけではなかった。
とはいえ情報社会である以上、ネットの海で醜聞が残り続けるだろうけれども。
まぁ、実際にやらかした場合、周囲は腫物を扱うように関わろうとしないか、はたまた利用しようと近づくかの二択で人間不信まっしぐらになる可能性もあるのだけれど。
だがここにはそういった団体は存在しないし、したとしてもアンナに伝手はない。
そうだ、これから貴族令嬢として生きていかなければならないというのに、その貴族としての常識もマトモに理解できていないような奴が、貴族としてあり続けられるはずがないのだ。
どうして今までそんな簡単な事に気付けなかったのだろう。
しかも、これがまだ小さな子どもであるなら仕方がないな、と周囲ももうちょっと猶予をくれていたとは思う。
けれどもアンナはもう何もわからない幼い子どもではなかったし、じきに成人になろうという年頃の娘であった。
「あまりにも何度も注意しても改善する兆しもないし、反省している様子もないし、正直大勢がお前の知能に問題があるのではないか、と訴えたりもしている。白痴とまでは思っていないだろうけれど、その一歩手前くらいには思われていると理解してくれ」
「うっ……」
ドストレートすぎる言葉に、アンナは思わず胸をおさえた。
頭の病気かもしれないと周囲から思われていたと言われるくらいに酷かったのだ。しかもアンナは今までその自覚さえなかった。
自分はヒロインなのだから、何をしたって最終的には上手くいくと、そう信じていたが故に。
今から心を入れ替えます! なんて言ったところで手遅れなのはアンナでも理解できてしまった。
そもそも退学はとうに学園で決定されてしまったし、更には家にも連絡がいったのだと言うのだ。
今からここでアンナが何をどう言ったところで、撤回される事はないだろう。
心を入れ替える、なんて今更言われてもという話だし、ましてや頭の病気を偽装してだからもう少し猶予が欲しい、なんて言ったとしてもその場合は、病気が治る見込みがあるのかにもよるが最悪処分される可能性も出てくる。
ここは前世みたいに病気を患った人に対して優しい世界ではない。人権なんて認められているのは本当にごく一部の特権階級くらいなものだ。
そして、そんな特権階級の人たちからアンナは、病気を疑われるレベルで頭が悪く、礼儀もマナーもなっていない男漁りにやって来た言葉を喋るだけの猿みたいな認識である、と突きつけられたのだ。
自分の認識では可愛い可愛いヒロインちゃん♪ だったのに、周囲の認識があまりにもかけ離れすぎている。
「一年様子を見てもなんにも学ぶ気配もなかったお前にこの学園にいる資格はない、と大勢の生徒から苦情が来たし、それを鑑みて学園長が退学の決断を下した。
ここまで言われたら退学になったのも理解できたか? これでもできないってなったら、もうどうしようもないぞ」
わかったらさっさと荷物片づけて帰れよ、と言われて。
正直アンナとしては学園を辞めたくはなかった。
けれども、もう手遅れなのも理解してしまった。
周囲のコソコソと自分の事を言っているだろう会話や、クスクスと押し殺したような笑いの中を、泣きださないようにしながら先生に言われたように荷物を片付ける事しかアンナにもうできる事はなかったのだ。
そうして、荷物を持って学園を出てトボトボとした足取りで家に帰れば、とっくに連絡が来ていたようで。
父は、とても残念なものを見る目で迎えてくれた。
愛する人との子だからこそ、彼女にできなかった分まで幸せにしてあげたいとは思うのだけれど。
そう前置きされて、あぁ、それも無理なんだな、とアンナは思った。
今まで学園でアンナがやらかした迷惑行為のせいで、アンナは高位貴族に目をつけられてしまったも同然なのだ。正直今日まで生きていられた事が奇跡だと思う程に。
このままアンナを家に置いておくと、カロッテ家ごと潰されかねない。
だからこそ、アンナはもう一度平民に戻る事になる。
しかもこのまま国に残れば、平民に戻ったアンナが積極的に貴族と関わる事はないだろうけれど、それでも目障りだと思う者がいないとも限らない。
男爵が守るにしても、アンナに目をつけているのは高位貴族だ。
守りたくとも守れない。
男爵の所に届けられた抗議の手紙にも、アンナさえいなくなれば家ごと潰すつもりはない、というような事をとっても遠回しに伝えてくれた手紙は沢山あった。
そう、沢山なのである。
そんな手紙を送ってきた家が一同手を組んで行動したら、カロッテ家どころか親類縁者全てが消される可能性すら有り得る。
愛した人の娘だから。
守りたい気持ちはあるけれど。
けどそれは、自分を含めた親類全てを犠牲にしてまで……と考えたら土台無理な話だったのだ。
平民に戻った後は、隣かさらにもう一つ隣の国あたりまで行くように言われて、アンナは大いに戸惑った。
馴染みもない国にたった一人で行かなくてはならない。
母が死んで、お墓がある国から出て、見知らぬ土地にたった一人で。
そうして生きていかなければならないというのは、アンナにとって不安しかなかった。
いやだここに残りたい、というのは簡単だが、男爵はもうアンナを家に置いておくつもりはないようだし、残った場合アンナが敵に回したいずれかの家の貴族の手によって殺されるかもしれない。
死んでも国に残りたい、とまでは思っていなかった。できる事なら死にたくはない。
「多少の猶予は与えられているから。温情に感謝しなさい」
そう言われてしまえば、いやだとごねる事など無理だった。
本音を言えば勿論出ていきたくはない。けれど、そうやってごねたとして、父にまで叱られてしまったら、と考えたなら。
アンナはもう大人しく言われるままに出ていくしかなかったのだ。
何でこんな事に……と思ったところで、全てはアンナが貴族の仲間入りを果たしたくせに貴族としてのルールもマナーも常識も何一つ学ばなかった結果である。
かくして、アンナは最低限の荷物と男爵からの施しによる多少の生活費を持って、長い旅路に出る事となったのだ。
ゲームだったら間違いなくバッドエンドだろう事はわかるけれど、こんな展開はゲームにはなかった。
そう、ゲームではないのだ。
そんな簡単な事にようやく気付いたアンナの未来がどうなるのかは……アンナにもわからなかった。
アンナのお父さんの人生も割と今後お先真っ暗。首の皮一枚繋がってる感じ。
次回投稿予定の短編は異世界恋愛系世界観の愛とか全部終わった後の話。恋愛はないからその他ジャンルでの投稿になりますいつも通りだね(´・ω・`)
文字数少なめで今回と同じくらいだからサックリ読めるはず。