保護は嬉しいけど婚約はできません 1
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ぴかぴか光っている女神像を前に、わたしは茫然と立ち尽くしていた。
触れてわかった。
やっぱりこの女神像は魔術具の一種で、聖女の力――聖力に反応して光るようだ。
だが今は、予想が当たったことに喜んでいる場合じゃない。
……なんで?
何故、女神像がわたしに反応を示したのだろうか。
わたしの体内に流れているのは魔力で、聖力ではないはずだ。
魔力と聖力は相反する力である。千年前、聖女の力で魔力を無効化されたせいでわたしの同胞たちは滅ぼされた。
強い魔力を持っていた魔王であるお父様は、それでも完全には魔力を無効化されてはいなかったけれど、まともに魔術が使えなくなって、聖女と勇者に敗れてしまった。
温厚で、争いごとを嫌うお父様だったから、もともと攻撃魔術は得意ではなかったのだ。
お父様は最期まで、わたしやお母様、それから同胞のみんなを守るために戦った。守りながら戦ったのだ。お父様の魔力がいくら強くたって、聖女の力でいつも通りの力が発揮できない中、大勢を守りながら戦ったお父様は、圧倒的に分が悪かった。
そんなお父様を、笑いながら殺した勇者と聖女――
……聖女なんて、冗談じゃないわ。
わたしは女神像から手を離して、初代聖女ヘレナを模して作ったそれを睨みつける。
わたしが手を離しても少しの間光っていた女神像は、やがて元の石像に戻った。
シンと静まり返る礼拝堂の中で、ユリアだけが大声でわめきたてているけれど、何を叫んでいるのかわからない。
茫然としすぎて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「……エレオノーラ」
誰かがそっと、わたしの肩を引き寄せた。
ぼんやりと顔を上げると、ディートリヒの顔がある。
……ああそうだ。わたし、ディートリヒ様と一緒にいたんだ。
「大丈夫? エレオノーラ」
大丈夫かと言われれば大丈夫じゃない。
大声で叫んで、目の前のヘレナの姿をした女神像を粉々に破壊してしまいたい衝動が胸の中を渦巻いている。
転生したわたしはエレオノーラ・クラッセンで、魔王の娘サンドリアではない。それはわかっているけれど、サンドリアだった時の記憶が、わたしにどうしようもない憎しみを抱かせる。
……こいつさえ、ヘレナさえいなければ、お父様たちが殺されることはなかった。
この世に聖女さえいなければ――わたしたちが負けるはずはなかったのに。
そんな憎くて仕方のない聖女に、わたし自身が選ばれたなんて、吐き気がするほどの絶望だ。
シンと静まり返っていた礼拝堂の中は、少しずつざわめきが広がって、やがて誰かが手を叩いたのを皮切りに、万雷の拍手に包まれる。
その音の、なんて耳障りなことだろう。
やめて。
祝福なんてしないで。
わたしは魔王の娘サンドリアで、悪魔のような聖女なんかじゃない。
感情が抑えられなくなって震えはじめたわたしを、ディートリヒが抱きしめる。
「エレオノーラは体調がよくないようだ。それに先ほど突き飛ばされて怪我をしている。この場は失礼させてもらうよ」
わたしをこの場にとどまらせるのはよくないと思ったのか、ディートリヒが神官たちにそう言った。何かあればディートリヒに連絡するように告げた彼は、「ごめんね」と一言わたしに断ったあとで、ひょいっとわたしを横抱きに抱え上げた。
冷静な時のわたしだったら大慌てしそうな状況だったが、茫然としすぎていて何も感じない。
ディートリヒは宝物を扱うかのようにしっかりとわたしを抱きかかえて、ゆっくりと礼拝堂の中央を歩いていく。
出口の付近で、目と口を大きく開けて立ち尽くしていたゲオルグとカサンドラの姿が見えたけれど、やっぱりわたしは何も感じなかった。
……わたしは、聖女なんかじゃない。
ぐちゃぐちゃの感情は、わたしに正常な思考回路をもたらさない。
怒りたくて泣きたくて叫びたくて――それでいて、どうでもいい。
わたしはいったい、どうなってしまうのだろう。