消えたユリア
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ユリアの処刑はひっそりと行われることになった。
それは、ユリアが伯爵令嬢であるため、公開処刑にするにはさすがに外聞が悪かろうと、ジークレヒトが元婚約者の生家に対しての配慮を見せたかららしい。
聖女に選ばれたわたしも、家から出ているとはいえクラッセン伯爵家の人間だ。聖女の家から、それも聖女の異母妹が処刑までされることになった罪人だとは世間には公表するべきではないと言ったそうだ。
ユリアの処刑を強引に決定しておきながら、何とも違和感の残る言い分だとわたしは思ったが、ディートリヒはジークレヒトの言い分にも一理あると感じたらしい。
これはユリアやクラッセン伯爵への恩情ではなく、聖女に対して配慮しているのであって、別段ユリアの罪を軽くしてやろうという心づもりではないようだからだ。
その証拠に、ユリアはジークレヒト立会いのもと、王都の外の山奥でひっそりと処刑され、遺体はそのまま野ざらしにされることが決まったという。
つまりは、埋葬し墓を建てることすら許さないというのだ。
いくら何でもそれはあんまりではないかと思ったが、アレクサンダーは堕胎薬の件の犯人がユリアだと信じ込んでいて、彼女に対する怒りはすさまじいものがある。ジークレヒトのこの提案にも、それが当然だと否を唱えなかったと聞いた。
……いくら何でも、野ざらしはないでしょうに。
ユリアは嫌いだ。
だが、ユリアの処刑決定の流れに違和感が残るからなのか、処刑後の遺体がそのまま放置されると言うのは、気分のいいものではない。
……せめて埋葬くらいはしてあげたいわ。
王都に墓を建てることは不可能でも、処刑されたその場に埋めてやるくらいのことはしてやりたい。
わたしはディートリヒからユリアが処刑される場所を聞き出すと、処刑当日の夜、ディートリヒたちが寝静まった後で魔術で姿を消すと、離宮を抜け出した。
ここからユリアが処刑された山へは、歩いて行くと何時間もかかるだろう。
わたしは離宮の裏の厩舎へ向かった。
ここには馬車を引いてくれる馬たちが暮らしている。
姿を消していても動物は勘でわかるのか、わたしが近づくとそわそわしはじめた。
「しー。夜にごめんね。ちょっと連れて行ってほしいところがあるのよ」
わたしは動物と会話ができる。
わたしの言葉を聞いて、四頭いるうちの一頭がわたしの方に頭を寄せてきた。
『どこ?』
「王都を出てすぐのところにある西の山よ」
馬を駆ければ一時間もかからない場所だ。
馬にも魔術をかけるので、真夜中の王都を馬が爆走しても誰の目にも見えないだろう。まあ、蹄の音を消すことはできないので、違和感を覚える人たちも出るだろうが、姿が見えないので、風の音か何かだと勘違いしてくれるに違いない。
わたしに頭を寄せてきてくれた馬が「いいよ」と答えてくれたので、わたしは彼女に乗せてもらうことにした。
馬に魔術をかけてそーっと厩舎から出すと、彼女の背に乗せてもらう。
エレオノーラに転生してからは馬に乗ったことはないけれど、前世のサンドリアは乗馬が得意だった。姿が変わっても意外と覚えているものだ。
さすがに城の中で勢いよく走り出せば物音で大勢の人が起きてきそうなので、城を出るまではゆっくり歩き、出たところで一気に駆け出す。
王都の石畳の道に、蹄の音が高らかに響いた。
城で飼われていれば、思い切り駆けることが少ないのだろう、彼女はどこか楽しそうである。
わたしもわたしで、頬を風が撫でていく感触に懐かしさを覚えた。
残念ながら季節は冬で、風は刺すように冷たいので気持ちがいいとまでは言えなかったが、今世で馬に乗る機会があるとは思っていなかったので、寒いけれど楽しい。
分厚い夜着の上に分厚いコートとマフラーを巻いて、手袋とついでに耳当てまでつけているおかげか、寒いけれど凍えるほどでもない。
一時間もかからずにディートリヒから聞いていた山に到着したわたしは、魔術で姿を消したままの馬に山の入り口で待っていてくれるように告げて、慎重に山の中に足を踏み入れた。
魔術で視力を強化しているので、暗い中でもはっきり見える。
「処刑ってことは血の匂いがするはずだけど……」
わたしは嗅覚も魔術で強化して、くん、と鼻を動かした。
ユリアの処刑執行の時間は正確にはわからないが、今日の昼過ぎらしいとは聞いていた。
そのまま遺体が放置されているのならば血の匂いがしてもおかしくないのに、どこからもそんな匂いはしない。
……もしかして処刑には毒が使われたのかしら?
しかし、それならばわざわざ生きたまま山に連れて行って処刑と言うのもおかしい。埋葬しないと言うのが目的であっても、牢の中で毒を飲ませて、その後遺体を運んだ方が楽だろうからだ。
わたしは山の中をゆっくりと奥へ向けて歩いていく。
ここへ来るまでは雪なんて積もっていなかったが、山奥に向かうにつれて数日前の雪の残りが薄く積もっているところがあって、油断していると滑って転びそうになる。
「いくら何でもそんなに奥で処刑したりはしないでしょうに、なんでそれらしい匂いも気配もしないのかしら?」
山には熊をはじめ雑食の動物たちが多く生息している。熊はもう冬眠しているかもしれないが、冬眠しない動物もいるだろう。そんな彼らにとって、冬の食べ物が少ない時期の「動物の死骸」は最高のごちそうだ。ユリアが今日の昼過ぎに処刑されたのならば、その死骸に動物たちが群がっていてもおかしくない気もする。
動物に貪られた遺体ほど見たくないものはないけれど、ユリアを埋葬してやりたいと思ったのは自分だ。ここまで来て引き返せない。
「あ! ねえ!」
歩いていると、少し離れたところに狐が顔を出した。
冬の狐はもふっと膨らんでいてとってもかわいい。
「ここに、わたしくらいの女の子が連れて来られなかったかしら?」
すると狐はとことこと近くまで寄ってきて、考えるように首を横に傾けた。
『見たよ』
「どこ?」
『それはわからないけど。荷馬車に乗せられてあっちの方に連れていかれた』
「……荷馬車? 連れていかれた?」
たぶんそれは人違いだろう。
わたしは改めてこの山で殺された女の子がいなかったかと訊ねたが、狐は首を横に振って、今日この山に来た女の子は荷馬車で連れていかれた女の子ただ一人だと答えた。
不審に思って特徴を聞けば、ユリアの特徴と合致する。
……どういうこと?
わたしは眉を寄せた。
処刑されたはずのユリアの遺体がどこにもなくて、狐はユリアによく似た女の子が荷馬車に乗せられて連れていかれたという。
狐が示した先は方角で言えば西の方だ。
……何か変だわ。
わたしの中で違和感が膨れ上がる。
ユリアの処刑の立会人はジークレヒトだ。
ジークレヒトと執行人がユリアをここに連れてきて、別の誰かに渡した?
「まさか、最初からこれが狙いだった?」
だから処刑の決定を急がせ、処刑場所をここに決めた?
強引な推理かもしれないが、そうすれば辻褄が合う。
「あっちに連れていかれたのね?」
『うん』
連れていかれたのは今日の昼過ぎだ。追いかけたところでさすがに追いつけない。
……西、か。西って言えば、ジークレヒトのシュタウピッツ公爵家の領地があるわよね。
シュタウピッツ公爵領はドゥルンケル国の最西端にある。
領土はとても広く、海に面していて、他国との貿易が盛んだと聞いた。
……まさかユリアを他国に? ううん。さすがにそれはないでしょうね。じゃあ……、もしかしてユリアをかくまうことが目的かしら?
ジークレヒトはユリアの元婚約者だ。婚約中はユリアとジークレヒトはとても仲良くしていた。彼にユリアに対する情が残っていてもおかしくない。
……そうよ!
きっとジークレヒトはユリアを処刑したことにしてシュタウピッツ公爵領にかくまうつもりではなかろうか。
「ねえ、狐さん。その人たちはほかに何か言っていなかった?」
ジークレヒトがユリアをかくまう気ならばそれもいいだろう。
ユリアのことは嫌いだが、別に殺したいとまでは思わない。
ひっそりとでも生きていくことができるのならばそれに越したことはない。
狐は「うーん」と首をひねってから、大きく頷いた。
『そういえば、この女を繁殖に使えばいいとか言ってたよ』
「……はい?」
『誰かと番いにでもするのかな?』
わたしは理解が追いつかずに瞠目する。
……繁殖?
狐は違和感を抱いていない様子だが、その単語が人間に対して使われるのはいささかおかしい。
狐の聞き間違いだろうか。
胸の奥がざわりとする。
それが何かはわからない。
けれども、何かを見落としているような――何かに気づけていないような、焦燥に似た嫌な感覚だ。
……確かめなくちゃ。
わからない。わからないけれど、このまま放置してはいけない気がする。
わたしは狐にお礼を言うと、急いで山を駆け下りて馬にまたがると、王都に戻った。




