グレータ・シュタウピッツのお茶会 3
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温室が阿鼻叫喚の渦と化したのは、お茶会が終わる時間の少し前のことだった。
「見つけたわよ化け物ッ‼」
そんな叫び声とともに温室に飛び込んできた闖入者に、温室にいた令嬢や夫人たちが悲鳴を上げた。
わたしも声がした方を振り返って、大きく目を見開く。
目を血走らせて、淡いピンク色に輝く珍しい金髪を振り乱した姿は、以前お人形のように綺麗に綺麗に整えていた彼女からすれば見る影もないが、あれは間違いない。異母妹のユリアだ。
「なぜ彼女がここに?」
ディートリヒが息を呑んで、すぐにわたしを守るように前に出た。
ユリアの手には、鈍色に光る短剣が握られている。
そして「うわああああああああっ」と大声で叫びながらわたしに向かって突進してきた。
けれども、ユリアはわたしにたどり着くことすらできなかった。
ディートリヒが剣の柄に手をかけたとき、素早く動いたジークレヒトが、容赦なく彼女を斬りつけたからだ。
温室内に、再び大きな悲鳴が上がる。
それは、今後はユリア自身のものだ。
ユリアが温室に飛び込んできたときに悲鳴を上げた女性たちは、真っ青な顔で声もなく震えていた。
「やりすぎだ! ジークレヒト‼」
いち早く我に返ったディートリヒが叫ぶ。
けれど、切られて倒れこんだユリアに切っ先を向けたジークレヒトは、振り向きもせずに冷ややかに答えた。
「死ぬような傷は負わせていない。聖女に刃物を向けたのだ、この程度は当然だろう」
それは、罪人に対しては妥当かもしれないが、それが元婚約者に向けられたものだと考えると、あまりに冷酷な言葉に思えた。
「ジークレヒト様……どうして……」
痛みに顔をゆがめながら、ユリアがすがるようにジークレヒトを見上げる。
ジークレヒトはそれに構わず、ユリアが取り落とした短剣を遠くに蹴飛ばすと、乱暴に彼女を掴んで立ち上がらせた。
斬られているユリアは、激痛が走ったのだろう、甲高い悲鳴を上げる。
「ジークレヒト!」
「私はこのままこの罪人を城に運ぶ。聖女への暴行未遂だ、取り調べが必要だろう。陛下、よろしいでしょうか?」
「あ……ああ」
アレクサンダーがぱちぱちと目をしばたたき、やや表情を引き締めると、顎を引くようにして頷く。
王の許しを得て、ジークレヒトはユリアを連れて温室を出て行った。
けれど、騒ぎの元凶がいなくなったからと言って、温室の、凍り付いた空気がすぐに元に戻るかと言えばそうではない。
グレータが招待客たちに騒動の詫びを告げて、お茶会の終わりを宣言する。
「皆さま、ご気分が落ち着かれるまで、我が家のサロンでお休みください。気分の落ち着くハーブティーでもご用意いたしましょう」
グレータに促されて、招待客が、一人、また一人と温室を出て邸へ向かう。
わたしもディートリヒと国王夫妻とともにサロンへ向かうことにしたが、その際、ふと、温室の隅に転がっていた短剣を見つけて眉を寄せた。
……何故ユリアがここにいたのかしら。そして、何故あのような血迷った行動を取ったのかしら。
ユリアは我儘で直情的でお世辞にも聡明ではなかったが、それにしてもあの行動には違和感しか残らない。
……いったい何があったというの?
わたしはユリアに憎まれている。
けれども先ほどのユリアの行動には、それ以外の理由があったように思えてならなかった。




