ディートリヒ様は違うと思うのです 2
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その後、アレクサンダーがまだフランツィスカの側についているというので、わたしは一人パーティー会場に戻ることになった。
すると、大広間の扉の前で所在なさげに立っているディートリヒがいて、わたしは目を丸くしてしまった。
「ディートリヒ様、どうしたんですか?」
はしたなくならない程度に小走りで駆け寄ると、ディートリヒがあからさまに安堵した顔を作る。
「時間がかかっているみたいだから心配になってね。大丈夫だった?」
「王妃様は大丈夫です。今は落ち着いていらっしゃって……」
「そうじゃなくて、君が、なんだけど」
「……え?」
わたしはついぱちぱちと目をしばたたいた。
「陛下も王妃様もとてもお優しい人だとは知っているけど、その……」
……えーっと、もしかしなくても、わたしが何か言われたんじゃないかって心配していたってこと?
わたしの外見はこのとおり「魔族」と揶揄される黒髪に黒目だ。まあ実際に、魔族からの転生者だし、もっと言えば魔力を持っているので「魔族」とくくっても間違いはないのかもしれないが、ディートリヒはわたしがまた傷つけられるのではないかと心配しているのだろう。
……ディートリヒ様は本当に優しいわ。
やっぱり、彼が侍医に命じてフランツィスカに堕胎薬を飲ませたとは思えない。
というか、侍医が処方していた避妊薬に魔族が暮らしていた土地でしか生息していなかった薬草が使われていた時点で、わたしの中の容疑者はジークレヒトかもしくは彼の周辺の誰かに特定されていた。
とはいえ、確証が持てるまではディートリヒにフランツィスカの部屋で何があったのかを教えることはできない。
ディートリヒ相手に秘密を作ってしまったようで、わたしは罪悪感を覚えてしまった。
人間であれ魔族であれ、他人に秘密の一つも持たずに生きていくことはできないが、どうしてだろう、ディートリヒに秘密にするのがひどく後ろめたい。
すでにわたしは自身の前世のことやこの体に流れる魔力のことでディートリヒに秘密を作っているというのに、いまさらその秘密が一つ増えるだけでどうしてこんなにも心苦しく感じるのだろう。
「陛下からも王妃様からもひどいことなんて言われていませんよ。ただ、そのことで少しご相談があるんですが、それは帰ってからでもいいでしょうか?」
侍医の件は伏せて、昼に王妃のもとに通う許可をもらわなくてはならない。
わたしの言い回しに、ディートリヒはこの場では言いにくいことなのだと瞬時に判断して、微笑んで手を差し出してきた。
「あと少しでパーティーも終わるよ。終わるころには陛下も戻られるだろうから、それまで座って休んでいよう」
たぶん、アレクサンダーに呼ばれたわたしが何をしていたのかとか、王妃の容体とか、いろいろ聞きたいことがあるだろうに何も聞かないでいてくれるディートリヒは、きっと、わたしのことを信頼してくれているのだろう。
こんなに信頼してくれているのに、わたしは、彼が勇者の末裔と言うだけで、最後の一線を引いてしまう。
……ああ、そうか。
わたしがディートリヒに対して後ろめたく思う理由がわかった。
わたしは、ディートリヒを信頼しきれずに秘密を作ってしまうことが後ろめたいのだ。彼を信頼したいのに信頼しきれない自分が、後ろめたくて仕方がないのである。
たぶんだが、わたしはディートリヒを信頼したいのだと思う。
そして、それができない臆病な自分が、情けなくて後ろめたくて、嫌なのだ。




