王妃の異変
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「急にすまないな」
パーティー会場を出ると、アレクサンダーは申し訳なさそうな顔で言った。
会場で用件を伝えられなかったということはよほどのことだろうと、わたしが「いいえ」と告げると、彼は歩きながら小声で言う。
「妃の具合がどうもおかしいのだ。申し訳ないが、診てやってくれないだろうか」
体調不良で侍医に診てもらっていたフランツィスカ王妃だが、どうやら容体が悪化したらしい。
しかしわたしは侍医ではないので診たところで――と思いかけて、わたしは「聖女」だったのだと思いなおす。
聖女が持つとされる「聖力」はわたしの体のどこにも流れていないけれど、聖女に認定されたのだから周囲の人はその力がわたしに宿っているとみなすだろう。
……困ったなあ。
わたしは魔術が使えるので、聖力ではなく魔術での治癒なら行える。
そういう意味ではフランツィスカを診ることは可能だが、聖女の癒しと魔術的な癒しの差がわたしにはわからない。下手にやりすぎて訝しがられないかが心配だ。
……うーん、とりあえず、見てから考えよう。
国王がパーティーを中座してまでそばについていたいと思うほどフランツィスカの体調は思わしくなくて、さらにわたしを呼びに来たくらいに悪化したとなると、よほど切迫した状態である可能性が高い。
大広間を出て階段を上り、複雑で広い城の中をあっちこちっちに歩き回った後でようやく到着した王妃の部屋の扉は、四人の女性騎士が険しい顔をして厳重に守っていた。
両開きの荘厳な扉を開き、ベッドルームへ向かうと、大きなベッドの上で線の細い綺麗な女性が、額に脂汗を浮かべて荒い呼吸を繰り返していた。
ベッドの横には侍医らしき五十をいくらか超えたくらいの女性が座っている。
「フランツィスカ!」
アレクサンダーがたまらずと言った様子で叫んでベッドに駆け寄った。きゅっとフランツィスカの手を握って顔を覗き込む。
……陛下は王妃様がとても大切なのね。
貴族や王族は政略結婚がつきもので、中には冷めきった夫婦関係のところもあると聞くが、二人はどうやらそう言った貴族特有の義務的な結婚には当てはまらないのだろう。
「フランツィスカ、聖女が来てくれた。もう大丈夫だ」
アレクサンダーの呼びかけに、目も明けるのが辛そうだったフランツィスカがわずかに瞼を上げた。
わたしは急いでベッドに近づくと、アレクサンダーが握っているフランツィスカの手に自分の手を重ねる。
「失礼します……」
わたしは重ねた手から、微弱の魔力をフランツィスカの体に巡らせる。
いったい何が原因で彼女が苦しんでいるのかを調べようと思ったのだ。
ゆっくりと目を閉じてフランツィスカの体の悪いところを探る。
魔力が流れていくのに沿ってフランツィスカの体の様子を確かめていたわたしは、ハッと息を呑んだ。
そして、ベッドサイドの棚の上に置いてある薬湯の残りらしいものを見てから眉を寄せる。
「陛下、申し訳ありませんが、人払いをお願いします。陛下とわたし、そして王妃様の三人だけにしてください」
「なりません!」
わたしがそう言うと、侍医が一番に声を上げた。
「わたくしは侍医です。王妃様のお側にいる義務がございます! 大丈夫です陛下、薬湯も飲まれましたので、直に落ち着くと――」
「聖女の力は人の目にさらしてはならないものです。下がってください!」
侍医の話を最後まで聞いている余裕はなく、わたしは声を張り上げる。
フランツィスカの容体は一刻を争うものだ。
アレクサンダーはわたしの焦りを感じ取ったのか、侍医を含めて侍女たちも全員部屋の中から追い出した。
侍医だけは最後まで抵抗を見せていたが、アレクサンダーが呼んだ騎士に無理やり引きずられていく。
部屋の中に三人だけになると、わたしはホッと息を吐き出して、フランツィスカの腹部に手を当てた。
「私も目を背けていたほうがいいか?」
「いえ、すみません。聖女の力を人の目にさらしてはいけないと言ったのは嘘です」
「は?」
「あとでご説明します。先に王妃様を……」
わたしは目を閉じて集中すると、腹部に慎重に癒しの魔術を使った。
わたしの手から淡い光が溢れて、フランツィスカの腹部にしみこむようにして消えていく。
……お願い、間に合って……!
しばらく癒しをかけ続けていると、フランツィスカはほぅっと息を吐き出した。
先ほどまで真っ青な顔をしていたフランツィスカは、穏やかな微笑みを浮かべて、安心したように微笑んでいる。
「よかった……」
無事に癒しをかけ終わると、わたしは先ほどまで侍医が座っていた側へ回って、薬湯の残りを手に取ると鼻を近づけた。
……やっぱりね。
わたしは確信を持って顔を上げる。
「王妃様。この薬を飲むように持って来たのは侍医ですよね?」
「え? ええ……」
王妃が困ったような顔で微笑んだ。
そしてさりげなさを装って腹部に手を添えたのを見て、わたしは大きく頷いた。その手の動きでわかる。この薬は、フランツィスカが「効果がわかっていて」頼んだものではない。
わたしは声を落とすと、アレクサンダーとフランツィスカを見比べて、静かに言った。
「王妃様が体調不良だったのは、妊娠なさっているからです。そして体調が悪化したのは、この薬湯が堕胎薬だったからですよ」
アレクサンダーとフランツィスカが、ほぼ同時に息を呑んだ。




