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元魔王の娘が聖女に転生っておかしくないですか?~前世でわたしを殺した勇者の末裔に言い寄られても困ります!~  作者: 狭山ひびき


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ジークレヒトは鬱陶しいです

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 アレクサンダー国王が退出したあとから、わたしに挨拶をしたいと言う人がたくさん押しかけてくるようになった。

 ディートリヒやヨゼフィーネ、ハルネスが対処してくれるので、基本的にはわたしは座ったまま笑顔を浮かべておくだけでよかったが、数が数なので笑みを作っているだけでも疲れる。

 ディートリヒによれば、挨拶に来た人に変に声をかけると聖女が興味を持ったとかなんとか面倒くさいことになるらしい。だからよほどのことがない限り口は開かない方がいいと言われたけれど、挨拶に来る人来る人がわたしから何とか言葉を引き出そうと躍起になるため、黙っているのも大変だ。


 ……まあ人が大勢来るおかげで、ジークレヒトが近づいてこないというメリットはあるけどね。


 わたしが疲れたのがわかったのだろう、ディートリヒが挨拶の列が途切れた隙を見て、私の手を取って立ち上がらせた。


「気晴らしに踊りに行こう。ダンスの最中なら声をかけられたりしないだろうから」


 なるほど、ずっと同じところに座ったままでいるから、みんなわたしが暇だと思って挨拶に来るのか。確かに、動いていたら忙しそうだから遠慮してくれるわよね。

 わたしは名案だと頷いて、ディートリヒとともにダンスホールへ向かう。

 ダンスホールへ向かっている途中も何人かが話しかけに来たが、それはディートリヒがかわしてくれた。


 ……今更かもしれないけど、わたしって、ディートリヒ様に守られてばっかりね。


 出会ったときから今日まで、幾度となく助けられ、守られて、大切にされている。

 それなのにわたしは、ディートリヒに何も返すことができない。

 彼がわたしに示してくれた気持ちにも、わたしはやっぱり応えられなくて――もしかしたら一生応えられないままかもしれないのに、ディートリヒはわたしに思いに対する「対価」を求めない。


 ディートリヒがわたしに示してくれる感情は、もしかしたら無償の愛と言うやつなのだろうか。

 何も返せないわたしを大切にしてくれるディートリヒに、わたしも何か返したいと思うけれど、わたしは彼に返せるものを何も持っていないのだ。


 ……ディートリヒ様のことは嫌いではないし、千年前の勇者と彼が別物だと言うこともわかっているけど、でも……。


 ディートリヒの中には千年前の勇者の血が流れているのだと思うと、どうしても嫌な記憶が呼び覚まされて、彼の背後に勇者の面影を見てしまう。

 もしディートリヒが、千年前の勇者の血を引いていなければ、何も考えずに彼の手を取れたかもしれない。


 ……前世のことを記憶しているからかしら、わたしはずいぶん、千年前の記憶と感情に引っ張られてしまうみたいね。


 わたしはただの「エレオノーラ」としては過ごせない。エレオノーラであり、魔王の娘のサンドリアでもあるのだ。だからディートリヒのことをただの「ディートリヒ」ではなく、勇者の末裔のディートリヒとして見てしまう。

 ディートリヒが素敵な人だと言うのはわかっているけれど、彼の身に流れる血のせいで、わたしはどうしても彼と勇者を切り離してみることができない。


「エレオノーラ?」


 頭一つ高いディートリヒが、わたしを心配そうに見下ろした。


「なんだかぼーっとしてるけど、疲れた? やっぱりダンスはやめておこうか?」


 ダンスホールの前でそう訊ねられた。


「大丈夫です。ちょっと考え事をしていただけですから」

「それならいいけど。……ああ、ちょうど曲が終わったね。行こう」


 先ほどまで奏でられていた曲が終わり、踊っている人たちが一礼してダンスホールから出てくる。

 ディートリヒに手を引かれて、わたしは出てくる人と入れ替わりでダンスホールへ入った。

 ダンスも、淑女教育の教師に教わったことの一つだ。


 ディートリヒは忙しいので、ダンスの練習はオイゲンをはじめとする使用人のみんなが務めてくれた。

 千年前にもダンスは存在したが、昔と今とではダンスの型が違うし、人間と魔族でも異なるので、今のダンスの作法を覚えるのには少々手こずったが、男性がリードするという点では同じだったので、慣れてしまえばなんとかなった。


「ダンスうまいね。はじめてだと思ったけど、違った?」

「練習以外でははじめてですよ」

「それにしては慣れている気がするよ」


 まあ、現代のダンスがはじめてなだけで、前世では何度も経験がある。魔王の娘だったので、パーティーではダンスに誘われることも多かったのだ。

 ディートリヒは最初こそ様子見で難しいステップを入れていなかったが、わたしが踊れるとわかると、少々複雑なステップを入れはじめた。まるでわたしがどこまで踊れるのかを試しているみたいでもあり、ちょっと勝負心を起こしてしまったわたしは、彼に挑発されるままに難易度の高いステップを踏んでいく。


 ディートリヒが面白そうにくすくす笑って、わたしの腰に手を添えて軽く抱え上げると、その場でくるくるとターンを入れた。


「……もしかしなくても、遊んでます?」


 なんとなくそんな気がしたので訊いてみると、ディートリヒが悪戯が見つかった子供のような顔をする。


 ……まったくもう。


 ディートリヒはダンスが好きなのだろうか。とても楽しそうだ。

 わたしのダンスレベルを正しく推し量ったディートリヒは、そのあともやたらと派手なステップを踏み、ターンをきめ――わたしの勘違いでなければ、この場はディートリヒの独壇場だった。


 どうやらやたらと難易度の高いダンスを披露することで、このあとでわたしをダンスに誘おうと考えている男性たちを牽制する狙いがあったらしいというのは、パーティーの後でヨゼフィーネに教えられたことだ。

 ヨゼフィーネは苦笑して「子供っぽいことをして、本当に仕方がない子だわ」と言って肩をすくめていた。


 さて、そんなダンスも終盤に差し掛かり、最後に三回ほど大きくターンを決めたところで曲が終わる。

 わたしはディートリヒとともに一礼してダンスホールから出ると、そのまま彼に連れられて席へ戻ろうとした。

 けれども、そんなわたしたちの行く手を阻むようにジークレヒトがやって来た。

 ディートリヒがやたらと派手なダンスを踊ったせいで目立ってしまったわたしたちに話しかけてくるなんて、ジークレヒトもなかなか肝が据わっている。


「エレオノーラ、私とも一曲踊ってもらえないかな?」


 ディートリヒのレベルの高いダンスを見た直後に誘いに来ることができるなんて、ジークレヒトはよほどダンスに自信があるようだ。

 艶やかな金髪を撫でつけたジークレヒトはとても貴公子然としていてご婦人方の注目の的だが、わたしはこいつの最悪な中身を知っているため、優雅に腰を折ってダンスに誘われても、これっぽっちもときめかない。


 ……だけど……。


 わたしはちらりとジークレヒトの胸元を見る。

 赤い薔薇の横にひっそりと挿されている幻惑草。

 見た目は細く貧弱でどこにでもある雑草そのものなので、きっと誰も気がつかないだろうし、気がついたところで雑草と区別はつかないだろう。

 オイゲンが借りてきてくれた薬草図鑑にも載っていなかったことを考えると、千年の間に生態が変化し人間の暮らす国でも生存できるように適応したとしても、これ自体の効能についてはあまり知られていないと思われる。


 しかし、その幻惑草を二回も持ち出してきたジークレヒトは、この草の香りがもたらす効果を正しく理解していると考えていいだろう。

 一回ならただの偶然でも、二回はない。しかも今回はわざわざ胸元に挿しているのだ。花束のときと違って、花を束ねる時に偶然入り込んだという可能性は低い。


 ……でも、こんなものを持ちだして、ジークレヒトは何が目的なのかしら?


 幻惑草の香りは、微弱の惚れ薬のような効果をもたらす。

 厄介なのは、この香りが男女関係なく作用するという点だ。

 けれども、少し嗅いだくらいでは、軽い酩酊感や眩暈を感じる程度で、それほど強く効果が表れるわけではない。

 香りに対する依存度も少なく、常習性は生まないし、ましてや魔族相手にはほとんど効果が表れない草だった。ゆえに、この草が使われたのは対人間に対してだけで、例えば魔族がどうしても用事があって人間の国に行かなければならない時などに襲われないよう、相手の思考を鈍らせるために使ったりしていたのだ。


 その幻惑草を、ジークレヒトはどこで手に入れ、何のために胸に挿しているのか。

 ジークレヒトと関わるのは嫌だが、幻惑草のことは気になって、わたしは彼の誘いを受けるべきか断るべきか逡巡した。

 けれども、悩んでいるうちにディートリヒがわたしを引き寄せ断ってしまう。


「すまないが、エレオノーラは疲れているのでね」

「私はお前と違ってゆっくりと踊るから問題ないと思うが?」

「ゆっくりだろうとなんだろうと、疲れている女性を無理やりダンスに誘うのは紳士のすることではないだろう?」


 ディートリヒとジークレヒトが睨みあう。

 険悪な雰囲気を隠そうともしない二人のせいで、周囲には人が集まりはじめていた。


 ……これ以上注目を浴びるのはよくないと思うけど、どうしたものかしら。


 ディートリヒは引かないだろう。そしてジークレヒトも、そう簡単にあきらめるとは思えない。

 あれだけ毛嫌いしていたわたしに対して求婚してきたくらいだ、「聖女」は王太子選抜の上でかなり重要な駒になるのだろう。

 ジークレヒトが求婚してきたときには驚いたが、今ならばわかる。

 ジークレヒトは聖女の可能性が高かったからユリアと婚約し、そしてユリアが聖女でなかったから婚約を破棄した。そして魔族だと罵っていた女が聖女に選ばれたから、手のひらを返して求婚してきている。つまりは彼は「聖女」という肩書にしか興味がなく、その肩書を持った女を手に入れるためなら多少の恥や外聞はきれいさっぱり無視をするタイプらしい。


 ……そうまでして王太子の地位が欲しいものかしらね?


 ジークレヒトはプライドが高い人間のように思えたが、違った。彼のプライドはぺらっぺらだ。

 そんな薄っぺらい矜持の持ち主であるジークレヒトは、どれだけ注目を集めようと、ここは一歩も引かないはずである。

 もめればもめるだけ人が集まってくるので、ここはジークレヒトの手を取った方がいいだろうか。ジークレヒトは嫌いだが、幻惑草について探りを入れるには、今がチャンスのようにも思える。


「ディートリヒ様、わたしは……」


 構わないので一曲踊ってくると、わたしが言いかけたときだった。


「エレオノーラ」


 低くて泰然とした声が響いたと思うと、先ほど退席したはずの国王アレクサンダーがこちらに歩いてくるのが見えた。

 ディートリヒもジークレヒトも、アレクサンダーの登場に慌てて表情を正し、一礼する。

 アレクサンダーはどこか急いでいる様子で、足早にこちらに近づいてくると、ちらりとディートリヒを見た後で言った。


「少し聖女を借りたい。いいだろうか?」


 もちろん、国王の申し出に否を唱えられる人間はこの場にはいないだろう。

 ディートリヒは一瞬怪訝そうな顔をしたけれど、わたしが頷くと、アレクサンダーに向かって了承を告げる。

 アレクサンダーの用事が何かはわからないが、急用であるのは間違いないだろう。


 幻惑草のことは気になったけれど、わたしはこの場で確かめるのは諦めて、アレクサンダーの後についてパーティー会場を後にした。






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