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淑女教育を受けることになりました 2

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 そろそろヨゼフィーネが到着するころだと教えられて、お昼過ぎにわたしは玄関ホールへ向かった。

 公爵夫人の来訪とあって、玄関ホールには手の空いている使用人が全員集まって、ぴしっと二列に整列している。


 わたしがオイゲンとともに彼らの間に立って待っていると、間もなく、一台の馬車が到着した。

 さすが公爵家と感心するほど優美な馬車の扉が開いて、銀髪、紫の瞳の、四十前後ほどの線の細い女性が従者の手を借りて降りてくる。


 彼女がヨゼフィーネ・ケルヒェンだろう。

 目元がディートリヒと似ていて、穏やかで優しそうな雰囲気だ。


「お会いできて光栄です、ケルヒェン公爵夫人」


 わたしが挨拶をすると、ヨゼフィーネはにこりと微笑んだ。


「こちらこそ、急に押しかけてごめんなさいね。それからわたくしのことはヨゼフィーネと呼んでくださいな。……なんならお義母様でもいいけれど」

「え?」

「ふふふ」


 目を丸くしたわたしに、ヨゼフィーネは冗談とも本気とも読めない笑みを浮かべる。


 ……さ、さすが公爵夫人。否定の言葉を封じられてしまったわ。


 相手が冗談で言っているのか本気で言っているのかわからない以上、わたしも先ほどの言葉は流すしかない。

 ディートリヒから好きだとは言われたがわたしはそれを受け入れていないので、ヨゼフィーネのことは義母とは呼べない。


 おそらくヨゼフィーネも知っているのだろうが、ここでわたしに否定の言葉を飲み込ませることで、この先の可能性を残したのは間違いなかった。……ここが離宮で、公の場でないことが救いだわ。これを公の場でやられると厄介だったものね。


 ……でも、わたしも負けていられないわよ。これでも魔王の娘だったんですからね。


 わたしは笑顔を作ると、すっと奥へ手のひらを向けた。


「サロンにご案内します、ヨゼフィーネ様」


 ヨゼフィーネの名前を強調して呼ぶと、彼女はおやと目を丸くした後で「仕方がないわね」と肩をすくめる。

 義母と呼んでもいいと言われた直後にあえてヨゼフィーネの名前の強調することで、わたしは線引きを入れてみたのだが、その意図は伝わったようだ。

 ディートリヒ様との関係は、今のところこの先の展開は考えてはいませんよ、という意図が。


 サロンに案内すると、すぐにティーセットが準備される。

 長らく待たせないことで、来訪を心待ちにしていましたよという意味になるのだそうだ。逆に長く待たせると「歓迎していないんだけど」という意味にもなるという。


 ……人間の社交って、口に出さないことも多くて面倒くさそうね。


 魔族は腹の探り合いを「面倒くさい」と考える人が多かったので、「何も言わずに察する」と言う場面は少なかった。結構何でも口に出していたからだ。

 わたしはあまり腹芸が得意ではないのだが、これに慣れる日はくるのだろうか。


 ティーセットが用意されると、わたしはまず、これまでのことについてお礼を言った。

 ヨゼフィーネは「気にしないで」と微笑んでから、「あんなことしかできなかったけれど」と続ける。


 いつだったかディートリヒがわたしを小屋から助け出したいと言ったことがあったが、わたしが断ったせいであの時はそれが実現しなかった。

 ディートリヒが両親の許可なくあのような発言をするはずがないから、ヨゼフィーネも承知していたのだろう。わたしがあのとき頼らなかったのを遠回しに責められているのだろうかと思ったが、微笑んでいるヨゼフィーネからは悪感情を感じなかったので、そういうわけではなさそうだ。


「今日ここに来たのは、あなたに確認したいことがあったからなの。ディートリヒに言っても全然取り次いでくれないから、このような形になってしまったわ。まったくあの子ったら、困ることになるのよと言っても聞く耳持たないんだもの」

「困ること?」


 もしかして、わたしの変な噂が広まったりしているのだろうか。

 ディートリヒがわたしを保護したことで、彼にも悪い評判がついてしまった、とか?

 さーと顔から血の気が引いたが、ヨゼフィーネはそれには気づいていないようで、頬に手を当ててため息をつきながら続けた。


「二週間後にあなたのお披露目のパーティーがあるでしょう? その準備のことなのだけど……」

「……お披露目?」

「え?」


 何のことだろうと首をひねると、逆にヨゼフィーネが驚いたような顔をした。


「まあ、まさかエレオノーラ、あなた知らないの? 二週間後にお城であなたのお披露目のパーティーがあるのよ!」

「え?」


 今度はわたし驚く番だった。

 オイゲンを見ると、バツが悪そうな顔になっているので、どうやら彼は知っているようだ。


「オイゲン! どういうことなの!」


 ヨゼフィーネは、すぐさまオイゲンを問い詰めた。

 オイゲンは視線を逸らしたが、追及から逃げられないとわかったのだろう、仕方がなさそうな顔で白状する。


「……ディートリヒ様が、当日は体調不良と言うことにして欠席させる、と」

「なんですって⁉」

「エレオノーラ様には、パーティーはご負担だろうとお考えのようでして……」


 オイゲンの言う通り、確かにパーティーは負担だ。大勢の人の前にはあまり行きたくない。だが、わたしのお披露目パーティーと言うからにはわたしが主役なのではなかろうか。主役が仮病を使って欠席しても許されるものなの?


 ……うーん、ダメだと思うんだけど……。


 ヨゼフィーネもわたしと同じ考えに至ったようだ。


「そんなこと許されるはずないでしょう! 悪い評判でも立ったらどうするの‼」


 ですよねー。


 ディートリヒはわたしの精神面をとても優先してくれるけれど、いくら何でもこれは無理だ。強行すればあとあとディートリヒの立場が悪くなる。

 ヨゼフィーネは額に手を当てた。


「欠席させるつもりだったってことは、つまり、何も準備していないのね? あと二週間しかないのよ! 十日前には決定していたのに、あの子は本当に何をしているの⁉」


 貴族女性の準備はとても時間がかかる。

 ドレス一つとっても、作るのに何日も、下手をすれば何週間もかかるのだ。

 ましてや、お披露目パーティーの主役はわたしであるから、変な格好はできない。

 ヨゼフィーネは天井を仰いで嘆いたが、さすが公爵夫人。パーティーの場数を踏んでいるだけあって、彼女の切り替えは早かった。


「オイゲン、今からマダム・コレットに連絡を入れて大至急こちらに来るように言いなさい! 装飾品は我が家にあるものを運ばせます」

「し、しかし奥様、ディートリヒ様は……」

「あの子の言うことは無視して結構! お披露目パーティーの欠席なんてそんな大それたことができるはずないでしょう! 急ぎなさい!」

「かしこまりました」


 オイゲンはちょっとの間躊躇ったが、すぐに頭を下げて部屋を飛び出して行く。

 ぽかんとしていると、ヨゼフィーネはわたしに向き直った。


「髪も少し整えたほうがいいわね。それから、エレオノーラ、あなた、ダンスはできて? 社交の経験は?」


 ダンスと言われて思い出すのは千年前のことだが、今と千年前、しかも人間と魔族では絶対にダンスの作法が違うはずだ。

 それから社交も人間と魔族では作法が違いすぎてまったく参考にならない。


「どちらもありません」

「ああ、そうよね、わかっていたけれど……間に合うかしら?」


 わたしの境遇を知っているヨゼフィーネは、口元に手を当てて何やらぶつぶつ呟きはじめた。


「ディートリヒにフォローさせるにしても基礎ができていないと難しいわ。そうよね。二週間……。最低限のものだけなら間に合う? エレオノーラ、ちょっと紅茶を飲んでみてくれないかしら? ああ、所作はとても綺麗ね。ええ、いける気がしてきたわ」


 よくわからないが、これは無駄な口を挟まず黙っておいた方が賢明そうだ。

 それからヨゼフィーネは、メイドを数人呼びつけると、公爵家に使いに行かせた。

 どうやらわたしのために淑女教育の教師を手配するらしい。


 ……うん、なんかそんな気はしたわ。


 さすがにわたしも、知識が一切ない状態でパーティーに臨むのは不安だった。

 この様子だとわたしは間違いなく二週間後のお披露目パーティーに出席することになるのだろうから、それならばヨゼフィーネの好意に甘えて教師を手配してもらった方がいい。


「エレオノーラ、任せて頂戴。未来の義母として、わたくしがどこに出しても恥ずかしくないご令嬢に仕上げて見せるわ!」


 あれ、いつの間にヨゼフィーネは未来の義母になったのだろう。


 けれどもわたしが口を挟む隙はなく、ヨゼフィーネは息巻いて部屋を出て行ってしまった。





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