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淑女教育を受けることになりました 1

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 それは、わたしがディートリヒの離宮で暮らしはじめて十日余りがたった日のことだった。


「え? 公爵夫人が?」


 朝、ディートリヒを仕事に送り出したあと、部屋で薬草の図鑑を読んでいると、執事のオイゲンが呼びに来た。

 なんでも、ディートリヒの母ヨゼフィーネ・ケルヒェン公爵夫人から連絡が入ったらしい。

 急なことだが、ヨゼフィーネが今日の午後にこちらへ来るという。


「ディートリヒ様に連絡をした方がいいですよね?」


 仕事を邪魔するのは忍びないが、ヨゼフィーネはきっとディートリヒに会いに来るのだろう。そう思って訊ねると、オイゲンが困ったように眉尻を下げた。


「いえ、奥様はエレオノーラ様にお会いになりたいみたいです。その……ディートリヒ様には連絡をするな、と」

「ええ⁉」


 それは一体どういうことだろうかと驚いていると、オイゲンが今日の訪問に至るまでのことを教えてくれた。


「それが、奥様からは数日前からこちらに訪問したいと連絡が何度も入っていたのです。ですが、ディートリヒ様がすべて却下しておりまして……。おそらく、業を煮やして強行突破なさることに決めたのだと思われます」

「ええー……」


 ヨゼフィーネがこちらに来たいと言っていたのにも驚いたが、それをディートリヒが却下していたというのにもびっくりした。なんでだろう。


「ええっと、ディートリヒ様と公爵夫人は、仲が悪いんですか?」

「決してそういうわけでは! その、エレオノーラ様はこちらで生活をはじめたばかりですし、他人との面談は疲れるだろうからとディートリヒ様が……」


 オイゲンによればヨゼフィーネだけではなく、王都にいる貴族の多くがわたしと会いたいと連絡を入れていたそうだ。

 ディートリヒはそれらすべてを、エレオノーラの負担になるからと言って断っていたらしい。

 確かに大勢の貴族がかわるがわる押しかけてきたらとっても疲れただろうし、精神的にも参っただろうから、ディートリヒの心遣いはありがたいけれど、まさか実の母親まで突っぱねていたとは思わなかった。


 ……でも、言われてみたらそうよね。だってわたし、一応聖女になったんだし。そりゃあ、誰もが会いたいと言うわよね。


 聖女が神聖視されているのはわたしもわかっている。

 わたしに暴言を吐き突き飛ばしたことでユリアに不敬罪が適用されたことを考えても、聖女に選ばれた時点でわたしはかなりの権力者になったはずだ。

 国王に並び立つとまでは言わないけれど、少なくとも、貴族たちがこぞって媚を売りたい存在になったことは間違いない。


 ……化け物って罵られていたわたしが一躍国の権力者か。皮肉なものね。


 そのせいで貴族たちは、わたしに顔と名前を覚えてもらおうと躍起になるのだ。

 はっきり言って、もみ手すり手でへつらってくる貴族たちの相手をするのは非常に面倒くさいし、可能ならば避けて通りたいので、ディートリヒが気を回してくれたのならばそれを撤回してもらおうとはこれっぽっちも思わない。


 しかしヨゼフィーネとは会っておくべきだろう。

 ディートリヒはわたしが十歳の時から世話を焼いてくれて、何かと小屋に差し入れなどをしてくれていたが、それらはすべてディートリヒの話を聞いたヨゼフィーネと、彼女の夫である王弟ハルネス・ケルヒェン公爵が許可を出し、手配をしてくれたから叶ったことだ。


 つまりは、わたしはディートリヒと同じく、ケルヒェン公爵夫妻にも多大なる恩があるのである。


「どうされますか? 気が進まないのであれば……」

「ううん、大丈夫です。せっかくいらっしゃってくださるのならもちろんお会いします。ただ……お迎えの準備がよくわからないんですよね」


 わたしはその昔、魔王の娘だった。つまり王女である。人間と魔族との間に交流はなかったから、わたしが誰かを歓待したことは一度もない。もちろん、魔族の国にも貴族はいたけれど、身分はわたしの方が上だったから、下手にわたしが歓待しようすれば相手を困らせるのだ。

 身分が上の人間は、下の人間を必要以上に歓待してはいけないのである。


 けれども今のわたしは、伯爵令嬢だ。聖女という面倒な形容詞がくっついたせいで複雑になっているけれど、それを取っ払えばもちろん公爵夫人の方が身分が上である。さらには面倒を見てくれているディートリヒの母親であるから、わたしが歓待しても何ら問題ない。


 ……というか、知らん顔してたら感じが悪すぎるわ。


「そう言うことでしたら、我々で準備をいたしますので問題ございません。エレオノーラ様はお時間になりましたら玄関ホールでお出迎えしてくだされば大丈夫です」

「わかりました。じゃあ、お願いします」


 ケルヒェン公爵家で勤めていたオイゲンが手配してくれるなら間違いはないだろう。


 わたしは安心して、ヨゼフィーネが来る午後まで、図鑑の続きを読むことにした。




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