第102話 婚約破棄
前回のあらすじ
任務の報告をした
デオンさんとの話を終えた後、少し雑務をこなした後に帰路へと着いた。
僕の実家であるマニューシャ家は一応は爵位持ちの家で、この王都にある屋敷の他に離れた場所に小さいながらも領地を所有している。
一応、と言うのは、この爵位が少々特殊で、このフランソワ王国にしかない聖騎士爵と言う爵位だったからだ。
この聖騎士爵は権限としては侯爵と同等で、フランソワ王国建国時からフランソワ王家を支えてきた騎士達に与えられた特別な騎士爵だった。
今王国内で聖騎士爵を名乗れるのは、ウチも含めて十二家しかない。
その十二家の人間も、騎士や官僚として今も王家を支えている。
閑話休題。
徒歩で王城から屋敷へと戻ると、正門の前に一台の馬車が停まっている事に気付いた。
それに気付いた守衛が、僕に声を掛けてくる。
「ああ。お帰りなさい、坊っちゃん」
「ただいま。ところで、この馬車は?」
「はい。今、アワリティア侯爵家のご令嬢がお越しになられているのです」
「サビーナが? 何で?」
「それは我々にも知らず……確か応接室におられるハズなので、今なら会えると思いますよ」
「分かった、ありがとう」
そう言い、足早に応接室へと向かった―――。
◇◇◇◇◇
サビーナは僕の婚約者で、何度かウチに来た事もあった。
近くを通り掛かったとか、僕の様子を見に来たとか理由はその時々で違っていたから、今日もそんな感じかな? と予想していた。
でも現実は、僕の予想を簡単に越えてくる。
「シャルル。あたしとの婚約を破棄して欲しいの」
応接室に入って開口一番、ソファーに優雅に腰掛けるサビーナはそう言った。
サビーナはふわふわとした長い金髪にエメラルドグリーンに輝く瞳、凛とした雰囲気を纏うその姿はザ・貴族令嬢と言った感じだった。
お互いに政略結婚紛いの婚約関係というのは理解していたけど、それを抜きにしても僕とサビーナの関係は良好だった……ハズだ。
だからこそ、今サビーナが言った台詞の理解が追い付かなかった。
「な……んで、今、そんな事を……」
「本当の愛を見つけたから、としか言えないわね。シャルルには悪いとは思っているのよ? でも、一目惚れだったんだから仕方ないでしょう?」
心の底から悪いと思っているらしく、サビーナは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
これでサビーナに少しでも好意を、愛情を抱いていたら何かが違っていたのかもしれない。
でも、薄情なのか、サビーナには人としての好意は抱いていても、一人の女性としては微塵も好意を抱いてはいなかった。
だから、僕にサビーナを引き留める資格は、無い。
「……分かった。婚約は破棄しよう」
「ありがとう。それと、ごめんね?」
「謝らなくてもいいよ。……ところで、この話はお互いの両親には伝えたの?」
「ええ。後はシャルルと話して、当事者達が納得するならそれで良いって」
どうやら、根回しは既に終えていたようだ。
ならこの話はここまでだ。
その後、婚約者としての最後の務めとして、サビーナを外に停めてある馬車の下まで送り届けた―――。
◇◇◇◇◇
その一週間後。
王城の大ホールでは第一王女、つまりミルトの婚約披露パーティーが開催されていた。
パーティーには貴族のほとんどが出席しており、各々談笑を楽しんでいた。
音楽隊も場の雰囲気を壊さない演奏を繰り返している。
騎士団の第一から第五部隊までの精鋭が会場警護の任に就き、僕率いる第三部隊の精鋭達はこの大ホールの警護を任されていた。
先週の婚約破棄の件は若干尾を引き摺っていたけど、仕事をしていれば気が紛れて楽だった。
だから今も、会場内に不審者がいないか目を光らせていた。
ミルトの婚約者は隣国であるロマンシア帝国の第一皇子で、婚約相手としては申し分無い。
むしろ、こっちの方が若干釣り合わないんじゃないのか? って思う。
と言うのも、ロマンシア帝国はこの大陸一の強国で、他大陸で太刀打ち出来るのはオリュンポス王国やアースガルド帝国など、やはりその大陸を代表する大国や強国しかない。
フランソワ王国も大国ではあるけど、ロマンシア帝国にはやや劣る。
だから、若干釣り合わないと個人的に思っていた。
すると、貴族達の談笑が止み、その直後に困惑したようなざわめきが大ホールを支配する。
貴族達の自然の先に目を向けると、大ホールの上座に当たる階段から件の第一皇子、ネロ・クラウディウス・ロマンシア殿下が降りてくる。
――サビーナを連れ立って。
「……は?」
思わず、僕はすっとんきょうな声を上げる。
すると、同じく会場警護に当たっていたローランとアストルフォが駆け寄ってくる。
「シャルル! 彼女が何であそこにいるんだ!?」
「いや……僕も何がなんだか……」
ローランも混乱しているらしく、仕事中にも関わらず僕の事を名前で呼ぶ。
二人には僕が婚約破棄した事は伝えていたから、元婚約者があそこにいる事を疑問に思ったのだろう。
「でもあの人、隊長の元婚約者ですよね? 何でネロ皇子の隣に……と言うか、本来の相手は……?」
そんなアストルフォの言葉と同時に、大ホールの入口が大きな音を立てて開かれる。
そちらに目を向けると、肩で息をしているミルトの姿があった。
折角着飾っているのに勿体無い、と場違いな感想を抱いた。
ミルトは貴族達の壁をかき分け、と言うか貴族達が自然とミルトの進路を開け、ネロ皇子へと近付く。
皇子達は既に、階段を降り切っていた。
「殿下! その女は何なんですか!? 今日は……」
「婚約披露パーティーだろう? オレと王国の女との」
「間違ってはいませんけど、言い方というモノに気を付けて下さい!」
「意見するのか? たかが王国の第一王女如きが? 帝国第一皇子のこのオレに?」
傲岸不遜な物言いだけど、相手が格上だという事を理解しているのかミルトは口をつぐんでいる。
ミルトはお転婆だけど頭は良く、今頭の冷静な部分が状況を理解しているのだろう。
「……まあ良い。オレはこのサビーナと婚約する。……ああ、そうだ。お前との婚約を破棄しないとな。王国の女は二人もいらない」
「……殿下、一つ答えて下さい。何故わたしではなく、その貴族令嬢なのですか?」
「お前はオレの好みではなく、サビーナの方がオレの好みだったからだ。それ以上の言葉が必要か?」
ネロ皇子はそう言うと、サビーナの腰に腕を回して自分の方へと抱き寄せる。
サビーナは嫌がる素振りを見せず、むしろ自分の方から皇子の方へと身体を寄せていた。
その光景を間近で目の当たりにしたミルトは俯き、肩を震わせる。
大多数の人間が泣いていると勘違いしている中、幼馴染である僕だけはミルトの状態に気付いた。
僕が動いたのと、ミルトが顔を上げたのはほぼ同時だった。
ミルトが右手を上げたと思った次の瞬間、パァン! という乾いた音が大ホールに響く。
ミルトは腕を振り抜き、皇子の顔は右を向き、サビーナや周りの貴族達は驚きからか目を見開いている。
まあ、端的に言って――ミルトがネロ皇子に綺麗な平手打ちを喰らわしていた。
ミルトの凶行には間に合わなかったけど、なんとか彼女の下まで辿り着く事が出来た。
「ミルト! 何やってるんだ!?」
「えっ? ムカついたから殴っただけだけど?」
「そんな理由で一国の皇子を殴るヤツがあるか!」
「えっ? あ……」
衝動的だったのだろう。
状況を理解したミルトは、どんどんと顔色を青くしていた。
逆にネロ皇子は、顔を真っ赤にしながら殴られた場所を押さえ、口を開く。
「……殴ったな。良いだろう……貴様とは正式に婚約を破棄させてもらう! そしてこの暴挙も訴えさせてもらうからな!」
ミルトの婚約披露パーティーは、波乱の婚約破棄披露パーティーへと様変わりしてしまった―――。
王族殴る系ヒロイン、それがミルト。
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