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十二時の戦場

作者: 秋月流弥

 今日から私は生きていけるのか。

 もしかしたら選択を間違えたんじゃないか。


「おお、オメエら今日を生ききる覚悟は出来てるだろうな?」


 号令をかけるリーダーの男がその場にいる全員に問いかける。

 その出で立ちは数多の命のやり取りをしてきた猛者の風格。

 猛者の前にはそれに負けない屈強な身体つきの男たちがずらりと横並び。

 その髪型はモヒカンにリーゼント、ツーブロック、その他凶暴な髪型が諸々。

 顔には生傷が勲章のばかりにこさえており、全員がギラギラと見る者を一瞬でひるませる眼光をして立っていた。


 そんな荘厳な連中の横並びの中央に私、天宮あまみや夏歩なつほはいる。


「今日の戦場は今まで以上に荒れる。途中で倒れるような奴はハナからいらねぇ。テメェらは最後までついてこれるか」


 号令をかけるリーダーの生きるか死ぬかの問いに横並びの屈強な男たちは静かに首肯く。

 自分たちは最後まで戦う、と。

「よし、なら話は終わりだ……全員位置につけ」


 皆はそれぞれ仲間たちに死ぬなよ、と目配せをし己の配置場所へ向かっていく。私も歩き出す。


 これからこの場所は戦場になる。


 まさに死闘が始まろうとしていた。

 私は自分の役割を担う位置につく。

 その手にはずっしりと重さを含むライフル……否、水を含んだスポンジ。


 午前十一時三十分、開戦。



「いらっしゃいませエェェェエッ!!」



 まあ厨房の話なんだが。



***



 時は少し遡って二日前。


 七月の下旬、私はバイトの面接を受けに大型遊園地・ファンシーランドを訪れた。


 ここは県内一番の人気テーマパーク。

 他県からの来訪者も多く凄まじい賑わいをみせ、乗り物の待ち時間は平均一時間。

 その名の通り、ファンシーなキャラクターが住み、色とりどりの花や建物が並ぶロマン溢れる王国がコンセプトの遊園地だ。

 小さい頃に両親につれられて遊びに行ったっけ。


 希望は遊園地内にあるレストランの勤務。

 貧乏大学生である私はバイトをして少しでも学費や生活費を浮かせようと勤労に励もうとしていた。

 特に夏休みはフルタイム労働で多く稼げる。



 自転車で片道一時間。

 キツい。真夏のサイクリングを舐めてた。


 汗だくで面接会場の狭い事務所の簡易椅子に座っているとポテポテとゆるい足音が聞こえた。


「いやぁよく来てくれましたね」


 面接のテーブルにやって来たのはダンディーな声のウサギだった。

 ウサギは弾むような足取りでこちらのテーブルまで歩くと椅子をひいてそのまま着席。


「あ、この姿で申し訳ない。私、ファンシーランド園長の袴田はかまたです。そちらはうちでバイト希望の天宮夏歩さんであってるかな」

「あ、はい」

 ウサギは園長だった。

「この暑いなかよく来てくださった。いやぁ着ぐるみも暑い暑い」

「そうですね。炎天下ですもんね」

「ここはクーラーがあって助かります。この姿で園内の草むしりは堪えるものがありますよ」

 ははは、と笑う声はやたらダンディー。


 だったら脱げばいいのでは……せめて、頭だけスッポリと。


 現在遊園地は開店前。ファンシーな着ぐるみの中身を見て絶望する子供の姿もない。


 ウサギは感情のないつぶらな黒い瞳をこちらに向け言う。

「園長たるもの自分自身も夢を与える存在でいないといけないので。ここではファンシーランドの住人ウサポンとして生きてるんです」

「そうですか」

 やっぱり何かのトップに立つ人って変わってるのかな。


 新たな偏見を持ってしまいそうな私に園長は椅子から立ち上がる。

「さて、これで私は席を外します」


「え? 面接はまだですが」

「私はただの園長にずぎない。君はレストラン希望だからね、レストランの店長が君の面接をすることになっているんです。私は挨拶に来ただけ……彼のお出ましのようだ」


 ウサギがミトン状の円い手を差し出す方向には男が一人。


 その男の姿を見て思わずのけぞった。


 どう見てもその道の人にしか見えない。

 歩く歩調はゆったり。しかしそれがかえって貫禄を出している。

 歩いてる彼の背景には某超大作映画の音楽が聞こえてくる。

 ドゥドゥッドゥッドゥドゥン! と。

 かけていたサングラスもそこから覗く鋭利な瞳もむき出しの犬歯も全てこの世に刃向かうように尖っている。


「では私はこれで。頼んだよ」

 ウサギは男の肩を軽く叩くと弾むような足取りで事務所を出ていった。

「……」

 固まる私。


「待たせたなァ。レストラン『デビルキャッスル』の店長の片桐かたぎりだ」


 ニィ……


 まるでか弱い獲物を見つけた時の捕食者が浮かべるような笑みを私に向ける。

「さァ、面接を始めようぜ」

 先程の園長ウサギの軽やかなステップが急に恋しくなった。


「俺が聞きたいことはただ一つ。お前、いつから来れる?」

 初対面でお前呼び。戦く。

 それより、

「え……それだけですか?」


 一応履歴書作成なり受け答えの練習なりしてきたのだが。

 いそいそ鞄から出した履歴書を手に持ち呆然とする私を不躾に見ると店長は言う。


「俺は人の過去なんて気にしねェ。どういう奴でどんな人生歩んできたかなんてナリでわかんだよ。それに大事なのは昔の過ちなんかじゃねェ」


 ニヤリ、と笑う。

「今だろ?」

「あはは……」


 完全に言ってるソレがアレの世界の住人なんだが。


 ここファンシーランドだよね?

 ウサポンとか猫のニャンタローとか羊のラムリーヌとか山羊のメェメェが住んでる世界の。

 ウサポンたちが住んでる世界はレストランだけ違う世界観なのか。 裏の香り漂うレストランなのか。

 ていうか学歴は別に過ちじゃないし。


「……おいどこにエスケープしてる。いつから働けるんだよ」

「そうですね……大学はもう夏休みに入ってるのでいつでも」

「じゃあ明日からこい」

「え」


 店長は一旦席を外すと数分後にクリーニングのタグが付いたワイシャツとエプロンを二着ずつテーブルの上に放り投げた。


「これ着て明日午前九時出勤な」

「はぁ」

 それだけ言うと椅子を乱暴に足で戻し事務所を出ていった。

「え……? 面接終わり?」

 数分ほど座っていたがそれから事務所には誰も訪れなかった。


 とりあえずわかったこと。

 私は明日から大魔王が統べる悪魔の城で働くらしい。



***


 店長の言いつけ通り午前九時に出勤(自転車通勤頑張った!)し、おそるおそる厨房に伺うように首だけ覗かせる。


 厨房にはすでに何人かがいた。


「おはようございまーす……今日から入りました、天宮です」

『アァ?』

 ギロリ、と鋭い視線が新入りの私に集まる。

 バイト初日でいきなり心が折れそうだった。


 その見た目。

 左からモヒカン、リーゼント、ツーブロック!

 全員が見事に接客業に向いていない髪型をしていた。

 怖さや凄みでいったらパンチパーマの店長に勝るものはないが、それに近い雰囲気の人たち複数に睨まれるのもかなり怖い。


「よ、よろしくお願いします」

 それでも勇気を出して挨拶をする。

 怖すぎてまともに目が合わせられない。


「……店の開店は十一時半。それまでテーブル、カウンターを水拭き。やれ」

 一番左にいたモヒカンの人が布巾を投げる。

「それと」

 一番右にいたツーブロックが言葉を付け足す。

「新入りはまず洗い場。あと客が帰った後の空いたテーブルを拭く。言っとくが皿はすぐ溜まる。足引っ張んじゃねーぞ」

「が、頑張ります」

「いけ」

 真ん中のリーゼントはそれだけ言った。


 怖い。

 バイト初日の新人にかける言葉じゃない。



 それでもなんとか水拭き作業を終え、深呼吸。


 よくやった私。


「ふう」

「そうそう今のうちに息吸っとけ」

「店長!?」

 いつの間にか店長出現。


 着ている服は汚れひとつない純白の割烹着。

 決して返り血で真っ赤……なんてことはない。(浴びててもこれはなァ、ケチャップだよォとか平気で言いそう)

 一方私は白いワイシャツに黒いエプロン。他の先輩たちも同じく。

 店長一人だけ和の料亭スタイルである。


「今からが本当の戦いだ。なんせ今日は日曜日。まだ夏休みに入らない連中も今日は休日。娯楽を求めて民衆はファンシーランドにやって来る。そしてパーク内唯一のレストラン、ここデビルキャッスルにウマい飯を食いに来る……オメェら! 集合だ!」

『はい!!』

 店長が号令の合図をかけると早歩きで他の社員たちが集まる。


「おお、オメエら今日を生ききる覚悟は出来てるだろうな?」


 ……。

 …………。


 回想終了。



 そして現在、私は地獄を見ている。

 次から次へと洗っても溜まる洗い物。一枚洗い終えた時には五枚汚れた皿が増えている。

「くっ。カレーがなかなかおちない……!」

「おいなにやってんだ! カレー皿は湯につけといて後でまとめて洗うんだよ!」

「なるほど!」

 洗うものに順序をつけるのか。ていうか最初に教えてよ。


 時間が十二時を回った。


 洗い物が出るスピードはどんどん増していく。

「……」

 黙々と洗う。

 心を無にしてひたすら前の食器の汚れを落としていく。

 だんだんコツは掴めてきた。


「よし! 残り少し!」

「おい、天宮お前テーブルは拭いてきたか?」

 ツーブロック先輩が洗い場に顔を出す。

「え?」

「お前ーッ! 洗い物が出てるってことは客が帰ったってことだろうが! 次の客来るまでに拭かなきゃいけねーだろ!!」

「すすすすみません拭いてきます!」


 そんなこんなで初日終了。

 家に帰ると私は泥のように眠った。




 バイトを始めて二週間経過。

 八月上旬、天気快晴。


 戦況報告。

 驚くことに私、天宮夏歩は生きています。生き延びております。


 十二時の厨房は本当に戦場だった。

 外まで溢れる客、鳴り止まぬ注文のベル、料理はまだかと催促のクレーム、跳ねる油、すべる床、積み重なる食器の屍……以下省略。

 レストラン内は家族連れやカップルが楽しそうに会話を弾ませているなか裏の厨房では怒声に罵声の弾丸が飛び交っている。


「なにやってんだ早くしろ!」

「オーダー通ってないじゃねーか!」

「まだ天ぷら揚がってねェのか!」

「麺は伸びちまうからすぐ提供しろや!」

「厨房を走るんじゃねェ!!」

「てやんでぇ!!」

「こんちくしょう!!」


 こんなかんじ。


 でも人間って不思議でどんな変化にも対応してしまう生き物。

 二週間すると私はこの戦場でも戦力になることが可能になるほど成長。

 洗い場専門を卒業し、勤務内容にレジ打ちにオーダーが追加される。

 できることが増えるって嬉しいよね。


 最近はそんな私を見て先輩たちも背中を任せてくれる。態度も心なしか柔らかくなった。

 店長もそれを見てニヤリ、と怪しく笑っていた。

 まあ店長だけはまだ怖いのだが。




 さらに一週間経過。バイトを始めて三週間目に突入。

 そしてお盆休み突入。


 しかし本日は雨が降っており客足は少ない。

 通常より少ない業務に物足りなさを覚えながらテーブルを拭いていると、店長から集合の合図がかかった。


「お前ら喜べそして震えろ」

 店長の号令がかかり厨房に全員集合。

 雨のせいか店長の髪はいつも以上にクルクルまるまっている。

 もしかして天パ?

「なんとこの度あの有名なご利益満載のあの寺、馬路まじ満寺まんじからコラボのお誘いがきた」


 オォ、と厨房がどよめく。


 かくいう私も驚いた。

 馬路満寺といったらご利益百パーセントを謳う超有名観光スポットだ。そんな大御所からコラボの誘いをもらったのだ。

 これは売れに売れまくる。

 その予感に誰もが固唾を飲んだ。


 皆の反応に店長は満足そうに頷き、

「そこで考えたのがこれだ」

 店長は新しく書き替えたメニューを皆に見せる。

「明日からの新メニュー『イケナイ精進料理』だ」

 つんのめりそうになった。

 続けて目に入ったメニューのイラストを見てよろけた。


 そこにはサングラスをかけた坊主が豹柄の袈裟を着て精進料理がのったお膳を抱えている。

 その風貌から『ヒャッハーッ!! 肉なし料理いと旨し! 』と叫びそうな雰囲気満点。

 お坊さんがスキンヘッドのその道の人にしか見えない。

「……」


 どうしてそっちベースにのせてしまったのか。

 私の反応と異なり他の先輩社員たちは「すげェ」「ヤベェ」「売れるしかねェ」と唸っている。

 彼らの琴線には触れている。


「さらに『いたずら子坊主のぜんざいセット』も新メニューに追加した」

 こちらぜんざいと抹茶がついたセット。

 メニューにはいかにも悪そうな顔でぜんざいをすする小坊主のイラストが描かれている。


 だからどうしてそっちベースにのせちゃったの!?

「マジ卍……」

 思わず口からこぼれた。


 意味はよう知らん。



***


 バイトを始めて四週間目、一ヶ月が経過。

 事件は突然起きた。

 午前十時。私は開店前の掃除をしていた。


「掃除完了」

 客席の汚れを吸い込んだ雑巾は真っ黒になっていた。

 そこで用意したのが漂白剤入りのバケツ。

「これにつけて待てば真っ白よ」

 床に置いてあるバケツに雑巾を投入しようとした時、

「あ、ぬいぐるみがズレてる」


 客席と客席の間にある小さな棚。

 そこには真っ黒なまるいフォルムの悪魔のぬいぐるみが置いてある。

「あらら、デビルくん傾いちゃってるよ」


 彼の名前はデビルくん。

 ファンシーランドのキャラクターでウサポンたちのライバル……だった。

 だったというのは最近園内でぱったり見ないから。


「怖かったもんな。園内を歩く等身大のデビルくん」

 あのリアルな悪魔感の着ぐるみは今でも目にしたら怖いと思う。

「ぬいぐるみにすれば可愛いんだけど……怖いから出なくなっちゃったんだね」

 向きを真っ直ぐにしようとすると予想以上に手触りが滑らかでぬいぐるみが手から滑り出す。


「あ」


 デビルくんは棚から落下。

 まるいフォルムのぬいぐるみは勢いよく床をバウンドすると自らバケツの中へ飛び込んでいった。


 ぼちゃんっ。


 バケツには水が張っていた。

 しかもそのバケツって、さっき雑巾の汚れを落とすために使った……漂白剤入り。


「……」


 崖から突き落とした犯人が被害者の遺体を確かめる動作でバケツのなかを覗き込む。

 すでにデビルくんは斑模様になり、白の面積はみるみるうちに増えていく。


「……」

 私は静かに天を仰いだ。

 涙が溢れだしてくる。


「何やってる。天井にユニークな染みでも見つけたか?」

「てててて店長」

 肩ごしから覗くように店長が声をかけてきた。

 そしてバケツの中の被害者と目が合った。

 変わり果てた真っ白な悪魔のつぶらな瞳はびしょ濡れでまるで泣いているようだった。


「お、おまえ……」


 店長は膝から崩れ落ちた。




 店長が休憩室から出てこない。

 デビルくんぬいぐるみは店長の私物だった。


 事態を知って駆けつけた先輩たちは「あぁ……」とか「おぉ……」としか言葉が出ず最後に私に向けて合掌して持ち場に戻った。なぜ馬路満寺スタイル。

 まあ御愁傷様って意味なんだろうけど。


「殺される殺される……」


 天宮夏歩、打ち首獄門判決。

 きっとデビルくんの代わりとして私の首を飾るんだ。


 殊勝に謝って苦しい死に方だけは逃してもらおう。


「失礼します」

 勇気を出して休憩室に入る。

「おぉ、お前か……」

「て、店長。大丈夫ですか」

 店長はげっそりしていた。

 頬は痩け、唇は割れ、眼が濁っている。パンチパーマも心なしかカールが弱い。

「ごめんなさい! 店長の大事な私物をあんな風にしてしまって!」

「気にするこたァねーよ……人なんて別れるために出逢ってるようなもんなんだから……」


 いつもの語り口にキレがない。

 重症だ。


「べ、弁償します。これどこに売ってます? 園内のショップにありますか」

「ああ……十年前の売店にな」

「じゅ、そんな思い入れのある品だったんですね」


 再入手は絶望的。


「昔話していいか」

「え、店長死ぬんです? 人生振り返ろうとしてます? ダメです! ふみ留まってください!!」

「死なねェよ。俺じゃなくてコレの思い出話だって」


 店長は純白のデビルくんぬいぐるみを抱え語りだした。



 あの時はまだ下っぱで、やっと調理を任されて浮かれている時期だった。

 初めて俺が担当したメニューはお子様ランチ。

 とにかくはりきった。

 彩り豊かに輝くお子様ランチを一人で完成させた時は涙腺がゆるんだ。


 しかし提供先の小学生くらいの少女は料理に目もくれず俯いて泣いていた。

『ひっく、うぐっ』

 少女はレストランに入店した時からすでに泣きながら両親の手に引かれてきた。

 園内でなにかあったんだなと察した。



「その泣いた理由がデビルくん着ぐるみだった」

「あの着ぐるみですか。めっちゃ怖いですよね」

 真っ黒で恐ろしい形相を浮かべ園内を歩く悪魔。

 自分にも同じ経験があるので、その少女に同情する。

「よほど怖かったんだろう。お子様ランチを前にしても涙と鼻水が止まらない。そこで俺はある事を思いついた」



 それはお子様ランチの旗にデビルくんの可愛いイラストを描いてやることだった。


『デビルくんは怖い見た目だけど実は優しいイイ奴なんだぜ』


 そう言いチキンライスの頂上に描き足した旗をさしてやる。

 旗を見て女の子は笑った。

 先程までの涙が嘘のように引っ込み少女は笑顔を浮かべお子様ランチを食べた。



「良い話ですね」

「その件でデビルくんがいかに子供たちから怖がられているか知った。だから少しでも子供たちがデビルくんが好きになるようにあのぬいぐるみを置いたんだ。俺デビルくん好きだし」

 わかる。雰囲気とかそっくりだもん。

「店長にそんな過去があったんですね」



 ……あれ?


「ん? んん……?」


 なんでだろうこの話。

 初めて聞いた気がしない。


「しかも懐かしく感じる」

 その反面、最近まで慣れ親しんできたようなデジャヴも感じる。

「あ……」

 それに回想で登場した旗のイラストがくっきり頭に浮かぶ。


 そうだ新メニュー!


 馬路満寺とのコラボで描かれたイラスト。

 グレ坊主のインパクトにもってかれて気づかなかったが、あの絵のタッチと激似しているんだ!


「もしかして」


 その女の子って当時の私では?


 ていうかその旗、今も家の机の引き出しに入ってる。


「店長それ私です! 十年前、当時八歳でデビルくんの怖さに大泣きしてました!」

「なんだと? お前、あの時の娘だったのか」

「はい! ていうかあの時の店員って店長だったんですか!?」

「そうだよなんで覚えてないんだよ! 俺昔からこの外見だぞ」

「そういえばモジャモジャしたのが笑いながら話しかけてきた気がする」


 突然の再会。

 いや、お互い記憶の相手だって気づいてなかっただけだけど。


「まさかあの泣き虫が今度は夢を与える側の人間になるなんて、逞しくなったじゃねーか」

 ヘッと鼻をかく店長。

「こんな喜ばしいのはデビルくん着ぐるみが園内散歩を再開した時以来だぜ」

「あの着ぐるみまだ活動してるんですか」


 どこにも見ないからとっくに消されたのだと思ってた。


「だいぶ苦情が来たからな。今はハロウィンイベント中の夜だけ歩くことになっている」

「あんなの夜に見たら子供泣きますよ」

 月明かりに鈍く光る漆黒の恐ろしい形相の悪魔。

 間違いなくトラウマ確定。


「なんだよ。過去にも言ったがデビルくんはイイ奴なんだぞ。ファンシーランドの住人を裏から守る影の騎士ナイト。闇の城『デビルキャッスル』に在住。これ初期設定な」

「そんな設定あったんだ」

「ここの店名も料理上手な彼が由来だ」


 テーマパークあるある。

 サブキャラに深い設定入れがち(そして誰にも知られない)。



「回想終了。もうすぐ開店時間だ。厨房に戻るぞ」

「え、処刑は」

「するか。お前を採用した時点で何かやらかしそうな予感はしてたんだ。予想を越えたが」

「すみません」

「それに天宮が一生懸命働いてるのはわかってるしな」


 ニィ……と笑う顔は相変わらず怖い。


 私はこの人を勘違いしていた。

 乱暴だし怖いが、決して人を否定するようなことは言わない。努力や頑張りはちゃんと認めてくれる。

 凶暴な言動で誤解されがちだけど、この人も、先輩たちも情に厚い人たちなんだ。


「ってやっぱ裏社会の組織そのものじゃん!」

「何言ってんだか。それ、無駄口叩いてる暇ねーぞ。客が入口のドアに張りついてる」

「わあ凄い数!!」

「行くぞ」

 店長はハンガーに掛けてあった割烹着を羽織ると厨房へ歩いていった。


 その後ろ姿はまるで戦場へ向かう歴戦の兵士のようで。


 私もその背中を追うように厨房という名の戦場へ向かうのだった。


「今日も生きて帰れるかなぁ」


 そんなことを呟きながらも。

 本当は新たに追加された非日常も、悪くないと思っている。


レストランの扉が開けられた。



飲食店は覚える内容が多くて大変ですよね。楽しんでいただければ幸いです!

読んでくださりありがとうございました~!

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