コーヒー店の再会
――アレッサぁ! そろそろ起きろ、仕事じゃないのか?
ルーカス叔父のやかましい怒鳴り声が、アレッサを心地よい夢の世界から引きずり出す。ああもう、久しぶりに母さんと父さんに会えたのに――
「今起きるよ! でも、今日は仕事は昼からなんだ。昨夜は――」
「おうそうか! じゃあちょうどいい、出勤まで店手伝えや」
叔父はアレッサの言葉が終わらないうちに、今日も無体な要求を押し付けてきた。叔父はこのタックルバイン通りで、コーヒー屋を経営している。
と言っても、その内容はひどいもので――どこからか安く仕入れてきた貯蔵期限ぎりぎりの安い豆を、ほとんど焦がしてしまうに等しいでたらめなやり方で煎りたてて煮だしているだけだ。店というのも名ばかりで、公共の道路に勝手にテーブルや椅子を並べて客を座らせているというありさま。その椅子やらだって、何処の粗大ごみ置き場から拾ってきたものだか分かりはしない。
出勤まで手伝うとなると三時間はてんてこ舞いを強いられるが、叔父が賃金を呉れることなどありはしない。
ルーカス叔父は父の妹フローラの夫で、アレッサとは血がつながっていない。アレッサを引き取ってお情けで十八のこの年まで育ててくれたが、お世辞にも優しい養父とは言えなかった。
それでも叔父夫婦は彼女にとって唯一の親族だ。アレッサの父は彼女がまだ幼い頃に彼女を残して行方が知れなくなったし、母はその後間もなく無理がたたって病気で死んでしまったから。
「客商売なんだからな、ちゃんと顔くらい洗ってこいよ」
「分かったよ、でも何か食べるもの呉れなきゃまともに動けない」
アレッサはここを先途と食い下がった。店を手伝えばその間に食事をとれる可能性は低い、また夜まで空きっ腹を抱えるのはご免だ。
「幾つになっても図々しいガキだなおめえは! ……しょうがねえ、カウンターの中でこれでも食っとけ」
調理テーブルの上にポンと放り出されたのは、手のひらほどの大きさの小さな丸パン。まあそれでもないよりはましだ。
あとは叔父の目をかすめてせいぜい客からチップを沢山せしめてやろう。アレッサはパンをかじりながらちっぽけな決意を固めた。
「おはようさん。コーヒー一つ。角砂糖二つ、ミルクもつけてくれ」
空いたテーブルを布巾で拭いていると、後ろから聞き覚えのある声がした。モルガノ市警のレニー・主水・ヤネック警部だ。
四十過ぎているという話だが、長身の引き締まった体と毎日髭をあたってある苦み走った顔は、年齢をまるで感じさせない。警部ともなれば結構な高給取りのはずなのに、二日に一回はこの店にやって来る。
「あ、はい。店長ー、コーヒー一つとミルクお願いします!」
――おおっと、こりゃあヤネックの旦那ァ! お仕事ご苦労様です!
さすがの叔父も、警察のお偉方には腰が低くなる。角砂糖を二つ添えてアレッサがトレーを運んでいくと、すぐさま小さな白銅貨二枚が載せられた。
「……相変わらずひどい味だな、ここのコーヒーは」
爽やかな笑顔とよく通る朗らかな声で、ヤネック警部はルーカス叔父をからかった。
「へへっ、その分みんなが気軽に飲めるように、安く売ってますからねェ」
「物は言いようだな。まあ、おかげで家に帰って飲む緑茶の味が引き立つよ。あと、今朝みたいな仕事明けにはついここに来てしまう。焙煎の香りだけは強烈だからな」
「あれ、警部さんも夜勤だったんですか?」
アレッサは白銅貨を素早くポケットにしまいこみながら、警部に話しかけた。
「ああ。寝てたら夜中の二時に叩き起こされたよ。理学院に侵入者があったみたいでね……なにか取られたり壊されたりって訳じゃないんだが」
「まあ、怖い……」
「カッセルバンクのやつがモルガノまで出てきたのかもしれん。怪しいやつを見かけたらすぐに知らせてくれ」
「怪しいやつですか! へい、そりゃあもう!!」
叔父がくちばしを突っ込んでまでへつらったが、警部は彼には見向きもしない。その後は席を立つまでの間ずっと、彼はコーヒーカップを片手にひたすら通りに目を凝らしていた。
警部が立ち去った後にはまた数人の客が来て、思い思いのテーブルに陣取った。殆どはこの界隈に住んでいる年配のなじみ客、たまには通りすがりのあまり金のない若い労働者。叔父の店の客層は大体そんなところだ。
「いらっしゃいませ! こちらは初めてですかね? 美味いコーヒーがございますよ!」
新来の客に叔父が声をかけるのが聞こえる。アレッサは内心で舌打ちしながら、通りの向かい側にある広場の時計塔を見上げた。もう午前十一時だ。そろそろ工業所へ出勤しないと。今来た客にまで対応させられたら、遅刻してしまう。一分でも過ぎたら一コマ分の時給カット。
「すみません、店長、あたしそろそろ――」
言いながら振り向いた視線の先に昨晩の、ボートの紳士が立っていた。