レディの会
図書館長のロートレック家の屋敷で待ち合わせをし、ソフィアとカーラ、それから館長と四人で打ち合わせをすることになった。
というよりかは、お茶とおしゃべりを楽しむって感じかしら。
ソフィアが例のスイーツのお店でラズベリーパイを買ってきてくれた。
館長がアールグレイを淹れてくれて、まずは居間でラズベリーパイとアールグレイを堪能した。
ラズベリーパイもまた美味しすぎる。
世の中には美味しいものがありすぎるわ。
このままだと太ってしまう。
ダメダメ。ドレスの採寸が終わったばかりである。太ってしまったら、それこそ大変なことになってしまう。
「あー、ダメねぇ。ついつい食べすぎてしまうわ」
館長は、二個目のパイをフォークで口に運びつつ溜息をついた。
「そうですよね。これがスイーツの魔術に違いありません。うっかり魔術にかけられてしまいます」
「アリサ。あなたはまだ若いし痩せているから多少食べても問題ないわ。でも、わたしくらいの年齢になると、食べた分だけ身についてしまうの。厄介なのは、それがそのまま健康に結びついてしまうことなのよ」
「ですが館長、痩せていらっしゃいますよ」
「ソフィア、人を見た目で判断しちゃだめよ。わたしは、着痩せするタイプなの。このブラウスとスカートを脱いだら、とてもじゃないけど他人様に見せられないわ」
館長は、また溜息をついた。
着痩せするタイプと言っても、館長が他人に見せられないほど太っているなんて想像が出来ない。
「ソフィアお嬢様は、こちらのスイーツをよほどお好きなのですね。いまので四個目ですよ」
「うそっ!気がつかなかったわ、カーラ。もうちょっと早く言ってくれなきゃ。自分のお皿にのせてしまったんですもの。もう遅いわね」
カーラの指摘に対するソフィアの答えに笑ってしまった。
そういえば、ソフィアとカーラは義理の姉妹になるわけよね。当然だけど。
そんなスイーツの話にはじまり、四人のおしゃべりは尽きることがない。
こんなおしゃべりでも、自分がかわってきているのが実感出来る。
以前だったら、本の話題にならないかぎりほぼ聞き役に徹していた。
いいえ……。それどころか、参加することすらしなかった。ここで館長とカーラと三人でお話程度ならするかもしれない。だけど、ソフィアを交えて四人でとなれば躊躇したでしょう。
それが、自分からもどんどん口を開いて何かを話したり笑ったりしている。
それがまた心から楽しいと思えていることも、前進していると言えるでしょう。
「ソフィア、それでアマートさんとは仲良くやっているの?」
館長がアールグレイの入っているポットを下げ、シナモンティーの入っているポットを運んで来てくれたタイミングで尋ねてみた。
「アマート?仲良く?」
彼女は、その名をはじめてきいたかのようにつぶやいた。
「どうして?」
さらに、理由を尋ねてきた。
どうしてって、どうしてそんなことを尋ねるの?
「いやだわ、アリサ。仲良くやっているの、なんて尋ねる方がおかしいわよ」
彼女は、わたしが非常識なことを尋ねたように断言した。だから、もう少しで非常識なことを尋ねたんだと恥ずかしくなるところだった。
「あいつと、あっ、館長失礼いたしました。彼と仲良くなんて、来世か来来世くらいじゃないと出来ないかもしれないわ」
「そ、それはまた気の長い話ね、ソフィア」
「アリサお嬢様、そういう問題じゃありません」
なぜかカーラに指摘されてしまった。
「ふふふっ、若いってほんとうにいいわね」
館長は、その様子をにこやかに見ている。
「いえ、館長。そういう問題でもないと思うのですが」
そして、カーラは館長にも指摘した。
「アリサ、そういうあなたは?殿下は手を握ってきたりとか口づけしてきたりとかしたりするの?」
一瞬、ソフィアの質問が理解出来なかった。
頭の中で咀嚼して反芻した途端、顔がカーッと熱くなった。
手を握るのはしょっちゅう握ってくれる。わたしも、それは大丈夫。
もっとも、それですら以前のわたしなら無理だった。同性ならまだしも、異性には手を握られるどころか体のどこかに触れられることが無理だったから。それこそ、通りすがりに肩と肩がぶつかっただけで、悲鳴を上げてしまいそうになった。
異性に触れられたのは、唯一叔父様にぶたれたり蹴られたりくらいね。それも一瞬のことだし、無理と感じる前に驚きと痛みの方が強いから、そこまで気にならなかった。
それはともかく、口づけ?
そうよね。口づけよね……。
恋愛小説は大好きなジャンルである。だから、子どもの頃からたくさんの本を読んでいる。子ども向けの小説でさえ、口づけのシーンくらいは登場する。当時は、そういうシーンを読んでは恥ずかしくなった。だけど、憧れもした。
恋愛小説の素敵な口づけのシーンを読むたび、そういうシーンを何度も何度も頭の中に思い描いていた。
それは、ガブリエルと婚約をした後でも同じである。だけど、一度たりともその相手が彼だったことはなかった。
口づけをする相手の顔は、まるで靄がかかっているかのように不鮮明だった。それなのに、服装はこざっぱりしたシャツにズボン、あるいは乗馬服姿だった。
いまにして思えば、その服装はいつも王太子殿下が着用していたものに似ている気がする。




