二人の子ども
サラは読みきかせの会のことを思い出し、ちょうどいいタイミングだと思いつき借りていた本を返しに来たらしい。
彼女は、図書館の常連の一人なのである。
しばらくお茶を楽しんだ後、子どもたちとその母親たちは帰って行った。
みんな、図書館での結婚式を楽しみにしていると言ってくれた。
それをきいたアリサのうれしそうな顔といったらもう。
たまらない。
わたしもうれしいよ、アリサ。
いまから楽しみでならないよ。
正式な婚儀も、出来るだけ簡略化するようにした。パレードとパーティーは、省いて欲しいと頼んだが、きいてもらえなかった。
だから、かぎりなくささやかにするということで妥協をした。
そんな公式の堅苦しく義務的な婚儀より、図書館での結婚式の方がよほど楽しみだ。
アリサと二人で企画し、みんなによろこんでもらいたい。
ワクワクしてくる。
図書館内の貴賓室に場所を移した。
わたしにとって母親ともいえる存在のサラは、アリサとの結婚を心から祝福してくれた。
それはそれでうれしいが、彼女ははやくもプレッシャーをかけてきた。
アリサとの子どもを楽しみにしている。
うれしそうに言うサラを見ていると、急に気恥ずかしくなった。
子どもが出来るまでの過程というか、ストレートに表現するところのアリサとの寝台での行為のことが頭をよぎったからである。
当然、それがなければ子どもは出来るはずもない。
童話や子ども向けのお話ではないのだから、妖精の谷に行けば授かるとか、聖なる獣が運んでくるとか、そんなことはぜったいにないのだ。
寝台でのアリサってどんなんだろうか?
思わず、彼女の裸身を想像しそうになって……。
い、いや、ちょっと待てよ。彼女、大丈夫だろうか?それでなくても恥ずかしがり屋で純粋で奥手である。すこしずつかわってはきている。だが、寝台での行為のことになったら次元が違う。違いすぎる。
怖がるにきまっている。拒否されるかもしれない。
どうしよう……。
いやいや、ちょっと待てよ。
では、わたし自身はどうだ?百歩譲って、彼女とそういう雰囲気になり、受け入れてくれそうになったら、わたしはちゃんと彼女をエスコート出来るのか?
っていうよりか、そもそもヤレるのか?
十代の頃、アマートにいろいろ教えてもらった。手順を、である。
これはもう恥をしのんで彼にまた教えを乞うしかない。
だが、口頭だけで大丈夫なのか?それこそ、机上の空論じゃないのだろうか。
こればかりは、まさかだれかかわりの女性と練習をするわけにはいかないし。ましてや、アマートやディーノ相手になんてとんでもないことだ。
ダメだ。わたしにはいろいろな意味でハードルが高すぎる。
恐る恐るアリサを見ると、彼女は真っ赤になっている。
か、可愛い……。
弱気になってどうする?ここはわたしが踏ん張らねば。
男の中の男。わたしは、弱くてつまんない王子じゃないのだ。
「ほんとうに楽しみだわ」
サラはうっとりしている。
これ以上、気恥ずかしすぎてこの話題は続けたくない。
「あっそうだ、サラ。わたしたちのことより、ほんとうの孫が出来るじゃないか」
だから、話題をわたしたちから彼女の実子であるディーノとカーラに振ってみた。
「ええ、もちろんですわ。ですが当然、殿下とアリサの方がはやいですから」
しかし、サラはまるでそれがこの王国のしきたりか法律であるかのように断言した。
なんてことだ。王太子という立場は、こういうことにまで気を遣わせてしまうのか。
子どもをなす、ということまで、わたしたちが先であるのが当然であるのか。
いまさらだが、あらためて思い知らされた。
王太子であるということの重みと不便さを……。
「い、いや、サラ。待ってくれ。子どもは授かりものだ。どちらがはやい遅いはない」
サラに、それからディーノにも言わずにはいられなかった。
「しかし、殿下。やはり、殿下が先でないと」
ディーノは、それが当然と思っている。
「バカなこと言うなよ、ディーノ。そんなことあるものか。だとしたら、国内すべての人々に制限をかけろというのか?バカバカしい。それに、プレッシャーなんだよ。サラ、あなたからも言ってほしい。アリサ、きみもカーラに話をしてくれ」
サラやディーノだけではない。カーラもアリサに遠慮するだろう。
「わかっています、殿下」
アリサは、ちょっとだけ険しい表情でうなずいた。
こんな表情も素敵だ。
いや、いまは彼女の素敵さを堪能している場合ではない。
彼女も気持ちはわたしと同じだろう。
そのとき、貴賓室の扉がノックされ、館長が入って来た。その後から、ソフィアとアマートも入ってきた。
たしかアマートは、トイレに行くと言っていなくなっていた。
ソフィアはめずらしい。アリサに会いに来たんだろうか。




