勇者ニコラス 王子様を全力で否定する
「みんな、結婚式に来てくれるのね。ありがとう。じつは、こちらのお兄さんは王子様なのよ」
不謹慎きわまりないわたしを咎めるかのように、アリサが手のひらで指し示しながらわたしを紹介してくれた。
おおおっ。
感動である。わたしを見る女の子たちの瞳がキラキラしている。
やはり、王子様は女の子たちの憧れなんだ。
ちょっと自慢したくなった。
幼馴染のアマートとディーノに視線を向けてみた。
二人ともシラーッとしたような表情でこちらを見ている。
ふんっ!焼きもちやきどもめ。
二人とも、王子様の偉大さを目の当たりにしてやっかんでいるぞ。
「素敵。白馬の王子様?」
「キャー、カッコいい」
「わたしも白馬の王子様と結婚したい」
「わたしもわたしも。王子様って王女様を守ってくれるのよね」
すごいぞわたし。物語に出てくる白馬の王子様化している。
いつの時代も、女の子の「白馬の王子様」信仰はかわらないんだ。
アリサもそうだった。彼女も「白馬の王子様」が大好きなのだ。
女の子たちにこれだけちやほやされれば、もうどうなってもいいとさえ思ってしまう。
そのとき、アマートとディーノがジェスチャーで何かを知らせようとしていることに気がついた。
二人とも、鼻の下に指をはわせている。
『鼻の下が伸びている』
まさか……。
ついついうれしくなってしまった。
いくら小さなレディたちとはいえ、わたしにはアリサという素晴らしい女性がいる。
褒められチヤホヤされて、うれしすぎて鼻の下を伸ばしている場合ではない。
「違うよっ!」
そのとき、甲高い声で否定した子がいた。
「王子様って弱いんだ。それにつまんないんだ。王女様を守ることなんて出来ない。王女様を守るのは、王子様を守る人だよ」
きたーっ!
王子に恨みを抱き、その存在を葬り去ろうとしている小さな勇者だ。
っていうか、図書館内の子ども向けの書物や絵本をチェックし、王子を否定したり悪者にしたりしている作品は閲覧禁止にしなければならない。
アマートとディーノだけではない。近衛隊のメンバーたちも肩を震わせ笑っている。
よかったな、勇者ニコラス。きみの将来の職場の先輩たちは、すでにきみを認め受け入れてくれているようだ。
それにしても、勇者ニコラスよ。
わたしはきみに何かしたかい?わたしたちは、先月知り合ったばかりだ。迷子になっているきみを、肩車して図書館まで連れて行った。
それが、ここまできみに嫌われるようなことだったのか?
「ニコラス、やめなさいっ!」
気の毒なのは、彼の母親である。卒倒しそうなほど取り乱している。
それこそ、まるでわたしが「母子ともども処刑する」とでも宣告したかのような取り乱しようだ。
「ニコラス。読みきかせの会のときの勇者のお話、すっかりあなたのバイブルになっているのね。でもね、あのお話の王子様は、あのお話の中での王子様なの。どの王子様も弱くてつまんないってわけじゃないの」
ああ、そうだった。気の毒な人がもう一人いた。
アリサである。
ニコラスがわたしに否定的なのは、読みきかせの会で読んだ本の影響によるものである。彼女は、それにたいして責任を感じている。
彼女は彼の前に両膝を折って目線を合わせ、やさしい口調で言いきかせはじめた。
アマートとディーノ、それから近衛隊のメンバーの笑い声が大きくなっている。
ぜったいにざまぁみろって思っているんだ。
諸君、残業や休日出勤ではすまさないからな。覚えていろ。
彼らをにらみつけるも、全員気がつかないふりをしている。
「ここにいる王子様は、じつはとっても強いの。わたしを叩こうとした人から守ってくれたり、たくさんの人たちを助けてくれているの」
アリサ、きみだけだ。わたしの努力をわかってくれているのは。
「でも……。やっぱり王子様を守る人の方がずっとずっとカッコいいよ」
おいおいニコラス。きみはまだこんなに小さいのにずいぶんと頑固だな。それとも、わたしのうしろにいる未来の先輩たちから何かもらっているのかい?
こんなにアリサが丁寧かつやさしく説明しているのに、まだわたしを否定するのかい?
彼の目に、みるみるうちに涙がたまった。
ううっ……。
これではまるで、わたしが彼を苦しめているみたいだ。
ニコラス、わかったよ。きみの勝ちだ。
王子様は弱くてつまんない。そういう存在だ。そして、王子様を守る人こそがすごいんだ。
「アリサ」
彼女の横で両膝を折り、ニコラスと目線を合わせた。




