お姫様抱っこ
「って、アマートッ!」
王太子殿下の怒鳴り声に、飛び上がりそうになった。
「ったく、兄さんは最強は最強でも女性に対してだけだからな」
ディーノのつぶやきがきこえてきた。
王太子殿下とディーノの視線を追うと、アマートがニコラスの母親に寄り添い、やさしく話しかけている。
はははっ……。
さすがはプレイボーイね。
プレスティ侯爵家を最初に訪れた日、侯爵夫人が彼のことをずいぶんなじって呆れ返っていたけれど、こういうことなのね。
思わず、王太子殿下と顔を見合わせて苦笑してしまった。
子どもたちは、そんな大人の事情をよそに白馬の王子様と王女様の話で盛り上がっている。
そのタイミングで、館長が王太子殿下の分のクッキーと紅茶を持って来てくれた。
「白馬の王子様にお姫様抱っこされたい」
「何言ってるんだ、ミーナ。だったら、きみは痩せなきゃ」
「なんですって、カルド」
「ぼくは白馬の王子様になって、アリサ先生みたいなきれいなお姫様を抱っこするよ」
「ぼくもアリサ先生みたいなお姫様だったら、抱っこするよ。母さんだったら嫌だけど」
「こら、ラルクッ!どういう意味よ」
「だって、母さんったらきれいじゃないし重すぎるんだもの」
子どもたちもだけど、お母さんたちも盛り上がっている。
「盛り上がっているわね」
館長はその様子を見、おおよその事情を察したらしい。
やわらかい笑みを浮かべた。
「決めた。図書館でちょっとした式を挙げよう。子どもたちやそのご両親、ここの常連さんたちを招いてね。おっと、わたしたちのキューピッドのソフィアを忘れてはいけないな」
「素敵ですね。では、殿下。白馬の準備もお忘れなく」
「アリサ、それは心配はいらないよ。わたしの愛馬は白馬だから」
思わず笑ってしまったけど、彼の愛馬はほんとうに白馬なのかしら。
「ほんとうさ。覚えているかい?きみは、小説の白馬の王子様のくだりを読んで、うっとりしながら言ったんだ。『白馬の王子様にお姫様抱っこをされて馬に乗せてもらい、大好きな本を読みながら野原を駆けるの』ってね」
王太子殿下は、そう言ってから笑った。
真っ白な歯が、小説に出てくる王子様みたいにキラキラしている。
っていうよりか、わたしってば本物の王子様の前でそんな夢物語みないなことを言ったの……?しかも、乗馬しながら読書?
たしかに、そんなことを言った気がする。
「それをきいてから、生まれてはじめて父上に白馬が欲しいっておねだりしたよ。それから、アマートとディーノが軍の幼年学校の入学を控えて剣を習いはじめるというので、いっしょに習ったんだ。とはいえ、プレスティ侯爵家の次男、つまり二人の兄さんにだけどね。当時、彼がこの国一番の剣士だと言われていたから」
「そういえば、腕を鍛えるっておっしゃって、必死に素振りをされてましたね。なるほど。アリサをお姫様抱っこする為だったのですね」
「あぁそうだよ、ディーノ。彼女がどれだけ重くなっても、カッコよく抱っこしたかったからね」
うれしすぎるわ。
わたしが口走ったことを覚えていてくれているというだけでもうれしいのに、その為に努力をしてくれていたなんて。
それにしてもよかったわ、体重はそんなに重くないはずだから。
お母様とお父様が亡くなってから、食べる物を買うお金がなくなったからということもあるけど、あまり食べていないから太ってはいない。
もしも恰幅がよすぎたら、王太子殿下の腕が折れてしまうかもしれない。
「殿下。よかったですよね。アリサだったら、余裕でお姫様抱っこ出来ますよ。それを思えば、うちの父なんて、たとえ世界で一番力持ちだったとしてもとてもじゃないけどお姫様抱っこなんて出来ませんからね」
さっきまでニコラスの母親の側で口説いていたアマートが、首をふりふりこちらに歩いてきた。
彼は、自分の後ろからついて来ている人に気がついていないのね。
「おいおい、アマート。そんなことを言っていいのか?知らないぞ」
「殿下。だってそうでしょう?いくらなんでも、母上をお姫様抱っこ出来る男がこの世にいるはずはありません」
「兄上、いくらなんでもそれはひどすぎるよ」
「あああ?ディーノ、そうか。おまえは、お母さんっこだからな。とにかく、母上をお姫様抱っこするなんて妄想ですら浮かんでこない……、いたっ!」
アマートは、後頭部を思いっきり殴られてその場にしゃがみこんでしまった。
子どもたちやその母親たちは驚いているけれど、わたしたちや近衛隊の隊員たちはみんな笑っている。




