告白だなんて、信じられないわ
「アリサ・クースコスキ伯爵令嬢、わたしの婚約者になってほしい。いや、妻になってほしい」
殿下が力いっぱい叫んだ。
その瞬間、頭の中が真っ白になってしまった。
驚きと、それ以上に信じられないという気持ちからである。
だって、王太子殿下はどこかの国の王女様か皇女様を好きなはずなのに。
「アリサ、事情は息子からきいている。きみの懸念も承知している。将来、きみは国王の王妃として国民や諸外国の貴人たちの前に立つことになる。その為には、きみはもっと自分に自信を持つ必要がある。アリサ。きみは、自分で思っている以上に美しい。だから、きみは火傷の跡のことをとやかく思ったり言ったりする愚かな輩に勝てるだけの、強い心を持たなければならない。いいや、すでにそれは持っているかもしれないな。だが、きみはそれに気がついていないのだ。きみの美しさ同様にね。息子に関しては、親バカにきこえるだろうが、わたしよりはるかに良き国王になる。きみには、その息子を支えてやってほしいのだ。聡明で献身的なきみなら、それができるはずだ。アリサ、わたしには娘がいない。ぜひ、わたしに娘を得る喜びをあたえてほしい。いまこの場で、その機会を得たと実感させてほしい」
国王陛下は、そう言ってからやさしい笑顔で頭を下げた。
こんなわたしに……。
「本当に、本当にこんな顔のわたしで……。それに、王太子殿下は想っていらっしゃる女性が……」
「アリサ、あなたもじれったいわね。それから、あなたは誤解しているわ。王太子殿下の想っていらっしゃる女性は、ずっとずっと昔からあなたただ一人よ。もちろん、これから将来もね。だいたい、顔なんて白粉でどうとでも隠せるでしょう?これを機に、あなたも一歩踏み出しなさい。殻に閉じこもっているだけじゃなく、広い世界を見なさい。陛下のおっしゃる通り、自分に自信を持ちなさい。だって、あなたのことをこんなに一途に愛してくれている人がいるのよ。それは、あなた自身が素晴らしいからでしょう?」
あいかわらずソフィアの口調はきつく、ちょっとだけつっけんどんである。
だけど、想いがこもっている。
「ソフィア……」
涙があふれてきた。
目の端に、プレスティ侯爵夫人と図書館長が映った。
並んで立っている二人は、目尻をハンカチで拭っている。
「アリサ、父上とソフィアの言う通りだ。そのドレス、よく似合っているよ。美しさで目が眩んでしまいそうだ。そのドレスは、わたしがソフィアに頼んであつらえてもらったんだ。気に入ってくれているといいんだけど。アリサ、わたしはきみをかならずしあわせにする。ぜったいに寂しい思いや悲しい思いはさせない。それから、他国の図書館にも連れてゆくし、国内外の新書はなるべく早く入手してきみに一番に読んでもらう。司書だって続けてもらっていい。だから、どうかわたしの願いをきき届けてほしい」
言葉が終るか終わらないかの内に、王太子殿下にギュッと抱きしめられた。
迷う必要なんてない。
これからは、顔のことで何か言われても気にしないだけの強さを持たなければならない。
いいえ。それ以前に、自分の想いに従うだけの強さを持たなければならない。
愛する人に「愛している」、と伝えられるだけの強さを持たなければならない。
「お受けします。わたしも殿下のことを愛しています」
大広間は、しばらくの間歓声に包まれた。
その後が修羅場だった。
いえ、わたしのではない。ガブリエルにとって、である。
公爵子息が王族の許可もなく婚約を破棄し、その上その場であたらしい婚約者の発表をしたのである。
しかも王族主催の舞踏会で、国王陛下と王太子殿下がいらっしゃる前で。
これは、王族を蔑ろにしたというだけではすまない。
ガブリエルは、その場で近衛隊に捕まった。
わたしは、いたたまれなくなった。
冷静にかんがえれば、そうなのである。それが当たり前なのに、思いいたらなかった。
もしも頭の片隅にでも思い出せていれば、いえ、思いいたれば、彼を止めることが出来たかもしれない。どれだけ蔑まれ、嫌われようと「バカなことはやめて」と言ったかもしれない。
どうせ、彼にとことん蔑まれ嫌われているのだから。
だけど、わたしはそれをしなかった。
泣き叫び、慈悲を乞うガブリエルを見ながら、わたしのせいだと思った。
ガブリエルは、毒杯を賜ることになる。
だれかがそう言っているのが耳に飛び込んできた。
わたしのせいで、彼は死ぬのである。
思わず、王太子殿下を見上げた。
だけど、彼は厳しい表情のまま首を左右にふった。
それはまるで、このことだけは譲れないという強い意志のあらわれのようだった。
わたしは、何も言えなかった。
わたしがガブリエルに死をあたえるようなものなのに、何も言えず、そして何も出来なかった。
わたしは、心まで醜くなっている。
そう感じずにはいられない。
連行されてゆくガブリエルの慈悲を乞う言葉は、耳にこびりついて一生忘れられそうにない。




