金貸しのパトリスと王太子
支配人がわたしのことをどういう風に伝えたかはわからない。彼は、かなり警戒している。わたしから双子へ、それからユベールへと視線を向けている。
ユベールのところでそれが長くとまったのは、彼がユベールの正体を知っているからだ。
だからこそ、警戒しているのである。
ユベールは、ある意味ではパトリスの天敵にあたる。
「パトリスさん、この三人は知っていますよね?」
プレスティ侯爵家の男たちを指し示しながら尋ねた。
パトリスは、かすかにうなずいた。
彼はいま、わたしたちがこの賭場を探っているのか、それともパトリス自身のことを探っているのかを、心の中で推し量っているに違いない。
それから、わたしが何者なのか?ということも。
「無駄な時間はすごしたくありません。だから、手っ取り早く話をさせてもらいます。パトリスさん、あなたはクースコスキ伯爵家の後見人夫妻に、多額の金を融通していますよね」
彼が向かいの長椅子に腰をかけてから、そう切り出した。
「ええ。伯爵家にその取り立てにうかがった際に、プレスティ侯爵家の坊ちゃんたちに会いました」
なかなか正直な男だ。
「後見人たちは、今夜のこの賭け事にも参加しているみたいですね」
先程、アマートが見つけたのがアリサの叔母と叔父である。
「ええ。どうやら、他で借金をしたようですな。それを何倍にもし、利子分も含めて全額返すと息巻いております」
その金は借金ではなく、わたしが購入したていになっているバラの金だ。
「なるほど。それでしたら、ぜひとも賭けに勝ってもらわねばまりませんよね」
にこやかに言った途端、パトリスの表情が不機嫌なものへとかわった。
「あの夫妻は、今夜のメインイベントに持ち金全部賭けています。彼らだけではない。ほとんどの参加者がです。メインイベントの闘士二人は、力が拮抗していて今夜の勝負は面白いものになるはずでした。しかし、片方の闘士が練習中に肩を痛めてしまった。その情報が洩れてしまい、あの夫妻も含めたほとんどの参加者がもう片方の闘士に賭けています。うちも、この賭場にかなりの投資をしています。このままでは、かなりの損害を被ってしまう。だから、あの夫妻のささやかな借金どころの騒ぎじゃないのですよ」
なるほど、としか思いようがない。
そもそも、どこかの国で仲買人に金を払って連れて来た人間どうしを戦わせるということじたい、どうかしている。
大損をする?
では、そんな勝負やめてしまえばいいんだ。
だが、今回はちょうどいいきっかけになる。
「そのケガをした闘士というのは、あなたの部下なのですか?」
「ええ。わたしが隣国で購入した奴隷です」
その答えは、気に入らなかった。とっさに、怒りを封じ込めなければならなかった。
人間の売買だけでなく、奴隷も禁止されている。
だが、どちらもいまだになくならない。
そういうところでも、自分自身の不甲斐なさを思い知らされる。
「パトリスさん。今の発言は、ここだけのことにしておきましょう。プレスティ侯爵の手前がありますので。それと、あなたの窮状を手助け出来るかもしれません。ただし、当然見返りは求めますがね」
そう提案すると、パトリックはそう悩むでもなくすぐにのってきた。
こういう駆け引きは大の得意だ。各国の海千山千の外交官を相手にしてきているのだから。
それをかんがえれば、アリサはすごい。
彼女に対してだけは、口も頭もまわらない。彼女に対してだけは、どんな知識や経験も通用しない。
つくづく思い知らされてしまう。
「まさか思う存分暴れられるとは、思ってもいませんでした」
「すまないな、ディーノ」
「まさか」、と思っているのはディーノだけではない。わたし自身もである。
闘士の控室で、ディーノはメインイベントに出場する準備をしている。とはいえ、タキシードを脱いで蝶ネクタイを外し、白色のシャツの袖を折っただけである。
「シャツとズボンも脱いだ方がいいんじゃないのか?シャツやズボンを破いてみろ。母上に大目玉だぞ」
「兄さん、おれに下着一枚で観衆の前に立てというのかい?そのことが知れた方が、よほど大目玉だよ」
アマートとディーノは、わたしには乳母にあたるプレスティ侯爵夫人に大目玉を食らう場面を想像したのか、ブルッと体を震わせた。
「心配するな。サラにバレる前に、叔母上がどうにかしてくれるだろう。叔母上は、裁縫の達人だからな。破いたとしても、たいていは繕ってくれる。もっとも、袖とか裾が破けてとれてしまえば無理だろうが」
「父上、そうならないようにいたします。そんな悲惨なことになったら、大目玉ではすみませんから」
「心配するな、ディーノ。そんな悲惨なことになったら、わたしが土下座してサラに謝罪をするよ」
つい口をはさんでしまった。
「マルコ様、そんなこと約束していいんですか?母上は、たとえあなたであってもこういうことは容赦はしません。それをお忘れですか?」
アマートに指摘され、プレスティ侯爵夫人から大目玉を食らっている自分を想像し、怖気をふるってしまった。
たしかに、彼女は容赦ない。
子どもの頃から、悪いことをすれば容赦なく叱られた。




