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王太子殿下と書庫ですごす

 王太子殿下の気遣いは、いまだけではない。


 ずっと昔、図書館で出会った子どものころからずっとそうである。


 子どものころから、彼の気遣いにはいつも感心してしまう。


 さすがは王子様。


 子どものころから、彼はお話に出てくる白馬の王子様のようでずっと憧れの人である。


 それは、いまでも続いている。だからこそ、来館が待ち遠しいのである。王太子殿下の為に資料や文献を準備するのが楽しくってならない。


 だけど、その分申し訳なくも思う。


 外見だけでなく、陰気で可愛げのないわたしが司書として相手をすることにたいして、気の毒に思ってしまうのである。


 

 書庫に入ってから、王太子殿下はさっそく準備していた資料が置いてある机に近づいて椅子に座った。わたしは、その邪魔にならないよう書庫の本棚の整理をすることにした。


「アリサ、仕事はたくさんあるのかい?」


 一礼をして去ろうとすると、そう尋ねられた。


 あるにはあるが急ぎではない、というようなことを答えた。


「じゃあ、いっしょにいてくれないか?」


 すると、そう頼まれた。


「はい?」


 いつもそうである。


 今日もなのである。


 王太子殿下は、今日はそうおっしゃった。


 そのときによって、理由は違う。「もしかすると、追加で資料が必要かもしれない」とか、「勘違いで別の資料がまじっていて交換してもらうかもしれない」とか、そんな理由である。


 それが今回は、「一人でここにいるのは怖くて……」である。


 だけど、ちっとも怖がっているように見受けられない。


 やさしい王太子殿下のことですもの。きっとわたしに気を遣って下さっているのね。


 息抜きしなさい、と。


 王太子殿下がそうおっしゃって下さっているのですもの。断るなんてとんでもない。


 わたしとしても、昔のようにお側にいたい、などと身のほど知らずな願望がある。


 とはいえ、やはり側でというのは彼を不快にさせるだけ。だから、近くの書棚で整理をすると申し出た。


「い、いや、すぐ側に、あ、いや、そうだ。ほら、椅子を持ってくるからそれに座っていてくれないかな?」


 彼はわたしが言い返すよりもはやく、実際に椅子を持って来た。しかも、ご自身の机のすぐ側に。


 畏れ多すぎる。思わず「近すぎる」、と言ってしまった。


 そのわたしの言葉に、彼は机をはさんだ向こう側に椅子を置き直した。


 う……ん。さしてかわらないかも。


 というわけで、わたしはいまうつむいて上目遣いで机の向こう側の王太子殿下の美形を見ている。


 多くの貴族令嬢たちがうっとりする美形を、である。


 王太子殿下の美形もまた、外交官としての手腕同様この大陸で有名なのである。


 その美形が、すぐ近くにある。


 それこそ、手を伸ばせば触れるほど近くにある。


 ドキドキが止まらない。


 これもまた、子どものときと同じなのである。


 そこでハッと気がついた。


 そうだった。わたしったら、婚約を破棄されたばかりだというのにドキドキするとかあってはならないことよ。


 それに、王太子殿下に失礼すぎるわ。


 それでなくっても、不快な思いをされていらっしゃるはずなのに。


 館長に以前から頼んでいることがある。


 王太子殿下の依頼は、他の司書の方に受けていただくように、と。


 だけど、その都度館長は困ったような表情をされる。


 ほかの司書は、すべて一般の人である。一応、貴族の作法を学んでいるのは、ここでは館長とわたしだけである。


 だから、王太子殿下のお相手は、あなたしか務まらないのよ、と。


 しかし、資料や文献の準備をするだけである。


 作法など必要ないと思うのだけど。


 強いて言えば、図書館でのマナーである。しかし、それは貴族にしろ一般人にしろ共通のもの。


 たとえば、図書館では決められた場所以外での飲食はダメとか、大声を出したり大きな物音を立てたりするのはダメとか、読んだ本は所定のラックに置いておくとか、書庫の本は貸し出し禁止とか、借りた本の返却は期限内とか、そういう基本的な決まり事である。


 館長に何度申し出ても、いつも断られてしまう。だから、こうして王太子殿下に不快な思いをさせている日々が続いている。


 王太子殿下も、せめて一般書架の本を希望されてくれれば、それらを借りてご自身の執務室でゆっくりご覧になられるはずなのに、決まって書庫の本を希望される。


 貸し出し出来ない書庫の本を、である。


 だからこうして、同じ空間で二人っきりにならざるを得ないわけで……。


 そうこうしている内に、いつものように本の話になってしまった。


 本の話になると、わたしもつい熱くなってしまう。


 身分や顔や性格のことを忘れ、ついつい語ってしまう。


 そして、いつも後悔するのである。


 これもまた、子どものころと同じなのである。


 はっと気がついたら、王太子殿下とまともに視線を合わせてしまっていた。


 机をはさんで向こうにいる彼は、子どものころ同様美形にやわらかい笑みを浮かべている。






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