暴力沙汰
「申し訳ありませんが、ここは当館のスタッフ以外は立ち入り禁止となっております。早急にお引き取り願い……」
「おれたちだってこんな辛気臭いところにいたくもない。用事さえ済ませばさっさと出て行くさ」
館長の注意が終わらない内に、叔父様がぴしゃりとさえぎった。
館長にも迷惑をかけてしまっている。
「アリサ。来週の王族主催の舞踏会の前に、厳選されたメンバーだけで大きな賭け事がある。それに参加する為には、金貨三十枚を預けなければならないんだ。温室のバラ、あれを売りたい。あのチンケなバラが、けっこういい値になるなどとは知らなかった。ずいぶんと高価なんだって?金になる、とどこかの貴族が言っているのをきいたんだ。おまえもずるいやつだな、アリサ。こっそり売っていい思いをつすつもりだったのか?そうはいかんぞ。とにかくだ、明日にでも売りに行けるよう準備しておけ。いいな?」
よりにもよってバラを売ってしまうなんて……。
目の前がクラクラしてきた。
「失礼だが、あなたにクースコスキ伯爵家のバラを売る権限はありません」
そのとき、王太子殿下がきっぱりと言った。
「なんだと?おれが現在の伯爵だ。クースコスキ家の当主だ。バラを売りさばこうが踏みにじろうが、おれの勝手なんだよ」
「おかしいですね。先代の伯爵が亡くなり、その娘であるアリサは未成年。あなたが伯爵を名乗るのは、奇妙な話だ」
「いいんだよ。クースコスキ家はおれが継ぐんだ。こんな醜い顔のガキに、伯爵家を継がせる必要などないっ!」
なんてことなの……。
叔父様は、もともとドゥメール子爵家の三男である。そして、叔母様はクースコスキ伯爵家の長女だった。
若い頃、二人は遊びがすぎて公の場に出ることを禁じられていたらしい。
公の場に出る機会のない叔母様と叔父様は、王太子殿下の顔を知らないわけである。
王太子殿下が公の場にめったに出ない、ということもあるかもしれないけれど。
とにかく、二人が王太子殿下の顔を知らないとしても仕方のないことかもしれない。
だからといって、この展開はひどすぎる。
それも、わたしが原因なのである。
「だまれっ!アリサを侮辱することは許さんっ」
王太子殿下の怒声に、叔父様の体がビクッと震えた。
いまの王太子殿下の怒声は、それほど鋭かった。
ダメだわ。叔父様を止めなくては。
言葉よりも先に、体が動いていた。
叔父様の方へと手を伸ばし、叔父様の肩に触れようとして……。
「触れるな、この化け物が。その醜い火傷の跡が移ったら、いったいどうしてくれるんだ」
叔父様のひどい言葉も、いまはきき流さなければ。
「いいかげんにしろっ」
「この若造め。でしゃばるな」
そのとき、王太子殿下が割り込んできた。わたし自身は、だれかに両肩をつかまれて王太子殿下と叔父様から引き離されてしまった。
「こいつっ!」
あっという間だった。
叔父様は、太い腕を振りまわして王太子殿下の両手からスイーツの入っている白い箱を叩き落してしまった。
白い箱が廊下に落ちてしまった。
無残に落ちたその箱を、叔父様は鬱憤を晴らすかのように足で踏みにじっった。
いつものように、叔父様から酒精のきついにおいが漂ってくる。
図書館に来る前に、これもいつもと同じように叔母様とお酒をひっかけたに違いない。
「ガツッ!」
酒精のきついにおいを嗅いだ瞬間、叔父様の拳が王太子殿下の頬にあたった。
「キャッ」
反射的に叫んでしまった。それは、わたしだけではない。館長の口からも悲鳴が飛び出た。
「ガッ!」
さらに鈍い音がした。
その音を認識したと同時に、叔父様が壁のほうへふっ飛んでしまった。
「あなたっ!」
つぎは、叔母様の悲鳴が響き渡る。
「そんなに金貨が欲しいのか?アリサの大切なバラを売り飛ばしたいのか?ならば、わたしが買う。金貨は屋敷に届けさせる」
叔父様は、壁際でうずくまって殴られた顎をおさえてうんうんとうなっている。
王太子殿下は、その叔父様を見下ろしきっぱりと言い放った。




