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叔母様と叔父様までやって来た

「その、ア、アリサ……」


 王太子殿下が一歩踏み出した。


 それでわれに返った。すぐに左半面を隠した。


「ぜひ、これを受け取ってくれないかな?」

「ど、どうしてわたしに……?」


 視線を下げたまま、つぶやくように言っていた。


「そ、それは……。そ、そうだな……」

「コホン」

「エヘン」


 王太子殿下が言い淀んでいると、館長とアマートが同時に咳ばらいをした。


 そ、そうね。今日は、とても乾燥しているわ。咳払いの一つもしたくなるわよね。


「あ、ああ。ああ、ああ。わかっている」


 王太子殿下の意味のない言葉をききながら、ようやく思いいたった。


 そうだわ。王太子殿下は、先日の婚約破棄の話のことでわたしを元気づけようと……。


 やはり、王太子殿下は気遣いの塊の方だわ。


 だけど、ちょっと待って……。


 だれにたいしてもやさしくて気を遣われる王太子殿下だけど、やはりそういう気遣いはわたしみたいな醜く落ちぶれた女性にではなく、本命の王女様や皇女様にすべきよ。


 それを、気を遣わせてしまって……。


「殿下。せっかくのお心遣いですが、こちらは受け取れません」


 ほんとうは受け取りたい。だけど、やはり受け取ってはいけない。


 やさしすぎる王太子殿下の厚意を受ければ、不名誉な噂が立つかもしれない。


 上流階級の人々は、そういう噂に飢えている。つねにそれを欲している。尾ひれがついてしまう。大きくなってしまう。


 それが王太子殿下の意中の人の耳に入るかもしれない。


 少なくとも、愛憎系や悪女系の小説の中ではそういう展開になるわ。


 そう判断し、泣く泣く断った。


「アリサッ!」

「アリサッ!」


 その瞬間、館長とアマートに怒鳴られてしまった。


 えっ?


 あっ……。


 もしかして、わたしってば深読みしすぎてしまったのかしら?


 せっかく足を運んでくれた王太子殿下を立てる為にも、ここは素直に受け取るべきだったの?


 雲の上にいる人からスイーツをいただくなんてこと、いままでになかった。だから、どうすればいいのか正直わからない。


 前髪越しに王太子殿下を見ると、彼は驚いた表情になっている。青いリボンも白い箱も心なしか震えている。


 なんてこと……。


 王太子殿下のせっかくの気遣いを、踏みにじってしまった。


 それはそれで、とても失礼なことだわ。


 どうして、そうかんがえなかったのかしら。王太子殿下のわたしへの憐憫にたいする心づけとして、素直に受け取らなかったのかしら。


 わたしってば、どうして必要以上に妄想してしまうの?


 やはり、小説を読みすぎているのね。


 どう取り繕うかと焦りはじめた瞬間である。


「おまちください」

「もう閉館しています」


 スタッフたちの制止の声がきこえてきた。


「うるさい。姪に会いに来たんだ。アリサッ!どこにいる」

「アリサッ、手間をかけさせないで。出てきなさい」


 お酒で潰れている男女の声もまたきこえてきた。


 あの声は……。


 男女の声がだれなのかを思い描くまでに、廊下の角を曲がってやって来た。


 叔母様と叔父様が、スタッフたちが制止するのを無視してこちらにやって来る。


「そこにいたの?まったくもうっ。娼館をまわる前にここに来てよかったわ。ねぇ、あなた」

「よくもまぁ、こんなところで雇ってくれているものだ。まぁ本を読む連中なんてものは、受付嬢の顔が醜かろうがなんだろうが気にならないのかもな」


 叔母様も叔父様も、あいかわらずである。


 二日間、わたしが屋敷にいなかったことにも気がついていないみたい。あの夜、借金取りを装ったアマートに娼館に売り飛ばされたとでも思いこんでいるに違いない。


 叔母様と叔父様の素行はともかく、王太子殿下にみっともないところを見せてしまっている。


 眼前の二人よりも、王太子殿下の様子が気にかかってしまう。


 そっと右斜め後ろをうかがうと、王太子殿下の美形が曇っている。


 不愉快すぎる場面である。


 王太子殿下にたいして、申し訳ないどころの騒ぎではない。





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