図書館にお迎えが
「アリサ、明日は仕事かな?」
「はい、プレスティ侯爵閣下」
「侯爵閣下だなどと呼ばれたら、いっきに年をとってしまったような気になってしまう。だから、ユベールと呼んでくれ」
侯爵は、苦笑とともにそんなふうに言ってくれた。だけど、お父様よりも年長者で爵位も上の方を、きやすく名前で呼ぶわけにはいかない。
「プレスティ様」
妥協してそう呼ぶことにした。
「明日、館長は公休日のはずです」
「では、日中に叔母上に話をしておこう。明日はうちから図書館に行き、帰ってくるといい。叔母上も準備があるだろうから、明後日にでも移ればいいだろう」
「まあっ!それなら、明日の夕食は楽しみだわ。明日は使用人たちの公休日だから、わたしが腕をふるえるわね」
「そ、そんな。あの、侯爵夫人、どうかお気遣いなく」
「アリサ、気遣いだなんてそんなお料理じゃないのよ。なにせ、わたしは街の食堂の娘だから。豪快なお料理だから、かえってあなたの口に合うか心配だわ」
「それでしたら、図書館から戻りしだいお手伝いさせていただけませんか?ねぇ、カーラ?」
「はい。わたしなど、使用人の身です。お世話になるだけでも心苦しく思っています」
「いやだわ、二人とも。気は遣わないで。だけど、三人でお料理というのは最高だわ。ずっと夢みていたのよ。娘たちと厨房でお料理するって。つまみ食いしながらワイワイ作るって、楽しいはずでしょう?」
ふくよかな侯爵夫人の笑顔に癒されてしまう。
「それは楽しみだな。明日は、仕事を早めに切り上げ、叔母上のところによってさっさと帰宅するよ。わたしも仲間に入れてもらいたいからね」
「まあ、あなたったら。いつもはわたしが何度もお願いして、やっと重い腰を上げるじゃないですか」
「屋敷内が華やかなのはいいことだ」
渋い美形の侯爵の笑顔も可愛らしい。
わたしはともかく、ディーノと結婚するかもしれないカーラのいいところを侯爵夫妻に見てもらうには、ちょうどいい機会かもしれない。
それに、ほんとうに楽しそうに思える。
「だったら、おれたちも……」
「そうそう。おれたちもいっしょに……」
「あなたたちはいいのよ」
アマートとディーノが同時に何か言いかけたけど、侯爵夫人はぴしゃりとさえぎってしまった。
そのときの二人のすねた表情がまた可愛らしくって、思わず笑ってしまった。
こうして、プレスティ家での夜は更けていった。
翌日は、プレスティ侯爵家から出勤した。
前日、自分の屋敷から身一つで飛び出して来た。当然、身の回りの物は何もない。
侯爵夫人が、ブラウスとスカートとカーディガンを貸してくれた。
「わたしの若いときのものだから、流行遅れで申し訳ないのだけれど」
侯爵夫人はそう言ってくれたけど、わたしにすれば充分清楚で可愛らしいデザインだし、好みの色合いである。
なにより、生地がこすれていたりテカテカになっていない。
ありがたく借りることにした。
「置いておいてよかったわ。男性陣には、着ることの出来ないものを置いていたってしょうがないだろうって言われるんだけど……。まぁ、自分への教訓みたいなものね。昔のわたしは、こんなに痩せていたのよ。それはそれでよかったけれど、こんなに太ってしまったのはしあわせだからよ。よって、無理して痩せる必要はない。ささやかなしあわせを感謝しつつ満喫しなさい、という感じのね」
彼女は、そう言ってやさしく微笑んだ。
しあわせ……。
その一語は、いまのわたしには縁遠い。
だからこそ、夢のような一語である。
一日、図書館ですごしたけど、館長が不在ということもあって雑事に追われてしまった。だから、余計なことをかんがえる暇はなかった。
ほかの司書やスタッフたちと、「今日も何事もなく終わってよかったわね」と一日のりきったことを感謝しあった。
そうして図書館の表玄関を施錠しつつ胸をなでおろしたタイミングで、一旦クースコスキ家に戻って屋敷のことをやってくれたカーラがやって来た。アマートとディーノもいっしょである。
「やあ、アリサ」
やって来たのは三人だけではなかった。
なんと、プレスティ侯爵まで現れたのである。驚かずにはいられない。
しかも、プレスティ侯爵家の二頭立ての立派な馬車で、である。
馬車に乗りこむ際、ほかの司書やスタッフたちが驚いて見ていた。
みんな、なんて思っているでしょう。
明日、うまい言い訳をしなければ。
それでなくっても、わたしはあまりいいようには思われていないはず。そのわたしといっしょにいることで、プレスティ侯爵や双子が悪く思われたり変な噂が立ってしまっては申し訳がない。
「みなさん、いつも叔母がお世話になっております」
わたしの思いをよそに、プレスティ侯爵が遠巻きに見ている司書やスタッフたちに近づいた。




