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プレスティ侯爵

「まぁまぁみんな、落ち着いて。クレメンティ伯爵家のご令嬢だね。ユベール・プレスティです。はじめまして、ではないのだが、こうして話をするのははじめてだね」


 プレスティ侯爵がなだめに入ってくれて、ようやく落ち着いて話が出来るようになった。


 ひとまず、食事をいただいた。


 まともな夕食なんていったいいつぶりだろう。


 いつだったか、ソフィアのところでご馳走になって以来のような気がする。


 食べながら、アマートがプレスティ侯爵夫妻に事情を話してくれた。


 もちろん、さしさわりのない程度にだけど。


 居間に移り、あらためて話をすることになった。


 侯爵夫人が、紅茶とクッキーを持って来てくれた。


 この時間帯は、使用人の人たちには引き取ってもらっているらしい。


 侯爵夫人は、もともと街の食堂の看板娘だった。だから、家事は大の得意らしい。その為、プレスティ侯爵に見染められて侯爵家に嫁いだとき、料理や掃除など全部自分でされていたらしい。


 それを見た当時の侯爵夫人、つまり侯爵のお母様に叱られたとか。


「使用人を使うということも、貴族として大切なことなの。侯爵家夫人になるのだから、それを心しておきなさい」


 その注意を受けてから、彼女は居心地が悪く、いたたまれない思いをしながらすごしたらしい。


 だけど、その教訓も理解は出来る。


 自分が侯爵家の夫人になったとき、彼女はその教訓を守りつつも自分でも家事や料理をするようになった。それは、いまでも続いているらしい。


 プレスティ侯爵家では、使用人はみんないっせいに休んだりお出かけをしたりするという。夜も夕食までが勤務時間で、それ以降は夫人がすべてされるという。


 だから、いまのお茶とクッキーもそうだけど、わたしたちの夕食は夫人が作ってくださったのである。


「アリサ」


 カモミールのにおいは、気分を落ち着かせてくれる。


 夫人は、わたしの横に腰かけるとやさしく抱きしめてくれた。


 彼女の豊満な体は、彼女の心同様あたたかくてやさしさに満ち溢れている。


 彼女の胸の中で、ホッとしてしまってから急に涙が込み上げてきた。


 泣いてはダメ。みんなに心配をかけてしまうから。


 そう言いきかせるけれど、胸のあたりから塊みたいなものが上がってくる。


「アリサ、感情はガマンすることはないわ。それに、あなたはがんばりすぎている。そんなにがんばらなくってもいいのよ。もっと周りの人を頼りなさい。甘えなさい。あなたはまだ若くて未熟なのだから、一人で思い悩んだり重荷を背負う必要はないのよ」


 侯爵夫人のやさしい声を、彼女の胸の中できいている。


 こんなにやさしく思いやりのある言葉をかけられたのは、いつぶりだろう。


 お母様みたい……。


 これ以上、涙をこらえることは出来なかった。


 泣いてしまった。泣きはじめると、それは止まらない。


 こんなに泣いてしまったのは、いつぶりだろう。


 泣いて泣いて泣き疲れてしまった。


 彼女の胸の中で、泣き疲れて眠ってしまった。



 侯爵夫人は、しばらく侯爵家でいっしょにすごさないかと熱心に誘ってくださった。


 心が揺らいだ。だけど、やはり迷惑をかけてしまう。しかも、来週には婚約破棄の発表がある。


 わたしに手を差し伸べたばかりに、プレスティ侯爵家までいい笑いものになるかもしれない。


 そのわたしの心の葛藤を見透かしたように、プレスティ侯爵が案をだしてくれた。


「借金取りはもちろんのこと、暴力をふるう後見人のもとに返すことは出来ない。それを看過することは、検察官としてという以前に人間(ひと)として問題がある。かといって、図書館でやりとりするくらいしか交流のない他家ですごすのは、きみも落ち着かないだろう。よければ叔母に話をしてみるので、叔母のところでしばらくすごさないか」


 彼の言う叔母とは、コレット・ロートレック図書館長のことである。


 館長には、これまでにも何度か泊めてもらったことがあった。


 プレスティ侯爵のお言葉に甘えることにした。


 もちろん、カーラもいっしょである。


 ただし、屋敷を放置するわけにはいかない。叔母様と叔父様が屋敷にいないときをみはからって戻り、掃除や食事の支度などをすることになった。


 その際には、ディーノが付き添ってくれるらしい。


 というわけで、アマートとディーノは、しばらくの間わたしたちの護衛として図書館長のところで寝泊まりしてくれることになった。


 館長は、彼らにとっては大叔母にあたる。だけど、彼らには王太子殿下の護衛という職務もあるのに、付き合わせてしまってほんとうにいいのかしら。


 申し訳なさでいっぱいになってしまう。


 とはいえ、すごく心強いことも確かである。


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