プレスティ侯爵家へ
アマートとディーノに連れられ、ひとまずプレスティ侯爵家でお世話になることになった。
プレスティ侯爵家までは歩いて行った。
アマートとディーノは、屋敷に到着するまで王太子殿下とすごした子どもの頃の話をしてくれた。
彼らは、わたしが叔母様と叔父様に受けた辱めについていっさい何も話さないし尋ねてもこなかった。
まるで何事もなかったかのようにふるまってくれたのが、ほんとうにありがたかった。
それは、カーラも同様である。
彼女は、アマートとディーノが王太子殿下の逸話を語ってくれるのをききながらあれこれ質問をしている。
彼女もまた、何事もなかったかのようにふるまってくれている。
最初は、恥ずかしさと申しわけなさでいっぱいだった。だけど、王太子殿下の子どもの頃の話をきいている内に、すっかり夢中になってしまっていた。
図書館でいっしょにすごしたとき以外の王太子殿下もまた、魅力的であることがよくわかった。
彼らが語る王太子殿下の子どもの頃のエピソードは、そんな素敵なものばかりだった。
同時に、わたしは王太子殿下のほんの一部分しか知らないことに気がついた。
そういえば、どうして王太子殿下のことを知ろうとしなかったのかしら?
そんな疑問がわいてきたと同時に、恥ずかしくなった。
一応婚約者がいたのに、それ以外の男性のことを知ってどうするの?、ということをである。
それと同時に、王太子殿下のことをもっと知っていたら、彼が図書館ですごすときにもっと快適にすごしてもらえたのではないのか、ともかんがえてしまった。
これら二つは、矛盾した思いである。
そういえば、わたしは王太子殿下のことだけではない。元婚約者であるガブリエルのことも知らなかった。
正直なところ、まったく知ろうともしなかった。そもそも関心すらなかった。
幼馴染であるにもかかわらず、王太子殿下のことより知らないかもしれない。
ガブリエルについては、彼自身が大好きであることと、わたし以外の女性が大好きであるということを知っている程度である。
わたしのこういうそっけないところも、彼にとっては面白くなかったのかもしれない。
それはそうよね。わたしに興味がない彼のことをわたしが何とも思わないのと同じように、彼だって自分のことに興味のないわたしのことを、気にかけたり思ったりするわけがない。
やはり、わたしが悪いのかもしれない。
だけど、それもいまとなっては取り返しのつかない過去のことである。
いまのわたしに出来ることは、彼がソフィアとうまくいってしあわせになってくれることを祈るくらいかしら。
アマートとディーノの話をききながら、そんなふうに一瞬思った。
だけど、それもすぐに王太子殿下の数々の逸話に書き換えられてしまった。
そうこうしている内に、プレスティ侯爵家に到着した。
そして、そこで驚くべきことがあった。
プレスティ侯爵家に到着したのは、夕食の時間はとっくの昔にすぎた時間帯である。
当然、空には月や星々が輝いている。大きな屋敷が並ぶ閑静なこの界隈は、静まり返っていて不気味なほどである。それぞれの屋敷の窓という窓から、あたたかみのある灯りがもれでている。
馬車道に馬車の姿はまったくなく、歩道を歩く人の姿もない。
ブラブラ歩いているのは、わたしたちくらいである。
プレスティ侯爵家も、屋敷全体が室内の灯りで輝いている。
門をくぐって前庭を屋敷に向かって歩いていると、屋敷が大きいだけではなく、敷地そのものが広いことがすぐにわかった。
さすがはこのラハテラ王国に五家ある侯爵家の筆頭を争うだけのことはある。
筆頭を争っているのは、ティーカネン侯爵家であることは言うまでもない。
アマートが玄関を開けると、ちょうどだれかがエントランスにいたらしい。
「アマートお坊ちゃま?それに、ディーノお坊ちゃま?なんてことだ。お坊ちゃま方がお戻りとは……」
驚きの声が屋敷内から飛んできた。
そうだった。二人は、近衛隊に属している。王宮の敷地内にある官舎に入っているのである。
ということは、わたしをわざわざ連れて来てくれたということになる。
二度助けてもらったばかりか、厚かましくもついて来てしまった。
迷惑をかけている、なんてことではすみそうにない。
「奥様っ、旦那様っ!下のお坊ちゃま方がご帰宅なさいましたよ」
使用人の叫び声で、プレスティ侯爵家は大騒ぎになった。
アマートとディーノは、プレスティ侯爵家の六男と七男である。お兄様たちは、いずれも軍で要職についている。
お兄様たちは、軍の官舎に入っている。
「あらまあ、めずらしいこともあるものね。やんちゃ坊主二人が戻って来るなんて、何か悪いことでも起る前触れかしら?」
「母さん。あっいや、母上。それはひどい。母上に顔を見せ、親孝行したいとつねづねかんがえているのですよ」
「あなた、ききましたか?アマートはまた問題を起こしたらしいですよ。それとも、お金が必要なのかしら」
「困ったやつだな、アマート」
アマートとディーノのお母様らしき声をきいた瞬間、どこかできいたことのある声だと思った。




